
誰も世話をしない社内にあるレンタル観葉植物を見て植物虐待と感じた友達がいた。写真は府中のケヤキ並木にある大きなケヤキの中の1本。この木を見た時、それに近いものをふと感じた。しかしこの木、巨木ではあるがまだこんな姿になるのはちょっと早いって感じだ。
街路樹や鎮守の森が無いような街は殺伐としてとても住む気になれないが、こうやって街の中に木が何本も残っているのは良い。建物は増えたけど思った以上にこの街には木が沢山あった。
大きな木があると癒されるから何とかして木が枯れたり折れたりしないようにしてるわけだけど、木にとって今の環境は厳しい。近くにはずっと日が当らないんじゃないかという感じがする高層住宅の間に植えられた木もある。大きな道路の畳半畳の場所に植えられた木なんか気の毒だ。
この写真の木が生まれたのは恐らく江戸時代。その頃はこの佐久と同じくらいかそれ以上に木や草が生えていたんだろう。木は何も考えたりしないだろうけど見る方は勝手に想像したり感じたりする。これき杖をついた老人にも見えるけど、病院の点滴チューブだらけの寝たきり老人とも重なる。この木は早く楽にしてくれと思ってるだろうか。それとももう一度復活を夢見てるだろうか。
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