★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ウィルヘルム・ケンプのバッハ名演集

2022-06-13 09:34:02 | 器楽曲(ピアノ)


バッハ(ケンプ編):半音階的幻想曲とフーガ BWM.903
          コラール前奏曲:来たれ異教徒の救い主よ
                    ~18のコラール集 BWM.659より
          コラール:主よ、人の望みの喜びよ
                    ~教会カンタータ第147番より
          コラール前奏曲:わが心からの望み BWM.727
                    もろ人声あげ BWM.751
                    喜べ、愛する信者よ BMW.734a
          シチリアーノ:フルート・ソナタ第2番 BWV.1031
          コラール:目をさませと呼ぶ声が聞こえ
                    ~教会カンタータ第140番より
  
ピアノ:ウィルヘルム・ケンプ

録音:1953年3月

発売:1976年

LP:キングレコード SOL 5030

 ウィルヘルム・ケンプ(1895年―1991年)は、ドイツの伝統的ピアニストの最後の巨匠と呼ぶに相応しい存在であった。そのピアノ演奏は、誠実さに溢れたものであり、決して表面的な演奏に終わらず、作曲家が楽譜と格闘しながら書き綴った音符達の隠された深い思索を、ピアノの鍵盤を通してリスナーに伝えてくれる数少ないピアニストの一人であった。その演奏を聴くと、あたかも聖職者が敬虔な祈りを捧げているようにも感じられるほどだ。ケンプの弾くベートーヴェン、シューベルトそしてバッハは、その精神的な高みから見て、現在、ケンプに匹敵するピアニストは、現れていないとさえ思われるほどである。ケンプは日本を愛していた。これは生涯に10回も来日していることから分る。日本の聴衆も、その誠実な人柄からケンプが大好きであった。昔、私もケンプの実演を聴いたことがあるが、演奏が終わって聴衆がホールから出て家路に戻る時の満足し切った雰囲気を肌で感じとることができた。そんなコンサートにはなかなか出会えないものだ。また、来日コンサートを収録したベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会がテレビで連続放映されたことがあるが、その演奏は深い精神性に満ち溢れたものであり、テレビを通してさえ深い感銘を受けたことを、つい昨日のことのように思い出す。現在、ベートーヴェンのピアノソナタ全曲を演奏するピアニストは数多くいるが、果たしてうちの何人が聴衆に深い感銘を与えられるのであろうか。このLPレコードは、そんなケンプが自ら編曲したバッハの作品を録音したものだ。その演奏内容は、バッハの音楽が現代の我々に直接語りかけてくるようにも思えるほどの名演奏となっている。ケンプのピアノ演奏が、バッハを現代に蘇らせたと言っても過言ではない。ケンプは、ドイツ・ブランデンブルク州の出身。ベルリン音楽大学で作曲とピアノを学ぶ。当初はオペラ作曲家として知られており、ピアノは副業であったようである。しかし、1930年代のベートーヴェンのピアノソナタ全曲録音以降、徐々にドイツ音楽の権威ある伝統的なピアニストとしての名声を得るようになる。得意のレパートリーは、バッハからブラームスに至るドイツ古典派、ロマン派の作品であった。1954年には広島平和記念聖堂でのオルガン除幕式において演奏を行い、被爆者のために売り上げを全額寄付するなど、平和愛好家として知られていた。このLPレコードに収められたバッハの作品は全てケンプによるピアノ編曲版で、敬虔の祈りのような演奏を聴くことが出来る。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団のショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

2022-06-09 09:47:57 | 交響曲


ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

指揮:キリル・コンドラシン

管弦楽:モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1964年、ソヴィエト連邦、モスクワ、コンセルヴァトワール大ホール

