★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ヨーゼフ・シゲティとアンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団のベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

2020-08-20 09:39:42 | 協奏曲(ヴァイオリン)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

ヴァイオリン:ヨーゼフ・シゲティ

指揮:アンタル・ドラティ

管弦楽:ロンドン交響楽団

録音:1961年6月、ワトフォード

発売:1975年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PC‐1304(SR‐90358)

 ベートーヴェンは、9曲のヴァイオリンソナタを書き終えた後、1806年にこの唯一のヴァイオリン協奏曲を書いた。ベートーヴェンのヴァイオリンと管弦楽のための作品は、このほか2曲の小品「ロマンス」と途中で未完に終わった協奏曲があるだけだ。ピアノ協奏曲ならともかく、ヴァイオリン協奏曲ともなると、オーケストラの中でヴァイオリン独奏を際立たせるのは、ベートーヴェンといえどもよう容易なことではなかったことを窺わせる。1曲に集中した分、完成したヴァイオリン協奏曲は、その内容の充実度は高く、メンデルスゾーン、およびブラームスの作品とともに“三大ヴァイオリン協奏曲”とも称されている古今のヴァイオリン協奏曲の傑作が完成した。 この作品は、実に伸びやかで、詩情豊かな色合いが濃く、他のベートーヴェンの作品のような闘争心は剥き出しにはなっていない。しかし、ベートーヴェンの中期を代表する傑作であることには間違いない。このレコードでヴァイオリン独奏をしているのは、ハンガリー出身の大ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティ(1892年ー1973年)である。シゲティは、ヴァイオリンは父親から手ほどきを受けたようで、後にブダペスト音楽院の名ヴァイオリニストのフーバイに師事。13歳でベルリンとドレスデンでデビューを果たす。レパートリーは古典から現代音楽まで幅広いが、表面的な技巧の曲には手を出さなかったという。イザイエ、ブロッホ、バルトーク、プロコフィエフ、などの大作曲家がシゲティのために曲を献呈していることから、当時、如何に評価が高かったヴァイオリニストであったかが分かる。曲の本質にぐいぐいと迫る演奏内容が特徴だ。そのため、美音とか優美さをそのヴァイオリン演奏から求めることはできない。あくまでその曲の骨格を丸裸にするような演奏で、ちょっと聴くと武骨な感じさえする。これは、当時、芸術全般に流行した新則物主義の影響を受けたからではなかろうか。1931年に初来日を果たし、その翌年にも日本に来ている。1960年からは、スイスに居を移し、海野義雄、潮田益子、前橋汀子らを教え、1973年ルツェルンで死去した。このレコードでのシゲティの演奏は、アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団が、雄大な雰囲気の伴奏を奏でていても、それには一切お構いなしに、自己の特徴とする曲の本質へ切り込むような鋭さを武器に、一心にぐいぐいと突き進む。そこには、普段、我々リスナーが聴き馴染んでいるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の世界とは異なる、別次元の世界が広がる。これはもう、シゲティが没入した世界に、リスナーが迷い込むような状態に立ち至る。そこには、一切表面的な音楽表現は拒否し、求心的な音楽のみがある、シゲティではなくては到底演奏不可能な世界が果てしなく広がる。(LPC)

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