金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の泪(白拍子)174

2009-10-25 10:17:22 | Weblog
 立ち番の者達は判断に迷っていた。
駆けて来る小太郎と配下を見ながら何事か話し合っている。
二人を、後ろから追ってくる城兵の仲間ではないかと疑っているのだろう。
 配下が小太郎を追い越して前に出た。
片手を大きく振りながら、「助けてくれー」と叫んだ。
たった一言だが悲壮感が滲み出ていた。
 立ち番の者達の態度が変わった。
早く来いとばかりに手招きをするではないか。
 盾と盾の隙間から陣に駆け込んだ二人を数本の槍が迎えた。
頭らしき武士が、「お主等はどこの手の者だ」と強い口調で尋ねた。
迎え入れたものの、疑念は残っているらしい。数人に囲まれた。
 小太郎は疲れたようにその場に倒れた。
配下も調子を合わせて膝から崩れた。
二人は、いかにも「弱兵ですよ」と演じた。
 鉄砲が続けざまに放たれた。
盾に何かが激しくぶつかる音。どうやら城兵が体当たりしてきたらしい。
怒号と悲鳴が飛び交う。
鉄砲や槍が弾かれたかのように宙を飛ぶ。
篝火が倒され始めたのか、少しずつ暗くなる。
 城兵の一団の突進を阻むのは難しいようだ。
二人に槍を向けていた者達は危機感を抱いた。
無言で囲みを解き、盾の守備に走った。
頭らしき武士も遅れじと続いた。
 解放された二人は陣の奥に駆け込んだ。
押し出して来る増援の者達と行き合うが足は止めない。
誰何されると、「あいつらは化けもんだー」と叫ぶ。
彼等が敵か味方かの判断に迷っている間に、その場を駆け抜けた。
 二人は何の妨害も受けずに陣を突っ切り、離れた小高い丘の上まで駆けた。
周辺に人の気配はない。城兵の追っ手もない。
足を止めて後ろを振り返った。
 星明かりで陣がようく見通せた。
倒された篝火が原因か、数カ所で火災が発生していた。
あちこちから悲鳴が聞えてくる。
 近くの徳川の陣の一つから、松明を掲げた一団が押し出した。
救援に赴くらしい。
 手頃な切り株に小太郎は腰を下ろした。
「面白かったか」
「冷や汗ものでしたね。あそこで陣に入れてくれなかったらどうしたのですか」
「その時は実力で突破するつもりでいた」
「鉄砲が狙っていましたよ」
「それは、・・・気がつかなかったな」
 配下の目が笑っていた。
鉄砲の存在に気づかぬわけがない、と言っているようだ。
「ところで、次ぎはどうします」
「天魔を見つけるまで、この辺りにいるしかないな」

 翌日、大久保忠隣率いる徳川の本隊が岩槻に続々と到着した。
およそ二万。何れも徳川家中で編成されていた。
これに井伊等の先遣隊、戦場稼ぎの土豪等を含めると五万の大軍に膨れ上がった。
内実は、正規兵三万、寄せ集め二万といったところか。
 岩槻城を望む台地に陣を敷いていた井伊隊は、場所を大久保隊に譲った。
討伐軍の大将が大久保忠隣なので自ら申し出た。
 かつては徳川家の柱石の筆頭には、石川数正率いる石川党があった。
それが如何なる理由からか、数年前に豊臣家に出奔した。
 残った柱石は酒井党、本多党、そして大久保党。
なかでも人物を輩出したのが大久保党。
自然、徳川家中で重きを成すようになった。
 例えば八王子の代官・大久保長安。
彼は徳川家に仕官するや、大久保党に預けられた。
そこで文官としての治世の才能を現わした。
すると大久保忠世は、妻を失った彼に一族の娘を後添えとして嫁がせ、
大久保の姓をも与えた。
今では彼は、並み居る関東代官職の筆頭格に数えられていた。
 大久保忠世が軍の中枢にあれば、大久保長安が文の中枢にあった。
これでは石川党のいた席に大久保党が就いた感は否めない。
 大久保党を統率するのは大久保忠世。その長男が忠隣なのだ。
当然ながら親子そろって領地を与えられていた。
二人には乱世を乗り切る力量があった。
 井伊直政は個人として、新参ながら最大の領地を与えられた。
しかし党としての領地では大久保党、酒井党、本多党には敵わない。
彼が徳川家中で生き延びるには古参の有力者を懐柔するしかない。
 彼は同じく古参で与力の高力清長を伴い、陣を敷き終えた大久保隊を訪れた。
 大久保忠隣は親譲りの頑固そうな顔で迎えてくれた。
内密に話したい事でもあるのか、家来は伴わず、台地の先端に二人を誘った。 
城に目を遣りながら問う。
「だいたいの様子は聞いている。本当に人ではなく、魔物なのか」
 井伊はしっかりと答えた。
「そうです」
 大久保は振り返り、二人の顔を交互に観察した。
「魔物相手の戦か。・・・どうやる」
「残された手は、城に封じ込めて焼くしかありません」
 大久保は高力を気遣い、そっと見た。
本来の岩槻の城主は高力なのだ。
 高力が、「やむを得ません」と力強く答えた。
城主としての責任の現れだろう。
すでに焼き討ちの準備を自ら整えていた。
 その手順を説明しているところに、思わぬ報せが届いた。
 大久保家の者が井伊家の兵を抱えるようにして、案内して来たのだ。
只ならぬ気配を感じたのか、大久保家の重臣達が後をついて来た。
 赤備えの兵は弱っているのか、息も絶え絶え。
鎧のあちこちが切り裂かれ、塗られた血が干涸らびていた。
主人に気付くと、辛うじて残っていた体力を使い、その場に片膝ついた。
 井伊は顔を確かめた。
領地で赤備えを率いている武将の一人だ。
予定では今日にも岩槻に増援として到着する筈であった。
 駆け寄る井伊に武将が報告した。
「武州松山城で反乱です」
「なんと、・・・」
 井伊のみならず大久保も高力も言葉を失った。
 構わずに武将は続けた。
「賊の数は万を越えています。・・・。
率いて来た赤備え隊は、・・・途中を遮られ、・・・進軍できません」
「赤備え隊でも敵わぬのか」
「人間離れした者達がおりまして、・・・支えるので手一杯です」
「人間離れ、・・・」
「恐ろしく手強い一隊が・・・おります」
 その報告に居合わせた者達は顔を見合わせた。
敵の正体に心当たりがあった。
赤備え隊が手こずるとは、岩槻城の賊と同じ魔物しか考えられない。




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