寝巻の日

2020-01-20 20:09:35 | 日記
三度目の浅草新春歌舞伎

今回は午後からの第二部

たまたま買った切符の日が

着物で観劇の日となっている 面倒だなー

胃炎になってから着物は着ていない

腹部をしめつけるのがこわいから

整骨院だってうつ伏せになると苦しいから行っていない

着物で観劇の日だって洋服で行けないことはない

といいながら

前日になると箪笥からあれこれ出して組み合わせたりしている

当日の朝は髪をまとめたりしている

足袋も履いてみたりしている

昔の苦い思い出がよみがえる

実家の地区の成人式で何かもらえるならと軽く会場に寄ってみると

えーっ こんなつまらないイベントにふりそでーっ

普段着のジャケット羽織って記念品だけもらいに来た私はあわわわ

こんな時は親が気を付けるものだろうが

うちの母親は近所づきあいもしないし

ましてや役所から言ってくることなど重視しない

もし私が普段着でなく洋服の晴れ着を着ていたとしても

振袖にはかなわない 世界中で着物は無敵である

そんな私が浅草行きの数日前に

黒柳徹子が日本博の大使に任命されて日本文化でも特に「着物」を世界にアピールしたい

以前チャップリンに声をかけられたのも着物を着ていたからだと

と言っていたのを読んで 大人は着物文化を残す義務があると思ったのだ

さあ頭と足は用意が出来た

腰はどうする

そうだ、ゆるゆる腰ひも一本だけ結んで帯はぐじゃぐしゃで

羽織とコートでカバーしよう

出発
        

会場は九割が着物 男性も着物

よかったー

数年前の浅草着物で観劇の日

ご挨拶担当の亀治郎(現・猿之助)はこんなことばを残している

着物でお越し下さった多数のお客様ありがとうございます。この光景は舞台からしか見られないものです。
また、洋服でお越しの勇気あるお客様もありがとうございます。

だって

でもね舞台からだろうが、客席からだろうが

はあーとみとれるような人は一人もいない

高そうな着物と思っても面白みが全くない

派手ーな着物はあっても美しくはない

みんな寝巻 寝巻にしか見えません

日本の着物文化はここまで落ちてしまった

悪貨は良貨を駆逐するのだ

師走の南座顔見世でも一人として感心する着物は見なかった

それどころか着物の人の少ないこと

いたとしてもパサパサの織の着物を顔見世に着て…

点数が辛いのは舞台の方がのっけからこんな衣裳で登場したからかもしれない
        

これに勝る衣裳の人は客席にはいませんでした

着物の日、劇場からはこんなおみやげが着物の人にも勇気ある洋服の人にもふるまわれた
        

ところでさっきから言いたい放題だか、お前の着物はどんなだったんだい

いえあのその私の寝巻はうちに来てくださればお見せします
        





標本木

2020-01-18 21:40:20 | 日記
飯田橋西口駅舎とホーム移動の工事は

大分形が見えてきました
        

現在のホームはカーブが大きくて危険だということから始まり

南西方向に200mも伸びました

お濠を前に桜の季節は花見が(ソメイヨシノのね)できます
        

飯田橋西口は一切階段なしでホームに着ける珍しい駅だったのに

やはり今度は階段ができそうです
        

そして私の標本木であるソメイヨシノ(!)は駅の陰になりそうです
        

ことしからもう標本木として使えません

駅舎の東南にある毎年菜の花畑になる一角にキカラスウリが命を誇示しています
        

菜の花畑よ生き残ってくれ

日本橋までお買いもの

2020-01-17 20:11:14 | 生物
ここはどこ
        

日本橋です

