ミステリーの女王と呼ばれた山村美紗さんの作品のひとつ。私は文庫版で読んだのだが、今現在は古書以外では、電子版しか売っていないようだ。商社の出世争いを背景にした事件として、2時間ドラマを視ているような感覚でサクサクと読める。
ヒロインは山川理矢子という大学生。商社マンの父とニューヨークに住んでいた。父がロンドンに異動となり、日本に一時帰国したが、そのまま失踪してしまう。父は、京都を観たあと、色々な小京都を呼ばれるところを回るつもりだったようだ。
理矢子は、父の勤める商社のロンドン支社にいる田村信一から紹介された甥の新聞記者田村陽一そして、理矢子が京都で知り合ったナンシイというアメリカ人留学生と父を探すのだが、やがて明らかになる意外な犯人。
タイトルに懐かしい地名が並んでいることもあり、面白く読んだのだが、ツッコミどころは結構ある。地理感がどうもおかしいのだ。舞台は、京都と小京都ということなのだが、
「山口は?」「ここよ」「その近くの小京都というと三次、竹原、備中高梁、津和野ですね」(文庫版p45(以下同様))
地図の上では近いかもしれないが、実感としてはそう近い気はしない。特に備中高梁は岡山県にあり、間に広島県が入っている。それに三次や備中高梁なんかはググってみれば確かに小京都として出てくるが、あまりそんな気はしない。
それに、山口は小京都とも呼ばれることもあるが、気持ちは「西京」。「東京」が東の京なら、山口は西の京という訳だ。だから山口県には西京銀行(昔の山口相互銀行:本店は周南市にあるが)や西京高校と「西京」の名を冠したものがある。京都が応仁の乱で荒れ果てた時代に大内氏の下で、大いに栄えたのである。
そして松江への行き方だ。
「新幹線で、倉敷まで行って、そこから伯備線に乗り換え、そのあと山陰本線に乗って行った方がいいかもと考えたが・・(以下略)」(p58)
確かに伯備線の起点は倉敷だが、新幹線で倉敷には行けない。行けるのは少し西の方にある新倉敷。それに伯備線の特急は岡山発なので、普通の人は岡山まで新幹線で行き、そこから伯備線の特急に乗るはずだ。
父親の腕は山口県の萩で見つかったのだが、それが島根県の津和野とごっちゃになっている箇所がある。
「(前略)そして、腕を切り取られて、腕だけ津和野に運ばれたのね」(省略)「(前略)津和野で死んだようにみせかけたのよ」(p171)
他の箇所には、これでもかというほど「萩」、「萩」と書いているにも関わらずにだ。ガイドブックなどには萩・津和野といっしょに扱われているのをよく見るが、萩は山口県、津和野は島根県にあり、全く別の場所である。
ここもツッコミたい。理矢子が京都でマンションを借りるとき、3LDKの部屋を借りている(p139)が一人暮らしなのに、どうしてそんな広い部屋を借りる必要があるのか。普通ワンルームだろう。
そうはいっても、本書を読んで初めて知ったこともある。山口県の県獣は「しか」だそうだ。しかなど、生まれてこのかた広島県の宮島でしか見た覚えがないのだが、調べてみると「ホンシュウジカ」が県獣らしい。これはひとつ賢くなった。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。