out of curiosity

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そんな好奇心から衝動的に作りました。

年初に思うこと

2009年01月16日 00時28分25秒 | job


 新年を迎えたとは言え、年度で言えばまだまだ3学期が始まったばかり。 これからが一年の総仕上げ。 日々の授業に気を抜くわけには行かないのだが、新年度の準備も平行して進めていかなくてはいけない。 

 来年度をどう迎えてゆくのか、例年だと「春休みにゆっくり考えればいいや」で済ませてしまっていたのだが、今年はそうも言っていられない。 頑張り屋の中学2年生が全員3年生に進級しそうだし、2年前から始まったリーディング、及び今年度から始まった多読クラスを経て、力のついた小学生が中学一年生に進級する。 こちらもうれしいことに少なくない人数になりそうなのである。 うれしいというよりは、少し不安を感じるというのが本音だ。 

 細かい文法事項を理解させつつ、長い文章を読みきり理解する力、プラス、リスニングに発話能力。 これだけのことを週に一時間半ないしは2時間のクラスでこなしてゆくのはやはり難しい、と頭を抱えてしまう。 自宅学習でのトレーニングを自主的に行ってくれるよう、モチベーションを上げてゆく働きかけは重要ポイントになる。 けれど、中学生になると部活その他で忙しく、どうも思った以上のことをこなしてくれる生徒は少なくなる感じなんだよなぁ。。。むしろ、小学生の方が親に言われてということも含め、CDやDVDでたくさん英語を聞いている感じ。 中学生だからこそ、それ以上にやってほしいのだけれど。

 生徒層は下は幼稚園生からいるわけで、中学生のことばかりも考えていられないのだが、なんとか中学生で先細りするのではなく、この時期にこそ花開いてゆけるような工夫が必要だ、と本気で考えている。 まだ数名しか中学生を受け持った経験が無いので、私にとっては難題だ。 けれど、なるべくベストを尽くせるよう、慣れてきた幼、小学生のクラス準備などはなるべく手際よく、年度の早い時期に片付けられるよう、計画的に仕事を進めたい。



 先日、現在小学6年の生徒のリーディングブック音読を聞いていた時に、ふと思いだした。 リーディング開始当初は「こんなに長く難しい本が小学生に読めるのだろうか?」と不安だったこと。 今でも家庭での練習具合によって、「ぼちぼち」から「すらすら」まで、生徒の読める実力は様々なのだが、練習さえすれば読めるようになる、ということは良くわかった。 

 話の内容の説明はそれほどしないので、細かい意味まではわかっていないだろうに、読むことは(読めることは)楽しいという様子がうかがえる。 「意味がわからず読むのはおもしろくないだろう」と思っていた私の考えはまったく違っていたようだ。 
 また、音読最中に意味を教えようとすると、「わかっているから止めないで」と言う生徒も多い。 「解っているんだろうか?」と思うのだが、解っているのかもしれない。 「本を読む楽しさをさえぎらないでほしい」ということだけでも充分だと思う。 

 会社のリーディングカリキュラムが開始される以前に自分で揃えたリーディングブックがあるのだが、今その本を見ると文字も大きく、総語数もとても少ない。 それでさえ読んでくれるのか、読めるようになるのか不安だったことも思い出す。 
 単語のいくつかでも読めるようになればいい、と思っていたところから、一文でも読めるようになればいい、一ページでも読めればいい、大きな文字の小さな本が一冊読めればいい。。。と生徒が出来るようになるにつれだんだんと出来ることが当たり前になり、こちらの要求が大きくなり、出来てもあまり驚いたり、喜んだりしなくなっている自分がいたような気がする。

 先の中学生のクラスの件もそうだが、なにもかもいっぺんに焦ってやろうとしてはダメなんだろうと思う。 ひとつひとつ、着実にやってゆかなくては。 そして、いま出来ていることを認め、喜び、次へのステップをしっかり考えて進めてゆかなくては。 

 緊張はしているけれど、楽しみな年でもある。 9年目。 なんか正念場なのかもしれない。