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文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:QED ~ortus~白山の頻闇

2018-07-11 11:29:48 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
QED ~ortus~白山の頻闇 (講談社ノベルス)
クリエーター情報なし
講談社

・高田崇史

 おなじみ、高田崇史のQEDシリーズの最新刊。収録されているのは表題作の「白山の頻闇」と「江戸の弥生闇」の中編2編。それぞれ描かれるのは白山信仰と菊理媛神および江戸吉原と勝山太夫の謎。これに現実の事件を絡めるのはいつもの通り。

〇白山の頻闇
 桑原崇と棚旗奈々は、結婚した奈々の妹沙織の誘いで金沢へ赴く。金沢には、菊理媛神の元締めともいえる神社があるので、今回タタルは乗り気だ。それにしてもまだ二人は結婚してない。このままの関係がずっと続いていくんじゃないかな。

 ところで、菊理媛神とは、日本書紀に1行だけ出てくる謎の神様だ。黄泉の国から逃げかえるとき、黄泉平坂で伊弉諾尊は追ってきた伊弉冉尊と争っているときに、菊理媛神が突如現れ、何かを言い残して去っていく。

 奈々は、巻き込まれ体質で、タタルとどこかに行くたびに事件に巻き込まれるのだが、今回は詩織の夫が事件に関係してくる。

 しかし、こんな理由でこのような事件を起こす人間が今どきいるかは疑問だ。どこかのカルト宗教ならわからなくもないが。

〇江戸の弥生闇
 こちらは、奈々が明邦大学に入学したころの話だ。。友人につれてこられたオカルト同好会に桑原崇がいた。学生時代からかなりの変人だったようだ。この話のテーマは吉原、男の極楽、女の地獄、そしてもれなくビョーキ付きのあそこだ。そこで一世を風靡したという勝山太夫、その真実に迫る。これに近くの高級マンションで起きたという自殺事件の真実を絡めた作品だ。

 白山神社は、菊理媛神という女神を祀っているはずなのに雄千木になっているとか、怨霊は真っ直ぐにしか進めないので、怨霊を祀っている神社は参道が真っ直ぐになっていないとか、こういった蘊蓄がだんだんとついてくるのもこのシリーズの特徴だろう。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。


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書評:日曜の午後はミステリ作家とお茶を

2018-07-01 10:26:26 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社

・ロバート・ロプレスティ、(訳)髙山真由美

 本作において、シニカルな口調で語り手を務めるのは、主人公でミステリー作家のシャンクス。しかし、それほど売れているわけではないようで、売れないことに対する自虐的な話もある。ちなみに、妻はロマンス作家だ。これは、そんなシャンクスが活躍する14編の短編を集めた短編集である。

 このシャンクスは、ミステリー作家だけあってなかなかの名探偵だ。なにしろ人から話を聞いただけで事件を推理してしまう。それだけではない。「シャンクス、昼食につきあう」では、妻が初めてのインタビューを受けている傍で、外の風景を眺めているだけで犯罪を感知しているし、「シャンクスの記憶」では、工事現場を見ただけで、犯罪の存在を見抜いたのである。

 しかし、作家らしく、「シャンクス、物色してまわる」では、 婦人警官の使った単語、”prowl(物色する)”が自動詞か他動詞かにこだわっている(p103)のがなんとも面白い。

 また、アメリカにおける出版事情なども分かり色々と興味深い。例えば次のような記載だ。

<シャンクスは出版不況への不満を漏らし、実はここにいる作家の大半はこちらが期待するほど売れていないので、>(「シャンクス、殺される」(p137))

 出版不況が言われているのは、日本だけではなく、アメリカでもそうなのだと認識を新たにした次第だ。日米に共通する現象は何なのかと考えてみると、思い当たるのはネットの発達くらいしかない。

 また、「シャンクスの手口」では、自分を酷評した批評家のことをかなり気にしている(p170)。私も長く書評を書いていると、よく頂き物をするのだが、それに対して作者や出版社などからの反応が直接的、間接的に結構ある。例えば、ツイッターで拡散したり、コメントを寄せたりといったように。やはり、気にしているのだろう。私のような無名の人間に対してもそうなのだから、評者がある程度名が知られているとなると一層だと思う。

☆☆☆☆

※初出は、「本が好き!」です。
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書評:血

2018-06-25 10:35:54 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
クリエーター情報なし
中央公論新社

