はぎわら_m の部屋
社会・時事批評、オピニオン、初等物理の気まぐれ考究、物理教育放談

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より道的にちょっとした情報を記す。

ブログやウェブページを書くための(私のような初心者には)必要十分のリファレンス情報をまとめたサイト HTMLクイックリファレンス を見つけたので、ブックマーク9番目に追加しておいた(残念ながら作者名は見あたらない...)。

私は、今まで、
² ö · ½ Å  (cf. Å)
や、
ƒ χ δ ≈ ♣ ′  (cf. ´)
や、
" œ ‘ “ ‡ €  (cf. “)

などの半角特殊文字をWebで表示することはできないものと思っていたが[付記参照]、ごく自然な書法で表示できることを同サイトから知った。½mυ² などと文字で書くことができるわけだ(私だけが知らなかったのかも知れないが)。
ネットによる情報共有のありがたみをあらためて認識した。(ただし変なサイトには近づかないことの重要性も、思い知ることが多いけれど...)

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〔閑談的な付記〕
実は、巷のネット掲示板や携帯メールにおいては、特殊文字(等)を駆使した「ギャル文字」が流行っているらしい(3/31付朝日新聞の、教科書検定がらみの記事の中で知った.)。ネット検索すると山のように引っかかる、、私は浦島太郎のような感覚、、、


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中・高の理科の先生と意見を交わしたりしていると、しばしば、物理現象としての「浮力」を題材にすることが話題になる。日常的・実際的な現象であり、効果がはっきり認識でき、実験が容易で、かつ定量的な扱いにも馴染む、、という特徴から、力学の題材として、他の例に勝って好適だと見なされることも多いようである。ところが一方、質点から多体系、連続体に向かって進む大学の力学教程では、「浮力」は、最後の最後でやっと話ができるかどうか、、というところに置かれている。浮力の問題を、教育的にどう扱うべきか、、しばらく、この問題に触れてみたい。

例によって、私の(多分)中学生ぐらいのころの記憶をたどれば、浮力の問題は、「(風呂の中などで)体験をするときにはそれなりに直感的な納得が得られるが、その理由を説明している本を見れば見るほど絶望的に分からなくなる、、」という典型例であった。浮力を説明する図や文章は(以前に述べたサイホン現象などよりも)かなり頻繁に目にするので、悩みはかなり長らくつきまとい、大学生のある段階ぐらいまで釈然としない思いに苦しめられたように思う。

学習者を悩ます標準的説明図をまず右に示してみよう。(今回は、めずらしく図を描き起こしてみた(wordによる).)

この図の悪しき点の第一は、力を表していると思われる矢印の正しい意味が説明されていないことだ。力のベクトルを表す矢印であるならば、「何に作用する力なのか」が明確でなければ意味を成さない。たくさんある矢印のそれぞれは、いったい何に作用する力であって、その大きさは何の値なのか? 一方、学習者の立場に立つと、この矢印を、ぐいと押す人の手のように置き換えてイメージするのが普通だろう。そうすると、浮力を受ける物体は、周囲から、ぐいぐいと押し込まれていることになる。しかしこの考え方は、(後に述べるように)経験や直感に照らしてどうにも不自然なのだ。どこかが変だと感じることのできる生徒は、苦悩の中、多くの矢印ベクトルを足し算した結果が上向きの浮力を与えるという結果論だけを押しつけられ、疑問を追う気力を奪われてしまう。こんなことでいいはずがない。この説明は、どこかが間違っているのだ。
<続く>

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昨今では、地球温暖化の問題と、その原因であるCO2の排出規制の必要性が、一般にも広く知られている。ところが一方、地球温暖化の原因を、人間の工業社会が排出したCO2ガスと見なすのは早計だとする意見が以前より存在する。先日まで参加していた日本物理学会のあるセッションでも、このことが取り上げられ、CO2による温暖化説が間違いだと主張する先鋒論者:槌田敦氏の意見を巡って議論が繰り広げられていた。

氏の主張は以下の2点に要約できるだろう。

(1)平均気温とCO2量のデータの年次変動データを比較すると、気温の変動から(約1年)遅れてCO2が変動する傾向がある。よって、CO2増加は気温上昇の結果であって、原因ではない。

