文学作品を読むメリット、意義を知りたい人にはうってつけの本でしょう。
この著者である桑原武夫さんは、他のページで『ルソー』の著者として紹介したことがありました。
それゆえに、この人は社会科学者なのかなと思いきやそうではなく、文学研究者であることを知って驚きました。
※その『ルソー』について書いたページはコチラ!
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興味が出て、この人のことを詳しく書いたウィキペディアをみて、この人の書いた著作の多さに驚きました。 これだけの数の本を出すとは…と驚愕の思いになりました。
これぞ本物の知識人としてあるべき姿勢を体現しているなと思った次第です。
逆に私が属した大学の先生たちで、これほどの数を出している人はいません(苦笑)
私たちの親御さんが、出してきたおかねで研究出来て、そして生活してきたのに、本も1冊も出せないでいるなんて…と思わざるを得ないですね(笑)
まあ、出せない事情は、それぞれあるのかなと思いますし、出すだけで売れなかったら出版社は赤字になってしまいますからむやみに出せるものではないのは明白ですが、しかし…。
話しがちょっとそれてしまいましたね(笑)
このようにたくさんの本を出すことで知織人は、その内実を評価されるわけで、出さないでいるのはやはり不信感が出ますね。
単なる多さだけではなく、その出した内容の良さがなければ、あえてこの人を調べようという気にはなれないのが普通ですね。
そう思わせるに充分な内容の本です、この本は、いやこの本も!
文学を読む効用は、よき人生のための向上…ありきたりですか?(笑)
桑原氏は、マンネリの生活だけでは、人との良好な関係を築くことはできません。
文学作品を読むことで、そこに出てくるキャラクター(登場人物)の精神、行動に感激し、それを真似ようという気概が生まれ、それを実生活において真似ていくことで良き関係を築き上げていくことができる、ということですね。
これは、非常に大事なことですね。
やはり人間1人が得れる知識や知恵などは限られていますから、謙虚にいろんな人からいろんな物事をまなんで行こうという気概を持たなくてはないなという思いがしていたところに、この文章に出会って安どの思いなりました。
単に年齢を重ねることで、それは可能となるのではなく、主体的に自分から学んでいこうという気概がなくてはだめですね。
逆に年齢だけ重ねても一向に向上心のない人からは学ぶものはないですし、付き合う必要性も必然性もないですね。
逆に、年齢を重ねなくても、向上心のある人と一緒にいた方が全然いいです。
やはり、吉川英治氏のいったように「人みなわが師」なのですね。
その文学をえがく際に、だれでもが文学作品をかけるというものではなく、そういう人を感動させるのは、天才性のある人でなければならないと桑原氏は書いています。
人間関係の向上、読んだ人の精神の向上を目指すのが文学の目的であるならば、自分のこれまでの人生や生活を書いただけの私小説には批判的であるのです桑原氏は。
それは私も同感です。
そんな日々の日常を描いただけであるならば、読む意味がないですからね。
大学時代に、この小説は良いよといわれ、読んでみたことがあります、その当時はやっていたベストセラー作家のをです。
それはまさしく私小説でした(笑)。
そこには漫然とした生活がだらだらと書いてあるだけで、何ら得るものがなかったという記憶しかなかったですね。
その私小説作家の本を3冊くらい読みましたが、感想は一緒でした。 ゆえにこの人のを読もうという気概は今もないですね。
その人のファンである人を批判したりはしないですが…。
良き人間の向上、人間性の向上であるならば,科学の本も同様ではないでしょうか?
そこには論文によって直截的な表現で、当為が書かれています。
ゆえに読み手にぐんと迫ってくるものを感じたのです。
私は、小学時代に歴史を学び、そこに登場してくる人物あるいは小説作品に興味をもち、いろんな本を読みました。
しかし、そこで割り切れないものを感じていました。 それは大学に入って科学の本を読むことで氷解しました。
その直截さですね。
小説の場合は、その直截さが欠けているがゆえに、要旨を得るまでに時間がかかるのです。
ゆえに、じれったさをかんじていたのです。
その直截さに惚れた私は、一気に科学に関する本、新書、ハードカバーの単行本を一気に読むようになりました。
このようになってしまった私がはたして小学時代のように文学にのめりこむようになるかは疑問です。
直截さが足りないというのなら、その最たる例は、聖書でしょう。
いろんな物語が、そこには登場してきますし、意味不明な専門用語がちりばめられています。
ゆえに宣教師という人がいないことには、読みこなすことができないし、学ぶこともできないがゆえに、歯がゆいのです(笑)
ゆえに私がクリスチャンになることはないでしょう。
ただ読書の効用というのは、プラスの面だけでなくマイナスの面があるのです。
本に、よくないことをしている人がいるということを読んで、ああこういう人がいるから自分も、という気になって、それを正当化してしまうのですね。
本に書かれているその人は、良くないこととして書かれているにもかかわらず。
そういうマイナス面があるのは、文学であろうと科学であろうと一緒です。
また本を読むことでいろんなことを多角的に見れるようになる、という効用があるのですが、あまりに多角的に見過ぎて割り切れなくなるというマイナスの面があるのは否めないのです。
それは『罰せられざる悪徳 読書』という本にかいてあって、まさにその通りと思いました。
しかし、大人たるもの多角的に物事を見れなくなったら終わりと思っていますし、経営者や人の上に立つ人を目指すならば更にそのことはいえるはずです。
このマイナス面を知り、「読書はこういうマイナス面があり良くない」と断定し、これからはなれようという気概を持つのも自由ですし、逆にそのマイナス面を意識してこれらかも本を読むという気概を持って人生生きていくという選択肢も当然ありでしょう。
私は断然後者の立場を取りたいと思ってますし、すでに実行してます。
文学であろうと、科学であろうと社会について書かれていることには違いないです。
その漠然とした「社会」といっても、その内容についてつまびらかに知っていなくては、読み手に説得力を与えることはできません。
それのみか、あやふやな知識では、無知な人というレッテルを張られて、次からは読まれなくなってしまうことは間違いないです。
ひとたび「この人、知らないまま書いてる…」と思った作家の人の本や漫画は次から読もうという気にはなれないですよね?
これは私一人の意見ではないと思います。
一般的な意見と思います。
ゆえに作家であろうと科学研究者であろうと、漫画家であろうと、話だけがうまく書けるだけでなく、いろんな領域から広く深く学んでいこうという気概を持っていなくてはいけないですね。
そういう作業でえれたことを、自分の作品に盛るのですね。
そのためには、自分だけの読書や研究だけではなく、人との接しによって得れることが多いはずですね。
その立ち場に共鳴できるかたは、この本を読んだ方がいいでしょう。
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