・新堂冬樹

 本書の内容を一言で言えば、あるサイコパスの物語ということだろうか。この作品は、主人公の本庄沙耶という女子高生。しかし、どこでもいるという女子高生ではない。自分に流れる血を憎み、同じ血が流れる人間を消し去ろうとする。

 父方の祖父母は無理心中、両親は目出し帽の男に刺殺される。沙耶はこの後、母方の祖父母、父方の叔父、母方の伯母に引き取られていくが、行く先々で、自分の血筋に当たるものを殺害していくのである。その方法が、デス・ストーカーである猛毒サソリを使ったり、車に爆弾を仕掛けたりというものだが、どのように沙耶がこれらの方法を考えるのかというところがこの作品の一番の読みどころかもしれない。

 出てくる人物のほとんどはクズと言ってもいい人物。例えば、沙耶の両親や母方の祖父母だが、自分の保身のことばかり考えているし、叔父は、ワイルドを気取った小心者、その息子で従兄に当たる旬は、沙耶やそのクラスメートの果歩をレイプしようとする。伯母の夫である亨は、実の娘をレイプし、伯母の律子はまったく無関心だ。娘の香織にしても、夫が家出したということになっているが、実は「処分」したようだ。

 これだけろくでもない人間をこれでもかこれでもかというほど出す作品はめったにないと言っていいだろう。世の中には「イヤミス」という言葉がある。読んだら嫌な気持ちになるミステリーというものだ。そういった意味では、本書も十分にイヤミスの資格があるが、残念ながらミステリー的な要素はほとんどない。全編がどうすれば沙耶が対象を「処分」できるかということに費やされており、そのやり方にアイデアがつぎ込まれているような気がする。それにしては、最後の終わり方はあっけなかったのだが。

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:GOSICKs IV ゴシックエス・冬のサクリファイス

2018-06-19 10:24:57 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
GOSICKs IV ゴシックエス・冬のサクリファイス (角川文庫)
クリエーター情報なし
角川書店(角川グループパブリッシング)

・桜庭一樹

 桜庭一樹のGOSICKシリーズの外伝に当たるGOSICKs (ゴシックエス)。本作はその最終巻に当たるものだ。舞台はヨーロッパの架空の小国ソヴェールの聖マルグリット学園。主人公は極東の島国からの留学生である九城一弥と謎に包まれた美少女ヴィクトリカ。描かれているのは、学園をあげてリビングチェスに興じる冬の1日の出来事。

 挿入されるのは、ヴィクトリカの思い出話。異母兄となるグレヴィールのあのドリルのような尖がったヘンな髪形、彼の部下であるイアンとエヴァンの二人がいつも手をつないでいること。その原因は全部ヴィクトリカにあったんだね(笑)。

 全編を通じて、どこかコミカルな雰囲気が感じ取れる。しかし、その反面、不安な空気も漂わせている。

 <たとえば、この学園に学ぶ貴族の子弟たちが一斉に家に呼び戻されているという事実。逆に、都会からとつぜんこの村にやってきた資産家の親子。そして、なぜかそわそわしながらわたしの様子を確認しにきた兄貴。つまりは嵐が近づいている近日中に、そう・・・・・・>(pp177-178)

 桜庭一樹の作品にはどこか異形を抱えた美少女が登場することが多い。このシリーズの主人公、灰色狼の末裔たるヴィクトリカは最高のキャラだろう。もっとも桜庭作品には時折ヘンな個所がある。本書でヘンと思ったのは、第一話「白の女王は君臨する」に出てきた鏡文字のトリック。後ろ向きに書いたために、ダイイングメッセージのpがqになった(p63)とのことだが、自分で実験してみるといい。絶対に鏡文字にはならないんじゃないかな。しかし、そんなヘンな部分も含めて、ヴィクトリカはとっても可愛らしいのだ。

☆☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:静おばあちゃんにおまかせ

2018-06-17 11:00:04 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
静おばあちゃんにおまかせ (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋

・中山七里

 主人公の葛城公彦は、警視庁捜査一課の刑事だ。階級は巡査部長で、年齢は25歳。自分に自信がないが、隣県に移動した元上司の無実を晴らすために奔走するような、なかなかに熱いキャラである。

 本書で扱われるのは5つの難事件。上述の元上司にかかった冤罪事件、外国人労働者にかかった冤罪事件、密室殺人事件など。実は彼は、事件が発生すると、恋人で法律家を目指している高円寺円の知恵を借りるのだ。第一話では、二人はまだ恋人未満の関係だったのだが、第3話のあたりで、名実ともに恋人関係になった。

