世界最大の祭り、ワールドカップがすぐそこだっちゅーのに、これっぽっちも盛り上がらないね。
だいたいねー、今の代表に魅力が全然無いのが悪いよ!
「ワクワク♪」とか、「すげー!」とか感じる要素やイキオイが全く無い。
華やかさにも欠ける・・・。
インタビューひとつにしても、キャラが全般的に暗すぎるんだよ。
チーム内の雰囲気を反映してこのとなのか、もともと暗い性格なのか知らないけど・・・。
決勝ラウンド進出どころか、一勝も、一得点も見えてこないね。
なんか、寂しい南ア大会になりそうだなぁ。
こんなんでも、地球の裏側まで応援に行く人居るんだろうね・・・。
2002年の日韓の時は、楽しかったなぁ。
ようやく本大会に出られるくらい強くなった日本代表に国民みんなが期待して、すっごい盛り上がってた。
しかも夢だった自国開催。
あんなに華やかで楽しい、世界中の人が集まるイベントが自分達の国で催されるヨロコビ。
当時自分は、ドイツ代表のキーパー、オリバー・カーン様が大好きだったので、カーン様が来日なさる飛行機に合わせて羽田までお出迎えに行った。
チャーター機から降りていらっしゃったカーン様含めたドイツチームはみんなとても男前で、とりわけ監督がそれはそれは愛想の良い人でビックリした。
そしてそのカーン様が、最終的に決勝で敗れてゴールポストのところで悔しげに座り込むことになる横浜スタジアムで、ずっと会場ボランティアをしていた。
あーーんなに毎日朝から晩まで、寝る間も惜しんでネットにかじりついて取ろうとしても、ほとんどの人は入手できなかった本戦のチケットをこんなにたくさん扱う部署で、最初見た時は「お宝チケット!本物!本物!」と嬉しくて写真を撮った(笑)
ボランティアは毎日メッチャメチャ楽しかった。
世界中の報道陣が、どんなふうに試合を取材して、それをどんなふうに即座に自国に配信していくのか、とか、あれだけの規模の大会がどういうふうに運営されているのか、という裏側を見ることができたから。
本大会ボランティアの予行演習として、事前の日本代表の試合のピッチレベルのボランティアをさせてもらえたのが、これがもう死ぬほど嬉しかった。
当時の代表戦といえば、チケットの争奪戦がたいへんなくらいいつも超満員で、会場もものすごい熱気で、それをピッチの真横で立って見ていられるなんて・・・、その優越感ったらなかった。
運の良いワタクシは理想の立ち位置に配置されたお陰で、俊輔のフリーキックをほんと目と鼻の先くらいの距離で見ることができた。
俊輔のキリリとした顔、あの「ボスッ!」とボールが蹴られる瞬間の音、放物線を描いて飛んでくボール、それに飛び込んで来る選手たち、今でも脳裏に焼きついてる。
あんな5万人も入るような大きな会場でも、観客一人ひとりの叫ぶ声って選手によーーく聞えるんだ、ってことも、ピッチレベルで試合を見てみてよくわかった。
だから私は、選手が落ち込むようなことは絶対に言わないようにしてる。
ジェフのみんなには、いつも励ましのお言葉!
頑張れ!大丈夫!出来るよ!
サポーター、まさにサポーター。
そういえば、ボランティアより前には、イタリアチームの帯同通訳に決まりかけてたんだった。
大会開幕けっこうギリギリに、「イタリア代表チームの通訳募集」の記事見かけて、「え?このタイミングでまだ決まってない?」ってビックリして応募したら受かっちゃったんだよね。
「自分、英語しか喋れませんよ?」って言ったけど、どうやらイタリア語の喋れる人からの応募が皆無だったらしく、「英語でいい」とのことだった。
「あのデルピエロ様や、ガットゥーゾ様や、トッティ様たちと密着同行して暮らせるなんて、夢のようじゃなーーーーーい?けど、英語でほんとに大丈夫なんか?」とちょっと心配してドキドキしてきてたら、いよいよ開催直前になって「非常に申し訳ないけど、イタリア語のできる人が応募してきたんでそっちの人に頼むことにした」と連絡があり、結局帯同は叶わなかった。
けどね、よかったよ、最終的に見つかってね、イタリア語話せる人が。
「日本にはこれだけ人が居るくせに、イタリア語話せる奴は誰も居ないのか?」っつー話になってたと思うからね、ワタクシがやってたら。
単純に、彼らの募集の仕方が悪かったんだと思うよ。