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あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「凍花」 斉木香津

2014-08-29 | 読書




家庭の悲劇から気持ちよく再生する物語だと思っていた。

評判になるほど美しい三姉妹で、姉の百合は長女らしくいわば優等生である。才能を生かしてデザイン会社に勤めて、少し責任のある仕事を与えられるようになっている。

そんな姉が次の姉の梨花をアイロンで殴って殺してしまった。

末娘の柚香は訳がわからない。そこに百合の日記が出てくる。

端正で、やさしく非の打ち所の無いような姉がなぜこんな日記を書いていたのか。

日記には、生々しい本音が綴られていて、家族のことは憎悪もあらわで、おぞましい渾名で書き込んでいる。
それが14年にわたって続いて、犯行後、日記帳は重ねて物置に積んであった。

柚香は驚き、百合の本性に触れてしまうと、家族の顔までが歪んで見える。
今までの生活は何だったのだろう。

と言う事件の発端から残った家族のそれぞれが、日記を読むにしたがって、今までの時間(特に百合の)を振り返ることになる。

どこの家庭でも何かと問題はある。それが小さいか大きいかは別として、何事も無い穏やかな家庭はすくないのではないだろうか。
絆と言ったり家族愛と言って、それなりにバランスが取れているようでも、また世間体と言うものもあってそちら向きの顔もある。
家庭の中に入ると、変わりないように見える日々は血のつながりだけで成り立っているような(と思い込んでいる)輪がある。本能的な親子の愛情がある。それが個人の心の奥にある真実を見えなくする。
家族であっても姉妹であっても、わかると言うのは傲慢で、家族だからと言って支配できるものでもなければ、自由放埓な生活が許されるものでもない、こういう煩わしい(家族と言うもには決まってある)人間のルールや縛りが家族独特の血のつながりなのだろうが、甘えてはいけない。そういう縛りがあってこそ、理解や愛情が他人とは違う濃さがよりどころなのだ。善し悪しとは別にして個人にかえれば、かえって煩わしいものかもしれないとしても。

中には百合のように、外の世界とうまく付き合っていけないものがある。百合のようなケースは、そう珍しいとは思わない。ただ自分と折りあうことができないことがゆり自身の問題で、はき違えたプライドになやんでいることが見えないだけに家族は安心している。しかし、子供のことが何も解らないほどに安心できるものだろうか。気がついたからこそ母親は日記を書くように言ったのだが。イジメに気づいて転校もさせている。しかし
この辺りの書き方は甘いと思う。

j妹を殺したいと言う衝動に自分をなくしてしまうほど悩みの根が深いものだあったなら、母は別として家族のだれも気がつかなかった、百合のほころびが見えなかったというのはおかしい。

現実に起きている様々な事件は、誰も異変に気づかないほど暗くて、根が深いものだろう。さまざまなストレスにさらされている今、想像を超える闇を抱えた人が衝動的にこう言った事件を起こす。そういう現在の社会を通してみれば、百合のような重たい心を抱えながら暮らしている方がいるということは理解しやすい。理解はできても助けることは難しい。作者もむつかしい問題だったのだろう。

この、実に暗いテーマは時代性を抜きにしたら、あまり面白いとは言えない。
異常に醜悪な、それも家族に対して、救いようの無いほどの悪口暴言が吐き出されている日記を読んで、ただ、励まし。理解している振りをしている。情けない母親も書き足りない。母親が鬱なら、父親はどうなのかと考えてしまう。
子供に対する愛情はどう現していいのか解らないことが多い。子供はかわいい。でも子供は子どもの世界を生きている。それをどれだけ理解できるだろうか。それでも気づかないはずはない
子供は成長とともに、親との関係が変化していくことがわかってくる。親には親の生活があり、子供は新しい社会の中で生きていくことを学んで行く。
それが家庭や心の中に溜めこんで、適応できない繭を作った中にこもってしまうと、弱い羽は伸びることが出来ない。
解ることや理解するために、親は時には自分を捨てなくてはならないこともある。教育は自己の確立、自立という。
子供がいつまでも親に手助けされるを辱(親不孝)とする。家族はどこまでも、できるならば血族という暖かい本能を分かちあっていくのがいい。
智恵と言うのはいつ成熟するのだろう。試練を経て学ぶよりないのだろうか、どんな厳しい試練でも。
暖かい家族がいながらでも、人間ってなんて厄介なものだろう。小説は極端であってもいい、稀な出来事で成り立っているが、やはり現実を離れてはいけない。
百合の犯罪の根が見えると、家族は何か安堵した風になる。こんな深い傷を受けた家族はどう再生していくのだろう。そこが軽い。
百合の無残な日常を知りながらなすすべもなく放置し、妹たちは気がつかない。そんな家族が、大き過ぎる罪を背負った百合を見たあと、残った家族は団結し理解しただけで、形ある日常、自分を取り返すことが出来るのだろうか。出来るわけがないと思うが、なにか明るいのも不思議だ。

作風と言いながら、余りに醜悪な百合の内面と、それを許すような終焉。終結は少し理解するのが辛い。

百合の内面とのギャップが興味深く、印象的な作品だと思えるかもしれないが、もう少し厚みと登場人物に対する愛情を期待したい作品だった。





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