現代今昔物語―自分流儀。伝承。贈ることば、子供たちへ。不変のストーリー

我が息子と娘へ伝承したいメッセージをというのがきっかけで、時代が違っても考えかたは不滅といった内容を新世代達へ残したい。

独断と偏見ではあるけれど、

2015-09-06 | Weblog

以前のブログ記事でも書いているように、家に電話すらもなかったのに、自家用車だけは早くからあった。マツダクーペ360の中古から、トルコンでノークラッチ。フロアシフトで、ローとトップの二つの切り替えで、発進時はローでスタートして、加速してくるとトップへ切り替える。窓ガラスはガラスでなく、プラスティックの板。年数が経つと細かく筋が入って、もうヒビのようになって取れない。クランクの手回しシャフトが付属していて、エンストの時などに実際に使ったものだ。その後、360ccの軽の乗り換えばかりで、その後ニッサンへ移っていく。ブルーバード510、ローレル、ブルーバードU、レパード、セドリックとなっていく。スバルレオーネ、ブルーバード3Sクーペもあった。そのあとから、トヨタへ移っていく。スープラ、スープラ、ウインダム、ウインダム、から、カムリとなってしまった。こういう中で、あえて言うが、ニッサンは、なぜ車の名前から、昔からのDNAが残る名前をなくしてしまい、今の陳腐なラインナップにしてしまったのだろうか?日本でのマーケティングとして失敗だ。フーガ、ティアナ、など、セドリック、グロリア、ブルーバードでいいものを、わけのわからない、なじまない名前をつけて、スカイラインなどは、名前に似つかわしくない、フーガの小型版に、なんでスカイラインなのかが全く理解できない。そんな適当な名前でいいなら、従来の名前継続のほうが、まだましなような気がするが。ゴーンが来てから、全く日本味をなくしてしまい。、それに同調した日本役員のだらしなさだろう。トヨタについては、名前についてはDNAを残しているものの、最近はなんでもかんでもレクサスにすればいいという調子で、あのフロントグリルのだらしなくバカっと口を開けている、品のないデザインにはうんざりだ。さすがに最近は、修正を加えて、小さく見せるマイナーな工夫変更をしているようだが、高い金で売り出しているんだから、もっと根本から考えろと言いたい。やたらめったらレクサスにするなら、大衆車の延長と変わらないだろう。ソアラみついては、スタイル一緒で、価格がつりあがってしまった。もうそのバージョンのソアラもレクサスも消えてしまったが、それなら、ソアラのみでよかっただろうに。

ワーゲンや、ボルボが、モデルチェンジ後も、オリジナルの匂いをのこしているのに比べて、とくにニッサンは、面白くもないデザインに無理やり昔の名前をつけたり、デザインの開発にいろいろと苦心して考えたところが全くみられないことにがっかりする。