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今週の一番:12月第1週:アスクレピオス 第10話 ありがとな

2008年12月11日 | マンガ
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10389.html#564

 
LD >> 「アクスピレオス」はよかったです。このエピで人気が出るかどうかは分かりませんが、ここを描ければ一山越える事はできたでしょう。
LD >> ここを焦点に積み上げては……いたのかな?ある程度上手く行っていると思うんですけど……なんだろ?あんまり厳しい事は言いたくないんですけど…(考)>「アクスピレオス」
kichi >> 結構早い段階で死なせてしまうエピソードきましたねぇ。良かったです。……しかし今後どうするのかはやはり難しそうだなぁ……>「アスクレピオス」
カルマ >> ここで死ぬのは正しいですけど・・・うーん、そんなに必要なキャラだとは思ってないので、死ぬことによる喪失感が希薄かなと>アスクレ
LD >> そう。必要なキャラ度に、未熟(熟していない)がありますよね。>パレ そして3人のキャラ相関の絡みもそんなにキレイではなかった。>「アクスピレオス」
LD >> 何より、三橋とロザリーの絡みがそんなに上手くない…。いや、今回、いい感じにネームを組んでいるので、変に無粋な事も言いたくはないんですけど、やはり消化しきれてない面が見えてしまう。
kichi >> たしかに、こういうキャラの殺し方としてはもっと長く描いて成長が見えたところで殺す方が良かったはずですからね……。この段階で殺すならもっと頼りになるニイチャンの方が良かったんですよね……。
LD >> そうですねえ~。パレ単体として見た場合、頼りにならないお調子者に見えた男が最後にがんばって、カッコつけて死ぬってのはキレイな形ではあると思うんですが。単体ならタイミングも悪くないですし。…でも、3人1グループとして観た場合、何か3人とも頼りないんですよね(汗)…頼りないお調子者を死なせて、より泣かせようと思ったら、最低でもこのグループに一人は頼りがいのあるキャラを置かないと対比が利かないんですよね。
LD >> 「惑星のさみだれ」では頼りがいのある東雲さんが、あっさり退場するドラマをやっていましたね。あの組み上げは上手いと思います。
kichi >> もっと頼りになるキャラだったら残った二人の成長のキッカケとしても自然なんですけど……、実際はちょっとそういう感じも弱いんですよね……。
kichi >> あ、私もさみだれ連想してましたw

残念の演出(WF分類編)

この回、「一番」をとっている「アスクレピオス」の旅の道連れパレが死ぬ話ですが、この一回、一話としてのネームはけっこういい形に組み上がっていると思います。内水先生は以前の読切り「フォレスト」でも主人公を死なせて泣かせる話を組んでいますし、そこら辺を武器にしている作家さんですね。お約束の走馬燈とかけっこう胸に来ますし…また、旅をして医術で人を救けるというこの物語で「誰を死なせてしまうか?」はかなり重要なターン・ポイントになると観ていましたが、それを“このタイミング”でパレの「突然死」~特にパレには死亡フラグとか立っていなかったので~というチョイスもよかったと思う。
……でも、な~ぁんか積み上げが足りなくもあります(汗)まず理由の一つは、パレは“おみそ臭”がかなり強くって旅の道連れという感覚をあまり持てなかった事。またジャンプ10週目の山場として位置づけていたシーンなら、もう少し「残念の演出」が積めたんじゃないかという気がするんですよね。…余計なお世話なんですが(汗)今回、ちょっとそこら辺の話がしたいです。

【残念の演出 マクロスF 第20話 ダイアモンド・クレバス】http://www.tsphinx.net/manken/hyen/hyen0259.html

先ほど述べたようにパレはアスクレピオスの旅について来てはいるんですが、どうもあまり仲間という感覚が持てなかったです。これは僕だけの感覚かもしれませんが、しかし、どうみてもパレは物語のコア・ユニットを組むには「華」がない…人気の出るキャラではないという見解に異を唱える人は、多くないでしょう。…で、それって元々、パレを“パージできる位置”に意図して置いていた(すぐにパージするから)という設計上の話なのかもしれないんですが、しかし、少年ジャンプのスタートダッシュにおいて、そういう「ど~でもいい人が死んでもあんまし心が痛まない…なんでだろう?の力学」を利用した読者のショック緩和を施すのはちょっと腑に落ちない…ってかそうだとしたら緩い。

