はぎわら_m の部屋
社会・時事批評、オピニオン、初等物理の気まぐれ考究、物理教育放談

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最近、我が家の電子レンジ、掃除機、カセットオーディオ、電話機などがあい次いで故障した。どれも10年程度使用した製品で、安価な修理方法はなく買い直した方が得と言うことだった。

ところが、その後買い直して2年目の電子レンジ(大手メーカー製)が早くも故障してしまった。扉にテンションを与えるバネの破断のための故障で、明らかに部品の品質不良である。保証期間を少し過ぎていたが、交渉して無償で直してもらった。軽微な不具合はその後も累積的に生じているようだ。

保証は満たしているしサービスも一応誠実なのだが、私は大変がっかりした気分に襲われた。というのも、私の母のところで使っている電子レンジの印象が強いからだ。実家の電子レンジは30年近く前のものだが、一度も修理を受けずに今も使用されている。同様の堅牢性が、昔の冷蔵庫、ミシン、カメラ、ステレオなどにはあったように思う。「壊れにくい日本製品」のイメージは、少なくとも私の体験上では崩れてしまったし、恐らくは一般的にもそのような傾向があるのだと思う。

構成部品を人件費の安い外国から調達するというのが、昨今の製造業では一般化している。しかし、通常のエレクトロニクス関連技術があたりまえのように世界の隅々まで行き渡っている今日、外国で作ることのできる程度の部品を組み合せて、日本独自の優位性を発揮する製品を産み出すことができるのだろうか。日本製品の優位性は、作業労働者段階の、自発的意欲や、器用さや、誇りと向上心の高さを活かすことで、カタログスペック上にはあらわれない品質、すなわち、信頼性や壊れ難さや仕上げの良さのブランドイメージを獲得することでこそ得らるのではないか。

日本人は、本来、低価格より品質を重視する性向をもつことは、お米が不作で高騰した時にも、安い外国産米が売れなかった事実が物語っている。内需に目を向ければ、安物よりも良いものが売れる。誰にでも作れる製品を、コストを競って輸出することに捕われていると、日本の優位性は失われる一方だ。長持ちする高品質の製品、これを産み出すことは、持続可能な社会のための産業のあり方を見出す端緒でもあると思う。

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