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★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ベイヌムのブラームス:交響曲第1番/大学祝典序曲

2022-03-10 09:41:33 | 交響曲(ブラームス)


ブラームス:交響曲第1番
      大学祝典序曲

指揮:エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム

管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

録音:1952年12月

発売:1978年

LP:キングレコード MX 9072

 このLPレコードは、”ロンドン永遠の名盤シリーズ”と銘打たれた中の1枚である。その名の通り、このブラームス:交響曲第1番の演奏は、永遠に残されるべき名演中の名演なのである。私は、数あるブラームス:交響曲第1番の録音の中でも、このベイヌム盤をそのトップに挙げたい。演奏しているエドゥアルド・ヴァン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は、LPレコード全盛時代のスター的存在であり、中でもこのブラームスの交響曲第1番は、極め付きの名演として、当時のクラシック音楽リスナーの多くが賛辞を送ったものである。ベイヌムは後年フィリップスにも録音を残しているが、このロンドンに残した録音は、音はあまり芳しいとは言えないが、ベイヌムの真価が記録されていることから、LPレコード時代には多くのファンから支持されていた。このベイヌムのブラームス:交響曲第1番を聴くと、その力強く、実に堂々とした指揮ぶりにいつも圧倒される。特に求心力の強いその指揮ぶりが印象的だ。圧倒的な迫力を持つ演奏であると同時に、細部にわたり気の行き届いた表現力も素晴らしい。そして全体にどことなく気品が漂った演奏なのである。ベイヌムは、他の指揮者には求められない、何かを秘めていた名指揮者であった。これは、小手先の演奏でなく、ブラームスへの心からの共感から生み出されたものであろう。エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム (1901年―1959年) はオランダ出身の指揮者。アムステルダム音楽院で、ピアノ、ヴィオラ、作曲を学ぶ。1920年にピアニストとしてデビューしたが、まもなく指揮者に転向し、1927年にプロの指揮者としてデビュー。1938年からは、メンゲルベルク(1871年―1951年)とともにアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者として活躍した。第二次世界大戦後の1946年、メンベルベルグがナチに協力したという理由で追放されたため、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の音楽監督兼終身指揮者に就任し、聴衆から圧倒的支持を受けた。その後、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者に就任(1949年~1951年)、さらに、1956年ロサンジェルス・フィルハーモニックの終身指揮者としても迎えられた。しかし、1959年の4月13日に、アムステルダムでブラームスの交響曲第1番のリハーサルを行っていた最中に心臓発作で倒れ、そのまま死去した。まだ、58歳であり、当時、世界の多くのファンを悲しませた。ブルックナーの演奏で知られたほか、バッハからドビュッシーに至るまで幅広いレパートリーを誇っていた。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇フルトヴェングラー指揮ロンドン・フィルのブラームス:交響曲第2番

2021-06-28 09:43:58 | 交響曲(ブラームス)