長々書いてきましたが、要するにバズ~ロザリィ~パレの三人が主人公のコア・ユニットとして完成されていれば、かなり「残念の演出」が積めたんじゃないかと思うんですね。

先ほど、パージしやすい位置に置いたのでは?と語ったように、バズ~ロザリィ~パレがコア・ユニットとしては設計されていないと思います。(そもそもの見立て違いという事)…が、そこを圧して彼らを主人公としてのコア・ユニットとして捉えた場合どうなるか?という所を、今、思索中の「WF分類」の角度から分析してみます。

【ユニット考:WF分類】http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/b98c0c3092ace3a13d6926218f57a41e
※WF分類の説明 … LDが勝手に考えている物です。キャラクターのグループ(ユニット)の関係をW(賢者)とF(愚者)で分け、そのユニットの性質を測ろうとしています。W(賢者)、F(愚者)はキャラクターの固有の属性を示すものではなく、あくまで相手との関係を表すものなので、AとBの関係においてAがW(賢者)と評価されても、AとCの関係においてはF(愚者)と評価される場合があります。そうやって“キャラ立ち”ではなく、“グループの立ち”を分析して行きます。

バズ … 主人公。異端の医師であるアスクレピオスの名を受け継いだ少年。非常に臆病。
ロザリィ … アスクレピオスに代々使える家系の少女。一途だが乱暴者。
パレ … 外科医を目指して旅をする男。バズに救けられついてくるようになる。

とりあえずメンバーを並べてみましたが…まあ「アスクレピオス」読んだ人はわかると思いますが、グループとしてはかなり弱いです。いや(汗)繰り返しますが、そもそもグループとしては設計されていないと思いますけどね(汗)…で、これWF分類でいくと「FFF」(上記、リンク参照)ですかねえ…。敢えて言えばロザリィが「W」かもしれませんが…。血命録の作成という目的を持って進む物語に対して、迷走型の「FFF」はちょっと形が悪い。
気弱なパズのキャラクターを、どうにも「F」として置き成長させたいのであれば、それを相殺するくらいロザリィが「W」である事が望ましいのですが、実際にはロザリィの視点もかなり低く、バズとほぼ同格の「F」と「読め」ます。この状況でおミソ(「F」)のパレが加わっても迷走型になるだけなんでしょうね。実際には平均的に役所が割り振られて(パレが徹底的な愚者にならない。これはバランスがあって一概にそうでなければならないという話ではないが)パレのキャラが益々薄くなっているように感じます。
逆に言うとバズとロザリィのユニットの完成度が強烈に高いと、そこにオマケの「F」がつくのは返ってアクセントがつくって事ではあります。メーテル(超W!)と鉄郎(少年的F)と車掌さん(オマケF)…とか?キン肉マン(F)とテリーマン(W)とミートくん(オマケF)とか?いや、元々はミートくんが先で…ってあんまりいい例じゃないかな?(汗)

…で、そうやって組んで形成されたユニットを“欠く”事によって読者に「大きな喪失」を与える事になる。



「一番」の話題で上げている「惑星のさみだれ」の東雲さんが死ぬシーンとかで、やはり、夕日とさみだれというコア・ユニットに対する獣の騎士の最初の加入者が、あっさり死んでしまうという展開で「残念」を組んでいるのですが、ユニット的に言うと夕日(F)、さみだれ(F)で、東雲さんが(W)。ここで「W」が欠ける事による“喪失感”なんですね。…それって「アスクピレオス」で同じ効果を出そうとすると(Wとも思える)ロザリィを死なすという話になるんですけどね(汗)イメージしてみると近い効果出てません?w
ただし、東雲さんはキャラ単体でも主張強く他者に影響を与え続けていたので、ユニットが欠ける事による喪失感は「残念の演出」の主体ではないんですけどね。「残念の演出」って、単純に“良いキャラクター”が死んだら残念だったり、“がんばったのに”負けたら残念とか、いろいろあってそれらが複合的に組まれて行くはずです。

…で、パレも主張強く、カッコよく立ち回れば、そりゃ喪失感は出たんでしょうけど、それは多分、作者の狙いとは外れているとは思います。パレは多分、平凡な人間を刮目する瞬間のようなものを目指して組まれたキャラだとは思います。つまり、普段から主張強くてカッコいいのは狙いに沿わないんでしょうね。…つまらない人生でも死のその瞬間その人の価値が分るというか…えらく演出的にハードルの高い狙いですけどね(汗)ここらへんユニット論を展開するポイントの一つではあるんですけど、単体キャラとして凡でも、ユニットとしての完成度を高める事によって、その凡キャラの喪失感が強調されたりするんじゃないかと。まあ、この思考はここらへんまでなんですが、今回「アスクレピオス」を観て思った事をつらつらと。