明日の料理塾のためにかるかん粉と灰色餡を買いに来ました

有楽町店にするか日本橋店にするか迷って

飯田橋で仕事を終えて神楽坂に帰宅することを考えると

日本橋がしんどくないと思いました

三越新館の冨澤商店は初めてです

「かるかん粉は」

おいてないという

「灰色餡は」

おいてないという

わかりました 

数年前 製菓材料のCUOCAは冨澤に吸収されました

ここはCUOCA由来の店で有楽町は冨澤由来だからあんも粉もあったのです

しかたなく上新粉と極上こしあんを代わりに買って

日本橋駅まで歩くと

途中で以前チエコさんと入った昭和レトロのレストランの前にきました

ずーっと迷って引き返して中に入り

「ハンバーグステーキ」

一人でレストランに入るなんていつ以来でしょう

それも夕食なんて

誰も家で待ってないし待たせてないし

こんな自由はさびしいね

さ あしたもがんばろう

太宰府の梅

2020-01-16 20:08:28 | 日記
二月の歌舞伎座は

菅原伝授手習鑑の前半を三段通しで上演する

国立劇場が開場した時

記念公演は菅原伝授手習鑑の通し上演だった

その頃九州にいて見られなかった私は

国立劇場に頼んで筋書(プログラム)を送ってもらった

その五十年前の公演では

菅丞相(菅原道真)は先代の勘三郎が演じていた????の配役

驚くのは菅秀才(道真の息子)の子役を

隼人のパパ二代目錦之助(その頃は信二郎)が演じていたことだ

菅丞相といえばもう長いこと片岡仁左衛門の役と決まっている

あの品の良さと大きさは変わりがいないのだ

以前何かのニュースで仁左衛門が九州・大宰府に

公演成功祈願のためお参りに行ったと読んだことがある

その時が五回目だとかいっていた

そして昨日仁左衛門がまた大宰府に祈願に行って

梅を植樹したと報じられていた
        

博多座に芝居に来てそのついでではない

わざわざお参りのために東京から来たのだ

今回で六回目と出ていた

今度福岡に行ったら

大宰府に行って仁左衛門の植えた梅を見てきたいなあ

今日はこれを手に入れました
        




庭と図書館

2020-01-15 19:41:28 | 日記
夜の散歩でおや

神楽坂の昭和建築・アユミギャラリーの敷地に
        

何かできてる

プレートを読むと
        

“もしあなたが庭と図書館をもっているなら

必要なものはすべて持っている”キケロ

だって

庭も図書館も好きだけど今は手の中にない

これはイスラエルの建築家たちによるオブジェで

九月までこの状態に置かれるという

夜は照明が当たって

非日常の空間を作り出している

アルミパイプの林の中には円型のベンチがあって思索に向いている
       

昼よりも夜に見た方が面白い作品である
        


お部屋に招かれて

2020-01-14 19:21:14 | 日記
先週は隼人・週刊朝日表紙

今週は岩下・徹子の部屋となった
        

正月から大きなお年玉続きでめでたいこと

昼休み 食事もせずに外でテレビを見た

視聴者も司会者も興味のない人がゲストになると

台本通りの木に竹を接いだような質問の流れになるが

今日は違った

水谷八重子、中村歌右衛門、長谷川一夫、山田五十鈴が話題に上り

徹子さんも興味津々で岩下の話を聞くことになった

おかしいよ大体 岩下は私より若いのに私より古めかしい

私にしてからが自分より上の世代の文化が好きなのに

岩下はインスタに添える文の中でも

気のぼせ、すくよか、憂さの玉箒、夜の引き明け、貧書生の身、冥利が悪い、など

ちょっと辞書をひいてしまいそうな言葉を使う

人生で後二冊ほど本を書きたいだなんて

もっとお書き!

