
現在、介護保険改正に向けて議論されていることの一つに介護保険サービスの自己負担の率を『負担能力別』に応じて変えていくことがあります。以下はその経緯です。
朝日新聞10月22日記事より引用します。
少子高齢化の時代。高齢者でも所得の多い人は、介護保険を利用するときの自己負担を1割から2割に上げようという議論があります。しかし多くは年金暮らし。本当に負担増に耐えられるのか気になります。対象者の線引きはどうなっているのでしょう。
「『年齢別』から『負担能力別』に負担のあり方を切り替える」。政府の社会保障国民会議は8月、そんな報告をまとめた。これを受け厚生労働省はさっそく、介護保険の利用者負担を、今の1割から「所得の高い人」は2割にする提案をした。
「所得の高い人」の基準をみると、年金収入のみの人で「年280万円以上」とする案と「同290万円以上」にする案の2案がある。
どうしてこの基準になったのか。厚労省の介護保険計画課に尋ねてみた。担当者は「介護保険の利用者は原則、高齢者なので、高齢世代の中で相対的に負担できる人、ということで考えました」と説明した。
年金収入290万円は、65歳以上で住民税を払っている人のうち上位50%。280万円は年収が多い順にみた場合の上位20%にあたるという。つまり「高齢者の中で比べて所得の多い人」というわけだ。
支払い能力がある高齢者の負担を重くするのは、今回が初めてのことではない。だが「所得が多い人」の線引きの考え方はずいぶん違う。
例えば医療保険。70歳以上の人の自己負担は1割だ(70~74歳は法律上2割なのを特例で1割に据え置き)。だが収入の多い世帯は今も3割負担している。その基準は、「現役世代並み」の所得があるかどうか。年金などの年収が単身世帯で383万、夫婦世帯で520万円になる。
厚労省の高齢者医療課は「現役世代は3割負担なので、平均的な現役世代並みの所得がある人には同じように負担を、ということで今の形になった」と説明する。
一方、年金では豊かな高齢者の基礎年金を減らすことが検討されてきた。民主党政権で法案が提出されたが、その際の線引きは「高所得者」。年金などの年収850万円の人から徐々に減らし、1300万円以上では基礎年金を半額にする案だった。衆院の修正で削除され、この案は実現しなかったが、今も検討課題になっている。
同省年金課は「もらえるはずの年金を削る話なので、多くの人が納得できる基準でないと。減額対象を広げれば保険料を納める意欲にも影響しかねない」と話す。
医療保険でいう「現役世代並み所得」があるのは、介護保険利用者の3~4%程度とみられ、ごくわずかだ。今回、従来の線引きよりもさらに基準が低い「高齢者の中で所得の多い人」という考え方が登場した背景には、そんな事情もある。
◇
しかし「高齢者の中で所得が多い人」は、暮らしにも余裕がある人と言えるのか。厚労省の担当者は「高齢世帯の平均的な消費支出よりも収入は多い。普通に生活はできるはず」と言うのだが。
明治安田生活福祉研究所の内匠(たくみ)功主任研究員は、高齢者の負担増に一定の理解を示しつつも、「(年金収入280万~290万円の基準は)現状でも収支がぎりぎり。これからは物価が上がる一方、年金はそれほど増えないことを考えると、貯蓄がないと生活を切り詰めないといけなくなる可能性はある」とみる。
社会保障審議会介護保険部会の委員で「認知症の人と家族の会」副代表の勝田登志子さんは「厚労省が根拠にしている消費支出は平均値。病気や要介護になればもっと支出は増える。(自己負担引き上げで)やりくり出来なくなれば介護サービスの利用を我慢し、かえって状態が悪くなる心配もある」と懸念を示す。
ほかにも気になる点はある。今回の案では、収入を個人単位でみる。例えば夫の年金収入が290万円、妻が60万円であれば、夫は2割負担になる。これに対し、夫婦とも厚生年金でそれぞれ250万円ずつ年金収入があっても、世帯としての収入は先の夫婦より多いのに、負担はどちらも1割、という現象が起きることになる。
また介護保険と医療保険には、かかった費用を合算し、高額になったら所得に応じて自己負担に上限を設ける制度がある。この負担上限の適用については、医療と共通の線引きを残す方向だ。そうなると介護保険制度のなかに、「現役世代並み所得」と今回の「高齢者の中で所得の多い人」という二つの基準が混在してしまう。利用者には複雑でわかりにくいだろう。
医療や年金との整合性をどう考えるのか。2割負担になる人の暮らしは本当に圧迫されないか。審議会で今後、議論を深めるべき課題は多い。(編集委員・板垣哲也)
