明石町散歩

2019-05-09 20:51:13 | 日記
築地明石町に行ってみようと思ったのは二つの理由があつたからです。

明治維新の開国後、外国人居留地になっていたことから

日本のキリスト教系の学校の発祥地が随所にあると知ったこと

青山学院、立教、明治学院、暁星、雙葉、女子学院、女子聖学院、

と母校も入っているので一度行ってみようかと

でもどこにも記念碑などありませんでした。

あったのは東京で一番古いカトリック教会といわれる築地カトリック教会と
        

外国人居留地だったという記念碑だけ
        

もう一つの理由は日本に饅頭を伝えた林浄因の子孫が饅頭屋をやっていると知ったこと

塩瀬……? あれっ赤坂じゃなかったっけ

で、気が付いたのです。赤坂のは塩野、そしてもう一つ麻布の青野を混同していました

京都のお菓子を食べたら東京の和菓子なんて大量生産で食べる気がおきませんでした

ちょっとだけ興味を持って行ったけど

連休中は変則休業で たはっ 休みでした
        

がっかりして帰る道すがら ある東京の和菓子やを思い出しました

それはアークヒルズが出来る前の霊南坂にありました

あの辺はホテルオークラやアメリカ大使館があって

今でも静かな特別な界隈ですが、昔はもっと。

バスの中から丘陵地に見え隠れする古い赤レンガの教会を間近で見たくて

東京の大学に来たばかりの九州女は散歩にでかけました

教会はのちに浅丘ルリ子と石坂浩二が式を挙げたところ

石坂浩二ファンだった元夫の従姉もそこで式をあげましたね

その後ある歌手も挙式してそっちの方が有名ですが

それでその散歩道が気に入って何度か行ったとき

斜面の上の道に「ちまきや」とだけ書いた看板のある格子戸が気になりました

少なくとも私は中国ちまきは連想しませんでした

それである日勇気を出してがらがらと格子戸をあけるとそこから斜面をおりる階段があって

その行きあたりにまたがらがら開ける戸のある小さな家があり

ベルを鳴らして下さいとかいてあったので鳴らして中で待つと

何やら人がさらに下の方から階段を上がってきて

たしかお菓子の見本を見せてくれたのです

それで注文して待つと下から数の分だけ包んでもってきてくれました

なんて優雅なお買いものでしょう

階段も、その両側の自然も、中継地の建物も、その先の階段も、お店の人も

大学生の小娘はそんなことして遊んでいました

その辺が教会も含めてアークヒルズが出来る時に立ち退きでなくなることをしっていました

その店がちまきやを名乗るのは京都のちまきで有名な川端道喜で修業したからだと聞いたことがあります

川端道喜にはその昔、上賀茂の社家町にあった頃に予約して風呂敷もってちまきを買いに行ったことがあります

東京のちまきやはもうどこにもなく、川端道喜も北大路の交差点に移りました

ちまきやについて知っている人はいないかと検索したら

ヒットしたのは二件

一つは今東京で一番と言われる和菓子やの主人がちまきやで修業した人だったこと

この店の本を買って和菓子を作ろうとしたのですが

全然感心しなくて私の好みではなかったので本は捨てました

もう一件はなんと歌手のマイク真木関連で出てきました

彼は赤坂育ちですから昔から霊南坂あたりが遊び場で

最近彼が歌った歌として書かれた歌詞に

“…

 ついてゆこうぜ面白そうだぜどこへ行くんだろう

 中の町、氷川町、福吉町、過ぎて坂を上ってちまきやのとなり

 レンガ造りの霊南坂教会”

と出てきたのです

ああ、外国人居留地までさかのぼらなくていいから、

ちょっと昔のちまきやの話なんか誰かと語り合いたいなあ

もうマイク真木しかいないか

そういえば元夫の従兄の結婚式にマイク真木来てた