ショパン:ワルツ集(全14曲)
第5番「大ワルツ」/第7番/第8番/第1番「華麗な大ワルツ」/
第9番「別れのワルツ」/第4番「華麗なワルツ」/第13番/第3番/
第14番/第10番/第11番/第12番/ 第6番「子犬のワルツ」/
第2番「華麗なワルツ」
ピアノ:ヴラド・ペルルミュテル
録音:1962年10月、ジュネーヴ
LP:日本コロムビア OW‐7874‐PK
このLPレコードでピアノを弾いているフランス出身のヴラド・ペルルミュテル(1904年―2002年)は、若い頃にラヴェルに直接師事したこともあることから、“ラヴェル弾き”といった評価をされるケースが多かった。このことは、1950年代(モノラル)と1970年代(ステレオ)の2度にわたり、ラヴェルの全ピアノ曲をレコーディングしていることからも裏付けられる。同時に、アルフレッド・コルトーからショパンの教えを受け、“ショパン弾き”とも呼ばれていた。しかし、ペルルミュテルは、日本において、必ずしも“ショパン弾き”として正統な評価を受けていたとは言えなかった。その原因は、当時の日本では、“ショパン弾き”と言えば、コルトーを筆頭に、ディヌ・リパッティ、サンソン・フランソワ、クララ・ハスキルなどのピアニストの知名度が高く、ペルルミュテルの名前が知られていなかったことが挙げられる。今もそうだが、わが国のクラシック音楽界は、ドイツ・オーストリア系の音楽が主流であり、フランス系音楽は、あまり正統な評価がされないことに起因するのであって、演奏そのものを比較して評価が下されたものではない。フランス人のコルトーは、ペルルミュテルのことを「彼は単なるピアニストではなく、偉大な芸術家だ」と称えたことからも分るとおり、ペルルミュテルは、名ピアニストというだけの位置づけだけでなく、フランス・ピアノ楽派の最も正統な継承者として評されていたのである。それは、1950年にローザンヌ音楽院のピアノ科教授、1951年にパリ音楽院の教授になったことからも裏付けられる。このLPレコードでのペルルミュテルの演奏は、ショパンの演奏の本道を行くもので、気品があり、優雅な雰囲気を漂わせたものだ。単なる情緒纏綿たる演奏とは程遠い、きっちりとした形式美に貫かれた演奏であり、「本来ショパンの演奏はこうあらねばならない」という思いに至る。世の中には手を入れ過ぎたショパン演奏があまりにも多すぎる。ペルルミュテルの演奏を一度は聴かないと、ショパンの真価は到底分らない。今、ペルルミュテルのこのLPレコードを聴き直してみて、つくづくと感じた。ペルルミュテルは、13歳でパリ音楽院に入学し、アルフレッド・コルトーに師事。ディエメ賞などを受賞。1966年に初来日し、以後、数回にわたって来日を果たした。(LPC)