 しかし実際には、元高裁の裁判官だった円の祖母が事件を解決しているのである。なにしろ円から、事件の概要を聞いただけで、たちどころに解決するのだ。究極の安楽椅子探偵だろう。

 この連作短編集においては、葛城刑事と円のコンビが色々な難事件に挑むというエピソードが本書の横糸となるだろう。これとは別に、全体を通しての縦糸として、円から両親を奪った交通事故の真相の追求がある。

 両親が事故にあった際に、円は中学生でいっしょだった。その時、事故を起こした犯人から酒の匂いがしたのだが、裁判の過程ではアルコールは検出されなかった。第4話で円はその犯人と対面するのだが、彼女に記憶にある人物とはどうも違う。その謎を解くというのが全体を通してのテーマとなっている。

 最後に明らかになる円の祖母については驚き。最近は、あまり小説は読まないのだが、これは面白くて一気読みしてしまった。

☆☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:悪女

2018-05-21 18:13:59 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
悪女 (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社

・マルク・パストル、(訳)白川貴子

 本書は、実話をベースにした物語。舞台は、20世紀初頭のスペイン・バルセロナだ。訳者あと書きによれば、元々はカタルーニャ語で出版され、その後各言語に翻訳されたようだ。

 描かれているのは、「吸血鬼」と呼ばれた稀代の悪女エンリケタの物語だ。悪女とというと、なんだか妖艶な美女という感じがするのだが、むしろ鬼婆と呼んだ方が本質を表しているかもしれない。

 なにしろ、子供を誘拐し、幼児売春などを行わせた挙句に、用済みになると殺して、死体から様々な怪しい薬を作っていたという。まさに悪魔の所業。子供から作った薬は、結核や梅毒にも効くとされていたようだ。そのため顧客は上流階級に多く、エンリケタはなかなか逮捕されなかったという。

 本作で、誘拐事件を捜査していくのがコルボ警部とその相棒のマルサノ警部なのだが、政治家連中から警察署長に圧力がかかtって、誘拐事件など発生していないと捜査の中止を命ぜられる。しかし、二人はそれに反して事件を追い求めていくわけだが、この辺りはまるで刑事ドラマのテンプレを見ているようだ。

 もっとも、コルボ警部の方も真っ白というわけではない。捜査の過程で相手を殴りつけるというのはざらだし、犯人と「交渉」して現金(いわゆる袖の下)も受けっとっているようだ。しかし、最後にコルボさん、あんなになるというのはちょと意外だったかも。

 ところで、作中にぺセタという単位のお金がよく出てくるのだが、国や時代の違いで価値がよくわからない。可能なら注釈ででも、今の日本円に直せばどのくらいの価値があるのかを示しておけばもっと作品を楽しめると思った。

☆☆☆☆

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書評:動く標的【新訳版】

2018-05-17 22:27:03 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
動く標的【新訳版】 (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社


・ロス・マクドナルド、(訳)田口俊樹
・創元推理文庫

 本作は著者の生みだした名探偵であるリュー・アーチャーのデビュー作であるという。しかし処女作ではない。これなど先に亡くなられた内田康夫さんの浅見光彦と同じような感じだろうか。内田さんの処女作は「死者の木霊」だが、浅見光彦の登場は3作目にあたる「後鳥羽伝説殺人事件」からだ。

 しかしアーチャーと光彦には相違点も多い。光彦は永遠の33歳で爽やかな好青年というイメージだ。アーチャーは35歳と年齢こそ光彦に近いが、その容姿を表した部分を引用してみよう。アーチャーが鏡に映った自分を見て思ったことだ。

<痩せ細った略奪者の顔をしていた。鼻は細すぎ、耳は頭蓋にくっつきすぎていた。瞼は外側が垂れ下がり、それでたいていは目の形が自分でも気に入っている三角形になるのだが、今夜の眼は瞼のあいだに押し込まれた小さな石の楔のようだった。>(p79)

 どうだろうか。どこにも爽やかさなどは感じられないのだが。

 さてストーリーの方だが、アーチャーは石油業界の大物サンプソンの妻から電報で呼ばれる。呼ぶ手段が電報というのが、なんとも時代を感じさせるのだが、依頼は夫が失踪したので行方を捜してくれというもの。ところが本人から10万ドルを用意しろという自筆の手紙が届く。アーチャーは、事件の真相を探っていく。