ブラームス:交響曲第2番

指揮:ウィルヘルム・フルトヴェングラー

管弦楽:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1964年

LP:キングレコード MR 5034

 フルトヴェングラー(1886年―1970年)は、ブラームス:交響曲第2番について、3種類のレコードを遺している。それらは、①ウィーン・フィル盤(1945年1月28日)②ロンドン・フィル盤(1948年3月22~25日)③ベルリン・フィル盤(1952年5月7日)であり、今回のLPレコードは、②である。このLPレコードの最大の特徴は、ロンドン・フィルを指揮したという点であろう。フルトヴェングラーがロンドン・フィルを指揮して遺したLPレコードは、あまり記憶にない。この3種類の録音で、一番の出来が良いのは③であり、その次が①で、残念ながら②は、最後に位置づけられる。しかし、そうは言ってもフルトヴェングラーらしい奥深い解釈や、徐々に曲を盛り上げていく力強さなどは、到底他の指揮者の比ではないのだが、今一つ音も冴えず、一押しとまでは言いかねる録音ではある。ブラームスの交響曲第1番を「運命交響曲」とするならば、この第2番は差し詰め「田園交響曲」といったところ。全体に和やかで、平和な気分が横溢した曲であり、人気も高い。ブラームスは、1876年に完成した交響曲第1番の成功に気を良くして、翌年、たったの4か月という短期間で完成させたのが、この交響曲第2番である。交響曲第1番を北ドイツ的とするなら、この交響曲第2番は、オーストリア的な豊饒さが特徴であり、全体を通して、柔和で伸び伸びとした印象を持った曲だ。完成の年(1877年)の12月30日、ハンス・リヒター指揮ウイーン・フィルによって初演された。このLPレコードで演奏しているフルトヴェングラーは、1922年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団およびベルリン・フィルの常任指揮者、1927年にウィーン・フィルの常任指揮者に就任し頂点を極めたが、第二次世界大戦後は、戦時中のナチ協力を疑われ、演奏禁止処分を受ける。しかし、1947年 「非ナチ化」裁判の無罪判決を受け、音楽界に復帰し、最後はベルリン・フィルの終身指揮者に就任する。改めて、フルトヴェングラーがロンドン・フィルを指揮したブラームス:交響曲第2番のこのLPレコードを聴いてみると、実に細部まで神経が行き渡っている演奏に感心させられる。逆に言うとその分、メリハリが薄くなったことは否めないかもしれないが、この交響曲の特質上、致命的欠陥とはなってないのも事実。むしろ、いつものフルトヴェングラー節より、多少リラックスした、このLPレコードでのフルトヴェングラーの指揮ぶりの方が気楽に聴けていいのかもしれない。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇カラヤン指揮ウィーン・フィルのブラームス:交響曲第3番/ 悲劇的序曲

2021-02-15 12:21:28 | 交響曲(ブラームス)

ブラームス:交響曲第3番
      悲劇的序曲

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1977年

LP:キングレコード GT 9129

 ブラームスは、1877年に第2交響曲を作曲した後、その翌年からヴァイオリン協奏曲、大学祝典序曲、悲劇的序曲、ピアノ協奏曲第2番といった協奏曲、管弦楽作品を書き上げる。そして第2交響曲から6年後の1883年に、温泉地として知られるヴィースバーデンに滞在し、第3交響曲を作曲した。ブラームスの交響曲の中では演奏時間が最も短いものの、ロマン的な叙情に加えて、憂愁の要素をも加わわった優れた作品に仕上がった。初演で指揮をしたハンス・リヒターは「この曲は、ブラームスの“英雄”だ」と言ったと伝えられており、このことから、この曲は現在まで「英雄」の愛称で親しまれている。しかし、ベートーヴェンの「英雄」のように、ナポレオンをイメージさせるような闘争性をブラームス:交響曲第3番に求めるのは少々無理があろう。より抒情味やロマンが多分に加味された交響曲だと言える。このLPレコードのもう一つの曲目は、同じくブラームスの悲劇的序曲である。この曲は、1880年に大学祝典序曲と一対になって作曲された作品。大学祝典序曲は、若々しくユーモアに満ちた曲想を持つのに対し、この悲劇的序曲は、曲名の通り悲劇的要素が目いっぱい盛り込まれているのが特徴だ。これはどの題材から取ってきたのかは不明だが、多分ブラームスが日頃から関心を寄せていたギリシャ悲劇ではなかろうかと言われている。「この曲を聴くと我々は鋼鉄のように仮借のない運命と闘争する偉大な英雄を思い浮かべる」(ディータース)とも表現されているとおり、交響曲第3番より、この悲劇的序曲の方が「英雄」の名に相応しいとも感じられるほど、力強く雄大な曲である。このLPレコードでこれら2曲を演奏しているのが、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルである。7度目のカラヤンの来日を記念して発売された全部で20枚のLPレコードの中の1枚で、全て同じコンビで録音されている。このLPレコードでのカラヤンの指揮は、手兵ベルリン・フィルを指揮した時とは大きく異なり、何かウィーン・フィルに対し遠慮がちに指揮しているといった内容なのが耳につく。カラヤン独特の雄大に曲を盛り上げるところは同じなのだが、完全にオケをリードして、自分のペースに持って行けるまでには至っていないように聴こえる。このため、このLPレコードでリスナーは、少々燃焼不足に陥るかもしれない。ただ、ブラームス:交響曲第3番の第4楽章や悲劇的序曲の前半部分の力強い表現力などは、カラヤン指揮ウィーン・フィルならではの迫力があり、聴き応え充分である。(LPC)