遠ざかるヤマトや若菜等の後ろ姿を見送っていた小峯が隣の白拍子に尋ねた。
「於雪、あれが鞍馬で鬼と戦った魔物達なの」
「そうよ」
小峯は納得したように深く頷いた。
「見た目は普通の黒猫に狐、狸だけど、気配が違う。怖いわね」
「そう、怖いでしょう。でも、味方にすれば頼りになるわ」
「そうね。私達、安心していいのね」
「そうよ、安心していいわ」
小峯がニッコリ笑った。
「それでは安心して後を追いましょう」
「えっ、行くの」
当然といった顔で小峯が頷いた。
「勿論」
紅潮した顔の豪姫が肩を並べている夫・秀家を見た。
「私達も参りましょう」
聞いた秀家は目を丸くした。
「気持は分かるが、ここは徳川領だ」
耳にした慶次郎が眉を顰めた。
「お豪、我等は上方に戻らねばならぬ」
豪姫はキッと慶次郎を睨む。
「慶次郎殿、貴男の言葉とは思えませぬ。
困った人がいれば横紙破りで助けるのが貴男の生き様だった筈」
慶次郎も睨み返した。
豪姫が続けて手厳しい言葉を投げた。
「女の身の奥方が御代官の元に先頭切って駆け付けようというのに、
慶次郎殿は黙って見ておられるのですか」
慶次郎は奥歯を噛み締めた。
豪姫は容赦がなかった。
「ご自慢の朱槍は上杉屋敷に預けておられるとか。
今頃、その朱槍が声を上げて泣いているでしょうね」
秀家が割って入った。
「それは言い過ぎだ。
慶次郎殿はお豪の身を一番に案じておられるのだ」
豪姫は夫を無視し、両の目を吊り上げて慶次郎に食ってかかった。
「オナゴの身より自分の名を大事になさいませ」
慶次郎は返す言葉がない。
真田昌幸が渋い顔の慶次郎に声をかけた。
「はっはっは、オナゴには敵いませんな。
我等、数は少ないが一騎当千の者ばかり。参りますかな」
慶次郎は天魔の事に関しては、真田親子には明かしていなかった。
今更ながら、それを悔やむ。
真田親子の家臣達も期待感で成り行きを見守っていた。
今にも抜かんばかりに腰の刀に手を添えている者もいた。
噂通りに好戦的な家中だ。
猿飛や宇喜多家の忍者達は事情を知っていたので、それぞれの顔が曇る。
宇喜多夫妻を無事に、上方に連れ帰りたいのだ。
そこに騎馬の蹄の音が届いた。
こちらに駆けてくるではないか。
およそ二・三十頭。軽やかに聞えるのは空馬だからだろう。
居合わせた人々が大慌てで道を開けた。
一際大きい馬が先頭にいた。
黒光りする艶のある肌。慶次郎の愛馬・鈴風だ。
率いているのは、湯治場近くの草地に放して教養させていた豪姫一行の馬ばかり。
鈴風が慶次郎の前で止まった。
堂々とした態度で、主人をグッと睨む。
そして何事か訴えるように、ヒヒーンと嘶いた。
どうやら戦の臭いを嗅ぎつけたらしい。
豪姫のみならず、鈴風にも迫られて慶次郎は苦笑い。
鈴風の鼻先に手を当てると、その熱気が伝わってきた。
頭を振りながら、周りに集まって来た一行の者達を見回す。
「かくなる上は、一走りいたそう」
その言葉で一行の者達の表情が締まる。
猿飛や宇喜多家の忍者達も気持を切り替えたらしい。
無二斎と藤次も同様だ。
互いに顔を見合わせ笑顔で頷きあっていた。
慶次郎は厳しい顔を豪姫に向けた。
「お豪、秀家殿の傍を離れるな」
豪姫は満足そうに頷き、傍の秀家を手を取った。
慶次郎は、兵を集めようとしていた代官の奥方を呼び止めた。
「我等が参りますので、奥方には篝火をお願いしたい」
「篝火が何の役に」
「八王子の町に見えるところで焚いて頂きたい。