※写真は南紀白浜・千畳敷の奇観
朝日新聞10月22日記事より引用します。
少子高齢化の時代。高齢者でも所得の多い人は、介護保険を利用するときの自己負担を1割から2割に上げようという議論があります。しかし多くは年金暮らし。本当に負担増に耐えられるのか気になります。対象者の線引きはどうなっているのでしょう。
「『年齢別』から『負担能力別』に負担のあり方を切り替える」。政府の社会保障国民会議は8月、そんな報告をまとめた。これを受け厚生労働省はさっそく、介護保険の利用者負担を、今の1割から「所得の高い人」は2割にする提案をした。
「所得の高い人」の基準をみると、年金収入のみの人で「年280万円以上」とする案と「同290万円以上」にする案の2案がある。
どうしてこの基準になったのか。厚労省の介護保険計画課に尋ねてみた。担当者は「介護保険の利用者は原則、高齢者なので、高齢世代の中で相対的に負担できる人、ということで考えました」と説明した。
年金収入290万円は、65歳以上で住民税を払っている人のうち上位50%。280万円は年収が多い順にみた場合の上位20%にあたるという。つまり「高齢者の中で比べて所得の多い人」というわけだ。
支払い能力がある高齢者の負担を重くするのは、今回が初めてのことではない。だが「所得が多い人」の線引きの考え方はずいぶん違う。
例えば医療保険。70歳以上の人の自己負担は1割だ(70~74歳は法律上2割なのを特例で1割に据え置き)。だが収入の多い世帯は今も3割負担している。その基準は、「現役世代並み」の所得があるかどうか。年金などの年収が単身世帯で383万、夫婦世帯で520万円になる。
厚労省の高齢者医療課は「現役世代は3割負担なので、平均的な現役世代並みの所得がある人には同じように負担を、ということで今の形になった」と説明する。
一方、年金では豊かな高齢者の基礎年金を減らすことが検討されてきた。民主党政権で法案が提出されたが、その際の線引きは「高所得者」。年金などの年収850万円の人から徐々に減らし、1300万円以上では基礎年金を半額にする案だった。衆院の修正で削除され、この案は実現しなかったが、今も検討課題になっている。
同省年金課は「もらえるはずの年金を削る話なので、多くの人が納得できる基準でないと。減額対象を広げれば保険料を納める意欲にも影響しかねない」と話す。
医療保険でいう「現役世代並み所得」があるのは、介護保険利用者の3~4%程度とみられ、ごくわずかだ。今回、従来の線引きよりもさらに基準が低い「高齢者の中で所得の多い人」という考え方が登場した背景には、そんな事情もある。
◇
しかし「高齢者の中で所得が多い人」は、暮らしにも余裕がある人と言えるのか。厚労省の担当者は「高齢世帯の平均的な消費支出よりも収入は多い。普通に生活はできるはず」と言うのだが。
明治安田生活福祉研究所の内匠(たくみ)功主任研究員は、高齢者の負担増に一定の理解を示しつつも、「(年金収入280万~290万円の基準は)現状でも収支がぎりぎり。これからは物価が上がる一方、年金はそれほど増えないことを考えると、貯蓄がないと生活を切り詰めないといけなくなる可能性はある」とみる。
社会保障審議会介護保険部会の委員で「認知症の人と家族の会」副代表の勝田登志子さんは「厚労省が根拠にしている消費支出は平均値。病気や要介護になればもっと支出は増える。(自己負担引き上げで)やりくり出来なくなれば介護サービスの利用を我慢し、かえって状態が悪くなる心配もある」と懸念を示す。
ほかにも気になる点はある。今回の案では、収入を個人単位でみる。例えば夫の年金収入が290万円、妻が60万円であれば、夫は2割負担になる。これに対し、夫婦とも厚生年金でそれぞれ250万円ずつ年金収入があっても、世帯としての収入は先の夫婦より多いのに、負担はどちらも1割、という現象が起きることになる。
また介護保険と医療保険には、かかった費用を合算し、高額になったら所得に応じて自己負担に上限を設ける制度がある。この負担上限の適用については、医療と共通の線引きを残す方向だ。そうなると介護保険制度のなかに、「現役世代並み所得」と今回の「高齢者の中で所得の多い人」という二つの基準が混在してしまう。利用者には複雑でわかりにくいだろう。
医療や年金との整合性をどう考えるのか。2割負担になる人の暮らしは本当に圧迫されないか。審議会で今後、議論を深めるべき課題は多い。(編集委員・板垣哲也)
※写真は南紀白浜・千畳敷の奇観