![]() | 水鏡推理6 クロノスタシス (講談社文庫) |
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講談社 |
・松岡圭祐
文科省の研究公正推進室に勤務する一般職職員の水鏡瑞希がキャリア官僚を巻き込んで、研究に関する不正をあばくというシリーズの第6弾。今回彼女が挑むのは、「過労死バイオマーカー」に関する評価。これを使えば、過労死のリスクが数値で表されるという。これまでのシリーズ作品では、みな出てくる研究はインチキばかりで、瑞希がそのトリックを暴いていくというものだった。しかし、今回は少し違っている。最後にちょっとしたことはあったのだが、基本的にはこのバイオマーカーはちゃんとしたものだという設定になっている。そして、今回彼女と組む官僚は須藤誠。東大卒だが法学部ではなく、経済学部。落ちこぼれ官僚という設定である。
瑞希は、「過労死バイオマーカー」を評価するために、過労で自殺した公務員についての調査を始めるのだが、どうもおかしい。財務省の主査だった吉岡健弥の調査を始めると、彼が付き合っていたという恋人の住所がまったくのでたらめだったり、警視庁の警官に監視をされるようになったりするのだ。なんだか大きな陰謀が潜んでいそうな感じなのだが、話は意外な展開を見せていく。読者は、「ええっ~!そうくるの?」と翻弄されること請負で、そういった意味ではなかなか楽しめる。
特に、二人が酒々井駅で警官に捕まりそうになったときに、須藤が、瑞希を逃がすために、<ああ覚醒剤が効いてるよ!ひどく暴力的になってる。近づくな!>(p241)と言いながら暴れるシーンには、「アホか!」と突っ込みながらも、大笑いしてしまった。
ところで、本書にはなかなか興味深いことが書かれている。瑞希がこんなことを言っているのだ。
<男性によるロリータの女装趣味は、わりとふつうです。ラフォーレ原宿はそのメッカでもあります。>(p282)
<表参道にはラフォーレのほかにも、女装趣味に応える店が集中してます。ロリータファッション以外の店もあります。>(p284)
そっ、そうなのか?わりとふつうなのか。う~ん、勉強になる(何の?)。という事は、原宿で可愛い女子と思っても、実は男だという可能性もあるということなのか。でも瑞希、女装に対して、なかなか心が広いような(笑)。
しかし、やはりツッコミどころを見つけてしまった。本書に出てくる主要な警視庁の警察官は以下の二人だ。
<矢田洸介警部補>(p88) 彼の容貌は、前のページに<五十前後の厳格そうな面構え>と書かれている。
<小池康幸主任警部補>(p257) こちらも、矢田とのやりとりから、おそらく彼と同年代くらいだろう。
これを前提に以下の記載を読んで欲しい。
<矢田が言った。「小池。俺たちは国家公務員だ。」>(p287)
そして、瑞希が矢田に言った科白。
<でなきゃ、なんのために国家公務員になったんですか>(p305)
どこがおかしいか分かるだろうか。警視庁は「庁」とはついているが、特許庁や宮内庁のような国の機関ではない。あれは、各県にある県警と本質的には同じで、実質は東京都警なのだ。だから、警視庁に務める警察官は、基本的には地方公務員である。(ただ首都警察ということで、他の道府県警とは少し扱いは違っているが)
基本的にと書いたのは、例外があるからだ。都道府県警の警察官でも、出世して警視正以上になれば、自動的に国家公務員になる(注1)し、国の役所である警察庁からキャリアや準キャリアとして出向してくる場合もあるからである。しかし、その場合も、50前後で警部補ということはないだろう。
このあたりは、編集者がちゃんとチェックすれば分かりそうなものだ。こういった本が出版される際には、校閲が行われるものだと思っていたのだが違うのだろうか?
(注1)
警察法
第五十六条 都道府県警察の職員のうち、警視正以上の階級にある警察官(以下「地方警務官」という。)は、一般職の国家公務員とする。
2 前項の職員以外の都道府県警察の職員(以下「地方警察職員」という。)の任用及び給与、勤務時間その他の勤務条件、並びに服務に関して地方公務員法 の規定により・・・(以下略)
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※初出は、「風竜胆の書評」です。