さすれば、味方も勇気百倍。士気が上がりましょう」
意外な役目だが、篝火が味方の士気を奮い立たせる事を理解したらしい。
小峯は喜んで頷いた。
「我等が見守っている事を知らせるのですね。承知しました。
直ちに日が暮れたら篝火を焚けるように準備しましょう」
付き添う白拍子の顔に感謝の色が浮かぶ。
慶次郎に軽く頭を下げた。
入れ代わるように真田昌幸が小峯に問う。
「奥方、代官殿はどこを合戦場に選ばれたのかな」
「味方は僅か三千、たいして一揆勢は万を越えるとか。
そこで野戦ではなく、荒原の砦に籠もる事を選びました」
八王子城はすでに家康により廃城。肝心の代官の陣屋も完成していない。
防御するにしても適当な場所がないのだ。
そこで全兵力を率い、高麗への道筋にある小さな砦に向かったらしい。
「あそこか。よし、私が道案内しよう」
武田の武将として関東を転戦しただけに地理に詳しい。
城、砦は言うに及ばず、小さな川や沼のある場所にも精通していた。
彼の家臣が後ろから問う。
「殿、戦仕度はいかがしますか」
戦に巻き込まれるとは考えていなかったので、鎧も槍も持って来ていない。
「敵から奪えばよい。選び放題だ」
砦は町外れの小高い丘にあった。
詰めているのは三千人余。
一揆勢の侵攻を阻むため、下の道に三段構えの柵を設けようとしていた。
町普請に用意しておいた木材が荷車で次々と運び込まれた。
雑兵達が手際よく降ろ、場所ごとに分けてゆく。
大勢の雑兵の先頭に立っているのが代官の大久保長安。
戦より普請を得意とするだけに的確な指示を出す。
僅かな時間で柵が組み立てられてゆく。
日暮れまでには柵普請は終える筈だ。
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「そうよ」
小峯は納得したように深く頷いた。
「見た目は普通の黒猫に狐、狸だけど、気配が違う。怖いわね」
「そう、怖いでしょう。でも、味方にすれば頼りになるわ」
「そうね。私達、安心していいのね」
「そうよ、安心していいわ」
小峯がニッコリ笑った。
「それでは安心して後を追いましょう」
「えっ、行くの」
当然といった顔で小峯が頷いた。
「勿論」
紅潮した顔の豪姫が肩を並べている夫・秀家を見た。
「私達も参りましょう」
聞いた秀家は目を丸くした。
「気持は分かるが、ここは徳川領だ」
耳にした慶次郎が眉を顰めた。
「お豪、我等は上方に戻らねばならぬ」
豪姫はキッと慶次郎を睨む。
「慶次郎殿、貴男の言葉とは思えませぬ。
困った人がいれば横紙破りで助けるのが貴男の生き様だった筈」
慶次郎も睨み返した。
豪姫が続けて手厳しい言葉を投げた。
「女の身の奥方が御代官の元に先頭切って駆け付けようというのに、
慶次郎殿は黙って見ておられるのですか」
慶次郎は奥歯を噛み締めた。
豪姫は容赦がなかった。
「ご自慢の朱槍は上杉屋敷に預けておられるとか。
今頃、その朱槍が声を上げて泣いているでしょうね」
秀家が割って入った。
「それは言い過ぎだ。
慶次郎殿はお豪の身を一番に案じておられるのだ」
豪姫は夫を無視し、両の目を吊り上げて慶次郎に食ってかかった。
「オナゴの身より自分の名を大事になさいませ」
慶次郎は返す言葉がない。
真田昌幸が渋い顔の慶次郎に声をかけた。
「はっはっは、オナゴには敵いませんな。
我等、数は少ないが一騎当千の者ばかり。参りますかな」
慶次郎は天魔の事に関しては、真田親子には明かしていなかった。