 なんとなく連想できるように、結局は誘拐事件なのだが、それにしても犯人側の人物の数の多いこと。1匹いればあと数十匹はいるといっていい、まるでGのようである。

 さてアーチャーだが、快刀乱麻のごとく、鮮やかに事件を解決というようなことはない。何度も殴られて気絶させられ、縛り上げられたりするという何とも情けないヒーローなのだ。彼が縛り上げられている箇所を少し引用してみよう。

<うしろ手に両手を縛られ、足も結わえられ、手首とつなぎ合わされていた。>(p221)

 アーチャー大ピンチなのだが、その場面を想像してみると、なんだか漫画チックなのである。

 今回、ロス・マクドナルドという作家を初めて読んだが、自分の好みかどうかを聞かれると、それほど好みな話ではなかった。好みの作品は、一気読みしてしまうが、これについては、何度も分けてちょっとずつ読んでいった。そのため、最初の方は忘れているので、また読み直しという体たらく。読み終わるまで時間がかかってしまった。まあ、最後にちょっとしたどんでん返しはあるのだが。

☆☆☆

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書評:京都烏丸御池のお祓い本舗

2018-05-08 09:39:19 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
京都烏丸御池のお祓い本舗 (双葉文庫)
クリエーター情報なし
双葉社

・望月麻衣

 主人公の木崎朋美は、静岡出身。京都で就職してたったの1年でリストラされ、城之内隆一の探偵事務所に拾われることになった。城之内は東京で弁護士事務所を開いていたが、経営に失敗して地元京都に舞い戻り、今は探偵事務所を開いている。

 ところがこの事務所に来る依頼は、迷子の動物探し程度。しかし、不思議になぜだか経理的には余裕がある。実は探偵事務所というのは表の顔。その実態は、魔界都市京都らしい怪異の関連する事件を請け負っているお祓い事務所なのである。

 朋美は自分は霊感に縁がないと思っていたが、実はいるだけで怪異の方から避けていくという強力な防護体質。ちなみに所長の城之内は霊を感じることができる人。そして高校生アルバイトの高橋海斗は、霊が見える人だ。

 この凸凹トリオが、魔界都市京都に起こる怪奇な事件に挑むというのが基本的なストーリーである。

 笑ったのは、このトリオが現場に踏み込むときに、朋美が先頭を歩かされるところだ。もちろん、朋美の防御力を期待してのことだが、後の二人曰く、レディファーストらしいが、ちょっとなんだかなあ・・・。

 ところで、集まった怪異を退ける呪文だが、朋美は「アビラウンケンソワカ」をアラビアンナイトみないな呪文だとうろ覚えで、「アラビアンソワカ」と言っている。でもそれでちゃんと効果を発揮しているのだから面白い。

 同じ作者の人気シリーズである「京都寺町三条のホームズ」の登場人物も少し登場しており、この辺りは人気シリーズを持っている作者の強みか。また、海斗には何か謎があるようだ(本人はまったく記憶していないようだが)が、これがどのようにこれからの展開に影響してくるのか気になる。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。
 
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書評:シャーロック・ホームズの古典事件帖

2018-04-24 10:14:38 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
シャーロック・ホームズの古典事件帖 (論創海外ミステリ)
クリエーター情報なし
論創社

・アーサー・コナン・ドイル

 コナン・ドイルの生みだしたシャーロック・ホームズといえば、ミステリー分野における名探偵の代表のようなものだろう。彼は1887年に「緋色の研究」で初めて登場したが、今なお、世界中に多くのファンが存在しており、その人気は根強い。本書はシャーロック・ホームズ登場130周年を記念して、明治、大正期における翻案、翻訳を復刻したものだ。

 このような性格の本であるため、表記は統一されておらず、ホームズやワトソンの表記についても、作品により異なっている。また舞台を日本にした翻案ものでは両方とも日本人の名前になっており、例えばホームズは、上泉博士とか保科鯱男、緒方緒太郎などとなかなか多彩だ。

 ところで、ホームズシリーズの中でもたぶん有名だろうと思う「赤毛連盟」だが、大正2年の三津木春影訳では「禿頭組合」になっている。これは、舞台を日本にした翻案作品であるが、日本人は赤毛になじみがないということで、世界共通の禿頭に変わったようだ(ただし作中では「若禿組合」)。この辺りはパイオニアの苦労といったものを少し感じてしまう。ただ、結構な事件のはずなのだが、そこかしこに思わず笑ってしまうような表現があるのだ。例えば、こんな具合。

<中尾医学士(評者注:ワトソンのこと)は折しも窓帷の隙間を洩れる冬の光線を受けて冷たく光る客の禿頭を横目に眺めつつ・・>(p188)