(2)因果の根拠とされる研究は、コンピュータシミュレーションに基づくが、計算結果はパラメータの選び方でいか様にも変わる。また、現在のモデルは、水圏や生態系まで含め、排出されたCO2がどこにのように移動・固定化するのかを正しく予測できていないない。よって、シミュレーション研究は、温暖化の因果を判断する根拠にならない。

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私は、自らデーターを検討したわけでもないし、気象学や地球物理の詳しい知識を持つわけでもないので、反証も賛同もしかねる立場にいる。また、特段の権限や影響力を伴わないある個人の見解に対して、あえて論評を加えたいとも思わない。しかし、今回の槌田氏の意見を巡る議論を聴いていると、何か、釈然としないフラストレーションを覚える。

槌田氏の意見は、完成された説得力をもつ調査や論理になっているとは言い難いように感じる。しかし、無視すべきと判断されるような、思いつきの意見でもない。この疑義については、物理学会の片隅などで、ちまちました討論など行っている場合ではないのだ。先ずは、上記のような氏の疑問にどれだけ明確に反論できるのか(できないのか)、これまでの国際会議等を主導した専門家は一旦は全力で応答すべきではないか。また、政治の動きとの連動する事態に立ち入っているのだから、中央省庁や立法府も、あらためて、主流派と異なる論をひな壇に上げて、様々な疑問を徹底的に議論する場をつくる役を果たすべきではないか。

以下、専門家ではない私の立場で考えることを記す。

複雑で大規模な系について、単純な因果を見つけることは困難である、、これはすぐに想像できることである。しかし、我々の生存を託している地球環境に対して「はっきり分からないのが結論だ.」と言っても済まないことも理解できる。

『このままで行けば、いずれは人為排出CO2に由来する効果がはっきりしてくるだろうが、その時点に至ってしまえば、取り返しが極めて困難になるので、早めに対策をはじめて、その間に研究を進めるべきだ。』-これが、現在主流となっている専門家の意見だろう。

ここでの対策とは、地球のCO2量を減らすことではないことに注意する必要がある。人為排出CO2の量をある程度コントロールできるように、技術的および国際政治関係的な方法を築き始めるべきということなのだ。そのように、打てる手を広げておいて、実際にとる行動は、研究の進捗に合わせ、見直しを含めて決めていけばいいということだろう。

このように説明すれば、CO2排出規制の考え方も比較的すっきりしてくる。削減の数値をふりかざすことにあまり意味はないのだ。それこそ、欧・米・アジア間の政治力学の問題のようになってしまう。先ずは、世界的に資金と頭脳を供出し合い、温暖化の原因を調べる多面的てロングスパンの研究を進めることだ。さらに、地球のCO2(ただし人為排出に限らない)の大気圏以外への固定化を促進・調整する方法を研究することだ。可逆的固定が望ましいだろう。そして最後に、工業的に排出されるCO2量を削減する技術を募ることだ。これらの研究に対しては、世界から十二分の資金を出し合い、より重要な成果を出した国に、多くの利益が戻るような方法を採り入れるのが良いだろう。

このような観点で、「京都議定書」の基本的認識と方向は誤っていないが、その方法論はあまり賢いものでない、、というのが私の感想だ。

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〔オフィシャル資料/環境省〕
地球温暖化の科学的知見
気候変動枠組条約・京都議定書関連文書
京都議定書の概要

〔諸論等〕
京都議定書「発効」とこれからの地球温暖化対策/佐和隆光氏の文書
地球温暖化&対策への懐疑論について/ブログ:温暖化いろいろ

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〔補足情報〕
CO2問題と密接な関係をもつ「大規模森林火災」について。
何が原因で何が結果であるのか、単純には結論できないが、かといって放置することも許されない、、という典型的難問題。とりあえず、コメント抜きでリンクを紹介する。認識の薄かった方はぜひご覧いただきたい。

ETV2002「検証・シベリア森林火災」
EICネット[環境用語集:「森林火災」]
EORC | 地球が見える - 森林火災の煙(続報)
Digital Earth Project-森林火災の現状

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(温室効果ガス:水蒸気H2O、二酸化炭素CO2、メタンCH4、一酸化二窒素N2O、フロン・代替フロンなど)

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科学・物理教育に関わる専門家の間で、「科学的素養」を身につけさせる必修教科目の必要性が議論されている(Physics Education Society of Japan)。科学技術と社会の関わりの観点から論じられることが多いのだが、私は、科学的素養は、もっと直接的に、社会の意思決定の際に求められる価値を有していると思う。主権者たる国民として必要であるし、また意思決定を付託される政治・行政の重職に就く者には特段に必要である。

