★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇リリー・クラウスのモーツァルト:幻想曲K.475/ピアノソナタ第14番/第6番

2020-11-02 09:33:32 | 器楽曲(ピアノ)

モーツァルト:幻想曲K.475
       ピアノソナタ第14番
       ピアノソナタ第6番

ピアノ:リリー・クラウス

LP:東芝EMI EAC‐30130

 このリリー・クラウス(1903年―1986年)によるモーツァルトのピアノ・ソナタ全集が録音された経緯には、次のようなドラマが隠されている。リリー・クラウスは、ブタペストで生まれた。8歳でブタペスト王立音楽院に入学の後、17歳で卒業し、ウィーン音楽院のマスタークラスに進み、卒業と同時に若くして、同校の教授に迎えられたというから、順風満帆の音楽家人生のスタートを切ったようだ。ヨーロッパ全域で演奏活動を繰り広げ、既にモーツァルト弾きとしての第一人者に数えられるほどになっていた。20代の後半からは、ヴァイオリンの名手のシモン・ゴールドベルクと組んで、モーツァルトとベートーヴェンのヴァイオリンソナタ連続演奏会を開催することになるが、これが大好評を得て、1936年には来日も果たしている。第二次世界大戦中も二人で世界演奏旅行を行っていたが、そんな中、1942年、たまたまジャワ島にいたいた時に、旧日本軍の進攻とぶつかり、捕虜として日本軍の収容所で3年間を過ごさざるを得なくなってしまう。そして、9年ぶりに帰ったヨーロッパでリリー・クラウスは、今までにも増して大歓迎を受けることなる。そんな時に企画されたのが、このLPレコードなのである。当時、リリー・クラウス48歳とピアニストとして円熟の境地にあった時の録音である。その後、リリー・クラウスは60歳の時に再録音をしたが、演奏の輝かしさでは、この最初の録音に軍配が上がるというのが大方の見方である。早速このLPレコードの針を下して聴いてみよう。幻想曲K.475である。リリー・クラウスのピアノは、ゆっくりとしたテンポで始まる。重々しく、同時に優雅さも損なわずに弾き進む。その響きは何か独白のようでもあり、内省的な美しさに満ち溢れた演奏である。次の曲は ピアノソナタ第14番。このピアノソナタは、17曲あるモーツァルトのピアノソナタの中で、第8番とともに短調の作品である。それだけに曲全体に緊張感が漂い、リリー・クラウスの演奏も、幻想曲K.475にも増して激しい闘争心のような力強さが加わる。しかし、その合間に時折訪れる静寂の世界の表現は、リリー・クラウスでしか表現できない透明感溢れるもので、モーツァルトの哀しみの心を映し出す。そして最後のピアノソナタ第6番。ここでのモーツァルトは天真爛漫そのものであり、リスナーもその幸福感溢れる世界を存分に堪能できる。ここでのリリー・クラウスの躍動感溢れる演奏は、正に天国的といっていいもの。あたかも天使の翼に乗って天空を舞うようでもあり、軽快なテンポがいつまでも耳に残る。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする