その蛇は全身をクネクネさせ、横這いで音も立てず、素早く忍び寄った。
呂布の背後間近に迫るや、躊躇いも何もない。
本能の赴くままに、跳躍するかのような勢いで、鎌首を持ち上げて跳ねた。
宙に蛇躯を舞わせた。
狙い澄ました一撃。
手慣れた動作で呂布の首に巻き付く。
そして力強く絞めた。
のみならず、一巻きの後は、さらに鎌首を回して噛み付こうとした。
不意を突かれた呂布。
何が起きたのか、わけが分からなかった。
締め付ける剛力に、首が圧迫された。
何が・・・。
そして、真正面間近に鋭い牙と細長い舌先を見た。
口を大きく開けて迫る蛇。
予想も予期もせぬ事態。
このような状況に陥るとは。
悪夢としか思えない。
が、現に、今にも蛇が咬み付こうとしていた。
首を締め付けるだけでは満足せず、顔にも咬み付こうというわけだ。
咬み付くとすれば出っ張っている鼻か。
首を絞められ、鼻に咬み付かれては抵抗する気が失せるだろう。
呂布に出来る術は限られていた。
考えるより先に左腕で顔の正面を覆う。
左前腕を犠牲にするつもりであった。
その狙い通り、蛇が前腕に咬み付いた。
腕を覆う衣服を物ともしない。
鋭い牙の衝撃。
布切れを突き破り、深々と牙が腕肉に突き刺さる。
今にも筋肉までも咬み千切りそうな勢い。
呂布は痛みを超えた痛みにも、噴き出る血にも構わない。
ここは生と死の境目。
選択肢は一つしかない。
左腕を犠牲にするつもりであった。
右腕一本さえ残れば、なんとかなる。なんとかする。
残った力を振り絞って立ち上がった。
そして、躯を宙に舞わせた。
左前腕を下にして床に落ちて行く。
当然、咬み付いた蛇の頭が一番下になるような体勢にした。
この行為が蛇に理解出来る分けがない。
右腕で左腕を支え、全体重をかけてドンと落下。床が揺れ、衝撃が左腕に走った。
救いは蛇の頭が衝撃を少し和らげてくれたこと。
呂布は蛇の状態を確かめるよりも、続けざまに落下する事を選んだ。
二度、三度と続けた。
蛇の頭を叩き付けるようにして落下した。
そして気付いた。
首を絞めていた力が失われた。
蛇の胴体がスルスルと解けて落ちて行く。
前腕に咬み付いた頭部も一緒になって床に落ちた。
蛇の頭は無残に砕け潰れていた。
体液に呂布の血が混じり、妙な塩梅だ。
呂布は咬まれた傷を見た。
牙跡が深々とつき、そこから流れ出る血が止まらない。
慌てて、衣服を脱いで止血した。
それから改めて蛇を観察した。
このような蛇は初めて見た。
当然、毒の有無も分からない。
今のところ、毒が回った気配は感じ取れない。
それでも安心は出来ない。
咬まれた左腕が痛いが、ここに留まる分けにも行かない。
村の外にいる者達に確認する必要がある。
呂布が戻るのを、今や遅しと待ち受けているはずだ。
蛇を持ち上げ、好まぬが、首に回して担ぐことにした。
思っていたよりも軽い。
元来た道を戻る。
嫌な疲労と、出血の脱力感で足下がふらつくが、足は止めない。
丈の高い雑草を掻き分けて村を出た。
途端に、みんなが色をなした。
声にもならぬ声が上がった。
娘達が後退る。
呂甫が真っ先に駆け寄った。
「どうした」と蛇や呂布の有様を指さした。
呂布は意味もなく強がった。
「みんなに手土産」
老練な顔をした牧童が呂布から蛇を取り上げた。
「重い。立派な蛇だな」と、もう一人の牧童の手を借りた。
「それより毒は」
「こいつは持ってない、それだけは安心だ。でも血の流しすぎだろう」
蔦美帆が強張った顔で傍に寄って来た。
左前腕に巻かれた衣服を取り外し、咬まれた傷跡を見た。
我慢しているのか、顔色が悪い。
それでも声を振り絞る。
「誰か、お酒を持ってきて。咬まれた所を洗うから」
美帆は続けた。
「誰か、蛇の口を調べて。牙が折れてないかどうか、よく調べるのよ」
呂布の目を真っ直ぐに見た。
「牙が折れて腕に残っているのは嫌でしょう」
「折れて残っていたらどうする」
「傷口を広げて、取り除くのよ」
「医術の心得があるのか」
美帆が済まなそうに言う。
「父が多少。それを真似しているだけ。
さあ、ここで横になって」
好き嫌いを言ってはいられない。
言われたまま、地面に仰向けになった。
幸い、牙は一本も折れていなかった。
酒樽が運ばれて来た。
美帆が酒を汲み出し、呂布の傷跡を洗う。
激しく、しみる。
咬まれた際の痛みよりも、酷い衝撃が背筋を走った。
それでも呂布の感覚は鈍らない。
地面から伝わる微かな響きを逃さない。
蹄の立てる地響き。
次第に、こちらに近付いて来る。
かなりの数だ。
おそらく、何れかの騎馬隊だろう。
みんなは誰一人、気付かない。
呂布を取り巻いて、具合を心配しているだけ。
「注意しろ」と告げようとするも、しみる酒で気が遠くなった。