いろいろ言いたいことがあるが、とりあえず以下に、自然科学的センスが不足している人が陥りやすい思考パターンの典型例:「~するほど良い」式の誤謬の例をあげてみよう。
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-科学の素養があれば気づく直接の(誤謬)例 (条件付で正しいことに注意)-
・「(運動会等で)万国旗をひもで張るとき、ひもの張力を強くするほどピンと直線的になる.」
・「ある電源につないだヒーター線の抵抗値が小さい(or大きい)ほど、良く発熱する.」
・「蒸気の温度を高くすればするほど、タービンの効率が上がる.」
・「ある量の微小変化の幅 Δx が小さければ小さいほど、数学的な微分量に近づく.」

-社会的な考え方における(誤謬)例-
・「皆が同じ方向に邁進するほど、物事がうまく進む.」
・「無駄は少なければ少ないほど好ましい.」
・「賛成する人が多いほど、正しい判断である.」
・「儲ければ儲けるほど幸せである.」

-政策に関する生々しい(誤謬)例-
・「"儲けるほど良い"と思わない人は、いくらでも貧しくして良い.」
・「軍事力が強いほど、国民の安全と財産が良く守られる.」
・「財政赤字であれば、国家の公共活動はなるべく減らすべきだ.」
・「社会主義的意見を排除するほど、より自由で豊かな国家になれる.」
・「労働運動はできるだけ抑え込んだ方が、経済が活発になる.」

(念のため言っておくが、「社会主義が席巻するほど良い」とか「労組の意見に従うほど良い」なども同じく誤謬である.)

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〔追記〕
実験物理などをやっていると、それこそ、「~であるほど良い」などという単純な指針はまずは成り立たないことを痛烈に実感するばかりだ。適切なバランスを見つけるしかない、、それで解決に向かわないときは、視点を変えて別の原理や方式を見つけねばならない、、大抵はこのように考える。

「○○するほど△△だ」というのは、関数関係の最も原始的な認識だろう。ある基本法則なり経験則なりを見つけて、予測・計画に活かそうとするわけだから、何も考えずに場当たり的に試すよりは一段高級だとも言える。しかし、そこで思考を止めてしまい、後は、最初の基本則から出した方針を掛け声にして、盲目的に突っ走る、、このようなやり方は、何も考えないよりもっと始末の悪い結果をもたらすことが多い。

ある規則や因果関係が成立すると見なせるための、前提条件、範囲、スケール、などを常に考慮・意識する必要があることが、(数学とは異なる)自然科学の本質だ。

一定条件だったはずの量に結果が跳ね返って影響を与えることはないのか、局所的に考えるのか閉じた系全体までを考えるのか、考慮する時間のオーダーはどれほどか、ミクロスケールを粗視化して扱うか否か、、、こういう考え方を教えてくれる科学の価値をもっと多くの人に知ってほしいと思う。


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以下、些細なメモ的情報・コメント。

マイクロソフト製品のユーザー登録のデータベースが変更され、その移行手続の受付期限が、今月末(2007年3月31日)に迫っているそうだ。

マイクロソフト カスタマーインフォメーションセンター - ユーザー登録

(ユーザー登録をして特に役立った経験は無いのだが、)几帳面な人は、うっかりしないよう、上のサイトを覗いておくといいだろう。

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さて、こんなことに気づいたのは、Office2007 (pro.)を購入し、本日インストールをしたからだ。インストールは順調にいったが、ユーザー登録で結構手こずった。その理由は2つ。

一つは、上述のことで、旧ユーザーIDと新規「WindowsLiveID」の関係がよく分らなかったことによるもの。もう一つは、Office2007を「Office 単体製品」というメニューから登録処理しようとすると、(正しいPIDを入れても)「不正なPID」と警告され、しかもどこが間違っているのかさっぱり教えてくれないことによるもの。

MSのサイトをよく見れば、以下のように小さく記述されていた。
『「単体製品」 とは、Microsoft Word や Microsoft Excel、Microsoft Access など、1つのアプリケーション ソフト単独で提供されている製品をさします。一方、「スイート製品」 とは、上記単体製品を、一揃い (一式) にして提供している製品をさします。』