今更ながら、それを悔やむ。
真田親子の家臣達も期待感で成り行きを見守っていた。
今にも抜かんばかりに腰の刀に手を添えている者もいた。
噂通りに好戦的な家中だ。
猿飛や宇喜多家の忍者達は事情を知っていたので、それぞれの顔が曇る。
宇喜多夫妻を無事に、上方に連れ帰りたいのだ。
そこに騎馬の蹄の音が届いた。
こちらに駆けてくるではないか。
およそ二・三十頭。軽やかに聞えるのは空馬だからだろう。
居合わせた人々が大慌てで道を開けた。
一際大きい馬が先頭にいた。
黒光りする艶のある肌。慶次郎の愛馬・鈴風だ。
率いているのは、湯治場近くの草地に放して教養させていた豪姫一行の馬ばかり。
鈴風が慶次郎の前で止まった。
堂々とした態度で、主人をグッと睨む。
そして何事か訴えるように、ヒヒーンと嘶いた。
どうやら戦の臭いを嗅ぎつけたらしい。
豪姫のみならず、鈴風にも迫られて慶次郎は苦笑い。
鈴風の鼻先に手を当てると、その熱気が伝わってきた。
頭を振りながら、周りに集まって来た一行の者達を見回す。
「かくなる上は、一走りいたそう」
その言葉で一行の者達の表情が締まる。
猿飛や宇喜多家の忍者達も気持を切り替えたらしい。
無二斎と藤次も同様だ。
互いに顔を見合わせ笑顔で頷きあっていた。
慶次郎は厳しい顔を豪姫に向けた。
「お豪、秀家殿の傍を離れるな」
豪姫は満足そうに頷き、傍の秀家を手を取った。
慶次郎は、兵を集めようとしていた代官の奥方を呼び止めた。
「我等が参りますので、奥方には篝火をお願いしたい」
「篝火が何の役に」
「八王子の町に見えるところで焚いて頂きたい。
さすれば、味方も勇気百倍。士気が上がりましょう」
意外な役目だが、篝火が味方の士気を奮い立たせる事を理解したらしい。
小峯は喜んで頷いた。
「我等が見守っている事を知らせるのですね。承知しました。
直ちに日が暮れたら篝火を焚けるように準備しましょう」
付き添う白拍子の顔に感謝の色が浮かぶ。
慶次郎に軽く頭を下げた。
入れ代わるように真田昌幸が小峯に問う。
「奥方、代官殿はどこを合戦場に選ばれたのかな」
「味方は僅か三千、たいして一揆勢は万を越えるとか。
そこで野戦ではなく、荒原の砦に籠もる事を選びました」
八王子城はすでに家康により廃城。肝心の代官の陣屋も完成していない。
防御するにしても適当な場所がないのだ。
そこで全兵力を率い、高麗への道筋にある小さな砦に向かったらしい。
「あそこか。よし、私が道案内しよう」
武田の武将として関東を転戦しただけに地理に詳しい。
城、砦は言うに及ばず、小さな川や沼のある場所にも精通していた。
彼の家臣が後ろから問う。
「殿、戦仕度はいかがしますか」
戦に巻き込まれるとは考えていなかったので、鎧も槍も持って来ていない。
「敵から奪えばよい。選び放題だ」
砦は町外れの小高い丘にあった。
詰めているのは三千人余。
一揆勢の侵攻を阻むため、下の道に三段構えの柵を設けようとしていた。
町普請に用意しておいた木材が荷車で次々と運び込まれた。
雑兵達が手際よく降ろ、場所ごとに分けてゆく。
大勢の雑兵の先頭に立っているのが代官の大久保長安。
戦より普請を得意とするだけに的確な指示を出す。
僅かな時間で柵が組み立てられてゆく。
日暮れまでには柵普請は終える筈だ。
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