 それからホームズが唯一認めた女性であるアイリーン・アドラーだが、本書に収録されている「ボヘミア国王の艶禍」(矢野虹城訳 通常は、「ボヘミア国王の醜聞」として知られる)では、多羅尾伊梨子だ。なお、ホームズは蛇石大牟田博士、ワトソンは和田である。(誰やねん!?)人名だけチェックしてもなかなか楽しい。

 文体が古いものもあり、特に最初の方の作品は、明治期の小説を読みなれてないと、決して読みやすいとは言えないだろう。単に楽しむだけなら、新しい訳の方を読んだ方が良いと思う。私自身もあまり日本の古い文学を読まないので、すらすらと頭に入ってこない。

 しかし、歴史的な価値という観点からみると話は別である。ツッコミどころは多いものの、まだ、ミステリーというジャンルが一般的ではない時代に、訳者がどのようにすれば読者の興味を引くかを考えながら翻訳していったかを考えると、なかなか興味深い。

 世の中にはシャーロキアンと言われる人がたくさんいると聞く。ホームズシリーズの熱狂的なファンの人たちだ。そのような人にとっては、本書に収められた作品の数々は、我が国にどのようにホームズの物語が広がっていったのかを示す、資料的な価値は高いのではないかと考える。

☆☆☆☆

※初出は、「本が好き!」です。

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書評:卯月の雪のレター・レター

2018-02-11 11:39:59 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
卯月の雪のレター・レター (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社

・相沢沙呼

 今私が注目している作家のひとりである相沢沙呼による短編集。収録されているのは以下の5編。

○小生意気リゲット
 両親がなく、二人暮らしの姉妹。姉は、有名な絵画賞を取るくらいだったのに、生活のために絵を諦めた。妹のシホは、最近姉に反抗的である。

 ある日、シホが姉に内緒で叔父から金を借りた。妹を引き取らず、叔父夫婦の所で暮らさせていた方が良かったのかと悩む姉だが、最後に種明かしがされるとき、反抗的で生意気だと思っていた妹がとってもいじらしく思えてくる。


○こそどろストレイ
 サキと加奈の二人はクラスメートの黒塚百織(しおり)の家に遊びに行く。黒塚家には圭織、百織、沙織、小太郎のきょうだいがいた。

 黒塚家で、鍵がかかった蔵にしまっておいた花器が盗まれる。雪が積もっていたのにも関わらず、犯人らしき足跡は残っていない。

 ところが、圭織が何日か前に自分が割ったと言う。しかし、父親は今朝その火器があることを確認している。サキが名探偵役を務めて、明らかになる意外な犯人。そしてきょうだいの絆。


○チョコレートに、踊る指
 事故で、光を失ったヒナ。同じ事故で失語症になったスズは、頻繁に入院中のスズを見舞う。二人のコミュニケーションは、スズがノートパソコンに打ち込んだ言葉を、自動音声が読み上げることによって行われる。
なぜか、スズの心を苛む罪悪感。待っている驚くような種明かし。


○狼少女の帰還
 三枝琴音は、小学校の教育実習生だ。彼女の指導教員としてついたのが、坂下知恵といういい加減な人物。なにしろいじめがあっても、全く動く気がないのだ。

 生徒の一人である佐伯咲良は、クラスから浮いている。同じクラスの片桐まいなの家に遊びに行った時に、お手伝いが通帳と印鑑を泥棒したのを見たという。まりなは、咲良が嘘つきだと言う。

 琴音には、自分が上手く笑えない、人に溶け込むことができないという悩みがあった。それを咲良と重ねて入れ込んでしまうのだが、これは、琴音が過去の自分と決別する物語だろう。


○卯月の雪のレター・レター
 表題作である本作。祖母の七回忌で母の実家に行ったとき、従妹から、祖母から祖父に1か月位前に手紙が届いたということを聞く。幽霊からの手紙なのか?

 また、手紙にある「卯の雪」とは卯月の雪のこと。卯月とは4月のこと。果たして4月に雪が降るのか。明らかになるのは、60年もの時を越えた思い。そして、卯月の雪の正体。


 相沢沙呼の作品は、哀しいほどに多感で不器用な若い女性たちの揺れ動く心を良く描いている。彼女たちは悩み、傷つき、落ち込みながらも、立ち直っていくのだ。一応謎が提示されて、それを解き明かすというミステリー仕立てにはなっているが、最後はどれもちょっといい話に仕上がっており、読後感も悪くない。

☆☆☆☆☆

※初出は「風竜胆の書評」です。


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