「スイート」は、甘い"sweet"ではなく、「一そろい」の"suite"のつもりなのだろうが、カタカナでは意味がとれない(ちなみに、sweetとsuiteは同じ発音、また、「ホテルのスイートルーム」は"suite"の方.)。「スイート製品」は「各エディションのOfficeセット製品」と呼ぶ方がずっと良い。また一方「Office 単体製品」というのも意地悪な表現で、「Word, Powerpointなどの単一の製品」と呼ぶ方が分かりやすいに決まっている。

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Office2007の使用感などが書ければ有益なのだろうが、現時点では未だお伝えするほどの内容が無い。

ただし、特に旧Wordを仕事の主力に使ってきたユーザーの方は、インストーラーの最初のメニューで、「アップグレード」(これがデフォルト)を選ばずに、「ユーザー設定」の方を指定し、旧ワードと共存させた方がいいと思う。メニューの使い方がそれほどまでに変わってしまった。

そこで、私の場合、先ず旧Office2000からWord以外の機能を外し、Word2000のショートカットを別フォルダに移し、その上で、「ユーザー設定インストール」した。

ところが、新旧両バージョンのWordが動作することはするのだが、Word2000とWord2007を交番して使用しようとすると、何と、その度に毎回、Wordのインストーラーによるシステム構成が起こる、、というとんでもない不便な状況が生じることが分かった。

このことは、どうやら、前回起動したwordと次に起動しようするWordのバージョンがずれているときに、インストーラーの修復機能が働くということに起因するらしい。特にWordで問題になることらしい。

マイクロソフトでは、概ねこのことを把握している模様だが、今のところ対策の記述はないようだ。また、ネット上にも、うまい回避法は出ていない。(レジストリデーターに毎回パッチをあてるような手立てでいいようにも思うのだが、、私はWin時代になって以来コーディングはさっぱりなので試みることができない(情けないが、、)。)

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―以下、03月07日に追記・改訂しています―
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上述の件について、マイクロソフトのサポートに宛てた質問、および、それに対する回答を以下に貼り付けておく。

予想したこととは言え、何の対処もしてくれていない無価値な回答だ(既存のサポート情報を見て不満であるが故の質問と理解できないようだ、、)。(再抗議を入れるかどうかは考慮中、、、)

[問い合わせ概要]
Windows XP Professional SP2 上に、既にOffice 2000(の Word 2000)がインストールされている環境において、Office 2007 Professional を、「ユーザー設定」で旧Wordを残した形でインストールしました。
教育関係の仕事上、学生指導のためには、当面、Word 2000 と Word 2007を共存利用する必要があります。
しかし、上のインストール後、Word 2000 と Word 2007を交番して使用しようとすると、その度に毎回、Word のインストーラによるシステム再構成が起こり、Word 2000 の方ではシステム ディスクまで要求されます。
このような場合に、インストーラによるシステム再構成が起こることを防ぐ方法を教えて下さい。もし、現時点で方法がないのであれば、回避のためのプログラムパッチや、付加ツールを提供されますことを強く要望いたします。

[回答]
お問い合わせいただきました Microsoft Office Word 2007 (以下 Word 2007) の内容につきまして、以下のとおり回答いたします。

コンピュータに複数のバージョンの Word がインストールされている場合に、Word 起動時に Windows インストーラが実行され、Word が実際に起動する前に、インストールの準備中であることを示すメッセージが表示されることがあります。
この動作は、複数のバージョンの Word を共存してご使用いただく場合の動作上の制限となり、この動作を変更する方法は、残念ながらございません。
そのため、インストーラを表示させないための修正プログラムやツール等もございません。
お客様にはご不便をお掛けいたしますが、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。
なお、本動作に関しましては、以下のサポート技術情報にて公開しております。
併せてご参照くださいますようお願い申し上げます。

文書番号 : 928091
タイトル : 2007 Office スイートおよび 2007 Office プログラムを、他のバージョンの Office を実行しているコンピュータで使用する方法

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〔追伸〕
当方は現在、wordは2000だけを使用し、excelなどは2007の方だけを使用する、、という方式にしている。これで(関連付けなども含めて)一応正常に動作はしている。

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〔備忘録:MS問い合わせサイト〕
マイクロソフト カスタマーインフォメーションセンター - Web/メールでのお問い合わせ一覧

アクセスカウンター ご縁カウンタFree!

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