LP:ビクター音楽産業 VIC‐5168

 旧ソ連の大作曲家ショスタコーヴィチ(1906年―1975年)は、生涯で15曲の交響曲を作曲した。この第5番は「革命」の名で親しまれており、現在でもコンサートにおける人気作品の一つに挙げられる。ショスタコーヴィチは幼少から才能を開花させた人だったらしく、恩師のグラズーノフから「我らがモーツァルト」という名称を付けられていたことからも分かる通り、若い頃からその才気を存分に発揮させていたことを窺わせる。そのまま有り余る才能を、何の抵抗もなしに発揮し続けていれば、現在の我々は、今あるショスタコーヴィチの作品群とは大分異なる別の作品群を聴いていたことであろう。つまり、ショスタコーヴィチは、ことあるごとに、時の共産党政権から「作品内容が社会主義リアリズム路線に沿っていない」と批判を浴び続けていたのだ。その批判に応えて作曲したのがこの「革命」交響曲だ。もっとも「革命」という副題は、日本で付けられたものであり、ショスタコーヴィチが付けたものではない。このため現在では「革命」という副題は使われないケースが多い。全4楽章を通して、“人生の苦悩を克服して歓喜を得る”といった曲想が、ベートーヴェンの「運命」交響曲にも似て、分りやすく表現されており、聴くものを感動させずにおかない。ただ、この交響曲の最後でショスタコーヴィチは、時の旧ソ連政府へ対するある隠された抵抗精神をさりげなく挿入していると指摘する向きもある。このLPレコードでは旧ソ連の名指揮者であったキリル・コンドラシン(1914年―1981年)が指揮している。キリル・コンドラシンは、モスクワで生まれる。1943年ボリショイ劇場常任指揮者、1960年モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任。1967年にはモスクワ・フィルとともに初来日し、マーラーの交響曲第9番を日本初演している。モスクワ・フィル在任中には、ショスタコーヴィチの交響曲第4番、交響曲第13番を初演している。また、モスクワ・フィルを指揮して、世界で初めてショスタコーヴィチの交響曲全集を録音を完成させた。1978年、オランダへ渡り、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団常任客演指揮者に就任。このLPレコードにおいてキリル・コンドラシンの指揮は、いたずらに感情的に走らず、曲の持つスケールの大きな音楽空間を巧みに描き切っており、心底からこの曲の真髄に触れることができる名指揮ぶりを聴かせてくれている。第4楽章の最後のティンパニーの深みのある響きなどは、LPレコード以外では絶対聴くことはできない。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ポール・パレー指揮デトロイト交響楽団のラヴェル:クープランの墓/道化師の朝の歌/亡き王女のためのパヴァーヌ/マ・メール・ロア

2022-06-06 09:49:47 | 管弦楽曲


ラヴェル:クープランの墓(プレリュード/フォラーヌ/メヌエット/リゴードン)
     道化師の朝の歌
     亡き王女のためのパヴァーヌ
     マ・メール・ロア(眠りの森の美女のパヴァーヌ/一寸法師/
              パゴダの女王レドロネット/
              美女と野獣の対話/妖精の園)

指揮:ポール・パレー

管弦楽:デトロイト交響楽団

発売:1979年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐76

 このLPレコードは、「在りし日の名指揮者ポール・パレー&デトロイト交響楽団による名演」「原曲が全てピアノ曲の管弦楽曲版」「マーキュリーによる優れた録音技術」―の3点を特徴に持つ録音。ポール・パレー(1886年―1979年)は、フランス・ノルマンディーの出身の作曲家兼指揮者。パリ音楽院で学び、1911年には自作のカンタータで「ローマ大賞」を受賞したというから作曲家としても一流の腕を持っていたことになる。第二次世界大戦後は、コンセール・ラムルー、コンセール・コロンヌやモンテカルロ・フィルなどを指揮すると同時に、自作のバレエ音楽「不安なアルテミス」、ルーアン大聖堂によって委嘱された作品「ジャンヌ・ダルク帰天500周年記念のミサ曲」、交響曲第1番、交響曲第2番をそれぞれ作曲。これらはコンセール・コロンヌ管弦楽団によって初演されたというから、当時作曲家として評価の方が高かったようだ。1939年米国デビューを果たした後、1952年にデトロイト交響楽団の音楽監督に就任。1963年に退任するまでの11年間で同楽団を世界有数のオーケストラに育て上げたことで知られる。その間、数々の録音も遺した。指揮者としてモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮(1928年―1933年)、コンセール・コロンヌ音楽監督(1932年―1956年)、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督(1949年―1951年)、そしてデトロイト交響楽団音楽監督・首席指揮者(1951年―1962年)を歴任。このLPレコードは、手塩に掛けたデトロイト交響楽団を率いて、お得意のフランスものであるラヴェルの作品を指揮している。ここでは、ポール・パレーの実に優美で繊細な優れた指揮ぶりを堪能することができると同時に、フランス音楽の真髄にも触れることができる。このLPレコードに収められている4曲はいずれも原曲はピアノ曲であるが、「なき王女のためのパヴァーヌ」などは、ピアノ曲よりはこの管弦楽曲の方が広く知られている。この曲をポール・パレーは実に雰囲気たっぷりと優雅に指揮する。一方、「クープランの墓」は管弦楽で聴くよりも、ピアノ曲で聴く方が何となくしっくりとするように私には感じる。「マ・メール・ロア」については、管弦楽曲版によってこの曲の新しい側面が見えてくるようでもあり、楽しめる。そして、これらの演奏を支えるマーキュリーの録音の音質が、LPレコードを聴く上で最高の環境を提供してくれていることが、何よりも嬉しいことだ。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ゲヴァントハウス弦楽四重奏団のハイドン:「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」op.51(弦楽四重奏曲版)