けんちん

2020-01-13 17:54:00 | 美食
正月に余った根菜を片付けるため

ではなく

本当に食べたくなったから

この根菜ごろごろの澄ましとろみ汁は

ジュンコさんの家で初めて食べた

なにしろ母がけんちんと言っていたのは

ほぼ炒り豆腐だったと今にしてわかる

それゆえ鶏のひき肉が入っていた

それはそれで今でも好きな料理だが

ジュンコさんの家のはお精進だった

これをジュンコさんの娘たち(小学生)は好物なのだと言っていた

この地味な滋味を小学生が…

でもそれ以来私も好物になり

昆布と椎茸でよく出汁をとって

時々無性に食べたくなる

あの小学生だったお嬢ちゃんたちが

いまでは立派な大学のセンセにならはった


ご挨拶

2020-01-11 21:03:29 | 日記
また浅草に来た

今回は隼人丈の挨拶を聞く(見る)ためだ
        

舞台の上で芝居の拵えをした姿なら見たことはあるが

役を解いて中村隼人として語るのを聞くのは初めてになる

舞台の真ん中に正座して口上を述べた後

マイクを持って客席に語りかける

フレンドリーで優しくて品がある

「今日初めて歌舞伎を見るという方、挙手をお願いします」

と言ってから、1mの舞台を紋付袴でひょいと飛び降り

手を挙げた女性の近くまでマイクを持って行った

「今日はなぜいらしたのですか」
「誰を見たいと思いましたか」

と質問のあと、女性に手ぬぐいをプレゼント

きっともらった女性はこれからずっと歌舞伎ファン、隼人ファンになることだろう

そうして隼人丈は今度は1mの高さの舞台に紋付袴でひょいと飛び乗った

「すってっきー」

同行のトミコさんをしてそう言わしめた隼人丈

会場の2/3は彼のファンに違いないという感じがしたし

今日の挨拶で会場全体が彼に好感を持っただろうと思えた



昨日の週刊朝日、今朝コンビニでゲット
        

グラビア記事を読むと、

彼は歌舞伎を英語圏や中国、パリに持って行きたいと述べていた

これまでも歌舞伎は36か国で上演されているが

忘れられた頃に花火のように上げられるだけ

花道のある舞台で

定期的に頻繁に上演されてもいいのではないか

クールジャパンという直訳しにくい言葉のとおり

日本文化の人気は益々海外で高まっている

きっとパリジェンヌも隼人丈を見たら

「すってっきー」というにちがいない

その時のために日本手ぬぐいも沢山染めておいていただかねば

表紙

2020-01-10 19:30:59 | 日記
快挙

ここまできた

歌舞伎界の有望な若手といわれる役者は何人もいる

でも週刊朝日の正月の表紙にキムタクの次の週に載るのは一人しかいない

グラビヤページにものっているそうだ

残念ながら神楽坂の売れない本やにはまだおいてなかったので

大きな楽しみにとっておこう

これをね

ひいばあちゃんの小川ひなさんが見たらどんな気持ちになるだろう

錦之助が映画で売り出した頃よりもっと喜ぶかもしれない

小川家は歌舞伎界では格の高い方ではないのに

今月の浅草公会堂には四人も出演し半分は小川家だ

今月の新橋演舞場には三人

今月の歌舞伎座には一人

今月の国立劇場には三人

歌舞伎界一番の勢力になっている

こうして数で一番になり

実力と人気で隼人が頂点に立とうとしている

週刊朝日を買う楽しみは

寂聴さんと横尾忠則の往復書簡の連載を読むことにもある

いつもはネットで掲載されるのを待って読んでいる

最新のではもうすぐ死ぬからという寂聴さんを

たしなめてそんな贅沢をいってはいけないと

横尾が生の楽しさを思い出させる話をする

この回だけをとってもいつも横尾の方がうわてだと思う

天上界ではステージの違う者は出会えないと言い

寂聴さんは横尾の方が上にいると言うが

本当にそう思う

初詣

2020-01-09 19:29:32 | 日記
「動物は悲しいね」

グリエが死んだ後きっかり49日間グリエを探して毎日吠えるように鳴いていた
文子の話をすると、クリニックの先生はそう言った。

幾多の動物の死を見てきたはずの獣医師からそんな情緒的な言葉が出たのは意外だった

グリエが死んだときはこれまでのお礼も込めて先生に電話をかけたが

悲しいという言葉を聞いたあとでは文子のことはどう知らせるか迷った

しかし迷う必要はなかった

その翌日にぱったり道で会ったから

「どうしてる?」

「はい、昨夜逝きました」

「そう…、お力になれなくて」

「いえ、ありがとうございました」

先生が悲しいと言ったのは残された者の悲しみなのだ。

逝った者は平和の中にいて悲しむなと言っている
        

火葬はこれまでの二社とは違うところに頼んだ

文子の骨は22歳とは思えず14歳くらいだったとか

尻尾の骨は曲がっていたとかいって

対象への興味と言葉を示し

会社のサービスで骨を入れるホールダーをくれた
       

そんなものはいらないと思ったが

すぐに使う場があることを思い出した


亀岡八幡宮に最後にお参りにいったとき

もう私は願い事は何もなく

ただ気休めに来たようなものだった

何を祈ろうかと考えて

文子と初詣に来させて下さいと祈った

その時の文子がどんな姿かは予想ができた

そしてその通りに元日に文子と初詣をした