呂布の背後間近に迫るや、躊躇いも何もない。
本能の赴くままに、跳躍するかのような勢いで、鎌首を持ち上げて跳ねた。
宙に蛇躯を舞わせた。
狙い澄ました一撃。
手慣れた動作で呂布の首に巻き付く。
そして力強く絞めた。
のみならず、一巻きの後は、さらに鎌首を回して噛み付こうとした。
不意を突かれた呂布。
何が起きたのか、わけが分からなかった。
締め付ける剛力に、首が圧迫された。
何が・・・。
そして、真正面間近に鋭い牙と細長い舌先を見た。
口を大きく開けて迫る蛇。
予想も予期もせぬ事態。
このような状況に陥るとは。
悪夢としか思えない。
が、現に、今にも蛇が咬み付こうとしていた。
首を締め付けるだけでは満足せず、顔にも咬み付こうというわけだ。
咬み付くとすれば出っ張っている鼻か。
首を絞められ、鼻に咬み付かれては抵抗する気が失せるだろう。
呂布に出来る術は限られていた。
考えるより先に左腕で顔の正面を覆う。
左前腕を犠牲にするつもりであった。
その狙い通り、蛇が前腕に咬み付いた。
腕を覆う衣服を物ともしない。
鋭い牙の衝撃。
布切れを突き破り、深々と牙が腕肉に突き刺さる。
今にも筋肉までも咬み千切りそうな勢い。
呂布は痛みを超えた痛みにも、噴き出る血にも構わない。
ここは生と死の境目。
選択肢は一つしかない。
左腕を犠牲にするつもりであった。
右腕一本さえ残れば、なんとかなる。なんとかする。
残った力を振り絞って立ち上がった。
そして、躯を宙に舞わせた。
左前腕を下にして床に落ちて行く。
当然、咬み付いた蛇の頭が一番下になるような体勢にした。
この行為が蛇に理解出来る分けがない。
右腕で左腕を支え、全体重をかけてドンと落下。床が揺れ、衝撃が左腕に走った。
救いは蛇の頭が衝撃を少し和らげてくれたこと。
呂布は蛇の状態を確かめるよりも、続けざまに落下する事を選んだ。
二度、三度と続けた。
蛇の頭を叩き付けるようにして落下した。
そして気付いた。
首を絞めていた力が失われた。
蛇の胴体がスルスルと解けて落ちて行く。
前腕に咬み付いた頭部も一緒になって床に落ちた。
蛇の頭は無残に砕け潰れていた。
体液に呂布の血が混じり、妙な塩梅だ。
呂布は咬まれた傷を見た。
牙跡が深々とつき、そこから流れ出る血が止まらない。
慌てて、衣服を脱いで止血した。
それから改めて蛇を観察した。
このような蛇は初めて見た。
当然、毒の有無も分からない。
今のところ、毒が回った気配は感じ取れない。
それでも安心は出来ない。
咬まれた左腕が痛いが、ここに留まる分けにも行かない。
村の外にいる者達に確認する必要がある。
呂布が戻るのを、今や遅しと待ち受けているはずだ。
蛇を持ち上げ、好まぬが、首に回して担ぐことにした。
思っていたよりも軽い。
元来た道を戻る。
嫌な疲労と、出血の脱力感で足下がふらつくが、足は止めない。
丈の高い雑草を掻き分けて村を出た。
途端に、みんなが色をなした。
声にもならぬ声が上がった。
娘達が後退る。
呂甫が真っ先に駆け寄った。
「どうした」と蛇や呂布の有様を指さした。
呂布は意味もなく強がった。
「みんなに手土産」
老練な顔をした牧童が呂布から蛇を取り上げた。
「重い。立派な蛇だな」と、もう一人の牧童の手を借りた。
「それより毒は」
「こいつは持ってない、それだけは安心だ。でも血の流しすぎだろう」
蔦美帆が強張った顔で傍に寄って来た。
左前腕に巻かれた衣服を取り外し、咬まれた傷跡を見た。
我慢しているのか、顔色が悪い。
それでも声を振り絞る。
「誰か、お酒を持ってきて。咬まれた所を洗うから」
美帆は続けた。
「誰か、蛇の口を調べて。牙が折れてないかどうか、よく調べるのよ」
呂布の目を真っ直ぐに見た。
「牙が折れて腕に残っているのは嫌でしょう」
「折れて残っていたらどうする」
「傷口を広げて、取り除くのよ」
「医術の心得があるのか」
美帆が済まなそうに言う。
「父が多少。それを真似しているだけ。
さあ、ここで横になって」
好き嫌いを言ってはいられない。
言われたまま、地面に仰向けになった。
幸い、牙は一本も折れていなかった。
酒樽が運ばれて来た。
美帆が酒を汲み出し、呂布の傷跡を洗う。
激しく、しみる。
咬まれた際の痛みよりも、酷い衝撃が背筋を走った。
それでも呂布の感覚は鈍らない。
地面から伝わる微かな響きを逃さない。
蹄の立てる地響き。
次第に、こちらに近付いて来る。
かなりの数だ。
おそらく、何れかの騎馬隊だろう。
みんなは誰一人、気付かない。
呂布を取り巻いて、具合を心配しているだけ。
「注意しろ」と告げようとするも、しみる酒で気が遠くなった。
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