2022-06-02 09:46:10 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)


ハイドン:「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」op.51(弦楽四重奏曲版) 

        序奏

        ソナタⅠ 「父よ、彼らをお許しください。なぜなら彼らは      
             何をしているかを自分でも分かっていないからで
             す」
                (ルカの福音書23章34節)
        ソナタⅡ 「アーメン、私はあなたに言う。今日、あなた
             は、私とともに天国にいるであろう」
                (ルカの福音書23章43節)  
        ソナタⅢ 「女よ、これがあなたの子です。弟子よ、これが
             あなたの母です」
                 (ヨハネの福音書19章26節-27節) 
        ソナタⅣ 「わが神よ、わが神よ、何ゆえ私を見捨て給うた
             のか」
                (マルコの福音書15章34節) 
        ソナタⅤ 「私は渇いている」
                (ヨハネの福音書19章28節)
        ソナタⅥ 「これで終わった」
                (ヨハネの福音書19章30節) 
        ソナタⅦ 「父よ、御手に私の霊をゆだねます」
                (ルカの福音書23章46節) 
          
        地震      

弦楽四重奏:ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

           第1ヴァイオリン:カール・ズスケ
           第2ヴァイオリン:ギョルギオ・クレーナー 
           ヴィオラ:ディートマー・ハルマン
           チェロ:ユルンヤーコブ・ティム

録音:1980年1月30日~2月1日、11月14日~16日、ドレスデン・ルカ教会

LP:徳間音楽工業(ドイツシャルプラッテンレコード) ET‐5133

 ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の原曲は、1785年に作曲された管弦楽曲版であるが、1787年にハイドン自ら弦楽四重奏曲用に編曲して、これが当時大ヒットしたらしい。管弦楽曲であるとそうしょっちゅう演奏できるものではないが、弦楽四重奏曲なら手軽にどこでも演奏できるからだろう。当時はCDもないしFM放送もインターネットもない時代だったので、弦楽四重奏版は信仰心の厚い人々にとってはこの上ない演奏形式であったに違いない。ちなみに、この管弦楽曲版と弦楽四重奏曲版のほかに、出版社が用意したチェンバロ用あるいは初期のピアノ用の編曲もハイドンが監修したという。このほか合唱用のカンタータ版もあるというから、当時のこの曲に対する人気のほどがうかがえる。そもそもハイドンがこの曲を作曲したきっかけは、教会の祈祷会において、キリストの最後の七つの言葉が説教される際に奏でられる音楽を、教会からの依頼があってのことである。この教会とは、カディスのサント・ロザリオ教区教会のことで、毎年四旬節の間に信者たちが集まり、キリストの受難とその最後の言葉を黙想する音楽付きの祈祷会が行われていた。礼拝式の後、司祭は十字架上におけるキリストの最後の七つの言葉の一つを唱え、それに基づく説教を行う。そして司祭は祭壇の前でぬかずき、信者と共にキリストの受難について黙想する。その時の音楽をハイドンが受け作曲したというわけである。「序奏」と最後の「地震」を挟み、キリストの最後の七つの言葉を一曲一曲ごとに噛み砕いたような形式で進行する。最後の曲の「地震」とは、マグダラのマリアがキリストの墓にやってきたとき大地震が起こり、墓を封印した石がわきにころがり、天使がその上にすわった。つまり、この「地震」とは、キリストは墓から出て復活した故事に基づく描写的な音楽なのである。このようなことから、この曲は通常の弦楽四重奏の曲の構成とは全く異なったものとなる。ここではそんな宗教曲を、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーがその構成員となっているゲヴァントハウス弦楽四重奏団が、実に丁寧にしっとりと弾いている。このLPレコードが録音された時の第1ヴァイオリンは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターであった、あの有名なカール・ズスケ(1934年生まれ)である。例え、キリスト教信者でなくても、聴き終わった後は、何か清々しい気分に浸ることができる格調高い演奏内容に仕上がっている。(LPC)

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