ここの立ち並ぶ町屋も徳川方の命令で無人であった。
佐助は争いに巻き込まれぬように、手前の路地で足を止めた。
ぴょん吉もそれに倣った。
物陰から、遠目に様子を探る。
前方の道の真ん中に一人が倒れていた。
その身形からして忍者だと知れた。
身動きせぬことから、事切れているのだろうと判断する。
近くの屋根から一人が音も無く飛び降りた。
大柄だが動きは俊敏。素早く路地裏に曲がった。
それを二人が追って来た。
屋根から飛び降りたのだが、姿を見失ったらしい。
言葉を交わすことなく左右に分かれた。
両者の体捌きは見慣れたもの。
紛うことなく忍者。城の魔物達とは違うらしい。
おそらく片方は徳川方の忍者。
もう片方は近隣の大名の手の者。上杉か佐竹あたりではなかろうか。
佐助は何れにも味方するつもりはない。
後で正体が露見すれば、上方の猿飛一族全体が恨まれる。
「隠遁の術」で物陰に同化するように努めた。
大柄な忍者が再び姿を現わした。
横合いから飛び出して左の者の胴を斬り、蹴り倒した。
星明かりが大柄な忍者の顔を照らした。
佐助の漏らした、「小太郎」という言葉を、ぴょん吉は聞き逃さない。
「知り合いか」
「少し借りがある」
残った一人が慌てて振り返った。
太刀を構えて小太郎を睨み付けた。
小太郎は待ちきれぬように前に出た。
ぴょん吉が佐助の肩を叩いて小太郎の背後を指差した。
何者かが屋根に潜んでいた。
その動きからすると小太郎の味方ではない。
伏兵の役目を負っている者だろう。
佐助は口笛を吹いた。
昨夜、小太郎が吹いた鳥の鳴き声を真似た。
似てはいないが気持は通じたらしい。
小太郎の動きが止まった。
慎重に左右に目を配る。
屋根に潜む者が太刀を抜いて小太郎の頭上に忍び寄った。
確実に仕留めようとしている。
佐助は小太刀を抜いて物陰から飛び出した。
「上だ」
驚いた小太郎だが、佐助を認めるとその場から後方へ跳び退った。
屋根から敵が飛び降りてくるより僅かに早かった。
佐助の小太刀が飛び降りて来た敵の背中を刺し貫いた。
敵は短く呻いた。太刀を放し、両手を上に差上げながら崩れ落ちた。
小太郎が、「これで貸し借りなしだな」と佐助に肩を並べた。
佐助は、「確かに」と応じた。
そして二人で残った敵をジッと睨み付けた。
敵は足を止めて躊躇った。
佐助と小太郎の二人を交互に見た。
一人で立ち向かうには不利と悟ったのだろう。
そこに複数の足音。
忍者は足音を立てぬ訓練を受けていたが、疲れから動きが悪いらしい。
一人を追って複数の忍者達がドタドタと駆けて来た。
先頭の忍者は小太郎の配下だった。
荒い息遣いで小太郎の傍に来た。
「疲れたよ」
追ってきたのは四人。
その四人も息遣いが荒い。
もう一人を合せて五人になった敵は数的に有利と判断したらしい。
即座に包囲した。
佐助に気付いた配下が微笑む。
「ありがたいね」
「でも、囲まれた」
疲れてるわりには口は滑らか。
「まとめて片付けるには丁度良い」
小太郎が不機嫌そうに割り込んだ。
「三対五で丁度良いのか」
配下は意に介さない。
「最初は二対十。それが今は三対五。こちらは増えたが敵は減った。
お頭が三人、残りは俺達で」
小太郎は、「人使いが荒いな」と鼻であしらう。
軽口を叩いていても二人は敵から目を離さない。
手持ちの手裏剣が尽きたのだろう。
敵はジリジリと包囲を狭めてきた。
太刀で仕留めるつもりのようだ。
その時だった。
配下が膝から崩れ落ちた。
脇腹が濡れていた。血に違いない。
おそらく手裏剣を受けていたのだろう。
配下が小太郎を見上げた。
「連中の毒は、・・・回るのが遅い」
そして佐助を見た。
「お頭を、・・・頼む」
「任せてくれ」
頷く佐助に配下は満足そう。
毒が回るまで痩せ我慢していたようだ。。
手を貸そうとする小太郎に、「もう、・・・役に立たん。・・・すまん」と謝り、
目を閉じながら頭を落とした。
そこで生じた隙を敵は逃さない。
まず二人が襲ってきた。
残った三人は二番手として、いつ駆けてもいいように身構えた。
不意に物陰から、ぴょん吉が飛び出して来た。
疾風の如き速さで三人のうちの一人を襲った。
容赦のない一撃。背後から狐拳を見舞う。
激痛にともなう大きな悲鳴が上がった。
突然の闖入者に敵の動きが鈍った。
その間隙を突いて佐助と小太郎が、襲ってきた二人を斃した。
残った二人は判断に迷っているらしい。
互いに顔を見合わせた。
星明かりはあるが、ぴょん吉が陰から陰に移動しているので、
居場所も正体も掴めない。
時を置かずに逃走を開始する。
追跡しようとする佐助を、小太郎が、「捨て置け」と止めた。
小太郎は配下を抱き上げ、何事か囁きながら近くの家に入った。
そして小さな居間の畳の上に降ろした。
無表情で傍の襖に火を点けた。
瞬く間に火が襖全体に燃え広がった。
小太郎は、「これで良い」と佐助を促して外に出た。
気持が分かるだけに佐助は何も言わない。
黙って後をついて行く。
表で小太郎は左右を見回した。
「お主の連れは」
佐助が答えるより早く、ぴょん吉が屋根から小太郎の目の前に飛び降りた。
突然の出現に小太郎は後退り。驚きながらも警戒した。
「これは」
ぴょん吉が、「私はぴょん吉」と名乗った。
狐の名乗りに小太郎の口は半開き。目が点になった。
その背後で家から煙が噴出し始めた。
ぴょん吉が、「ここで立ち話もなんだ、場所を移そう」と先頭に立った。
振り返って目で問い掛ける小太郎に佐助は頷いた。
「仲間だよ」
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佐助は争いに巻き込まれぬように、手前の路地で足を止めた。
ぴょん吉もそれに倣った。
物陰から、遠目に様子を探る。
前方の道の真ん中に一人が倒れていた。
その身形からして忍者だと知れた。
身動きせぬことから、事切れているのだろうと判断する。
近くの屋根から一人が音も無く飛び降りた。
大柄だが動きは俊敏。素早く路地裏に曲がった。
それを二人が追って来た。
屋根から飛び降りたのだが、姿を見失ったらしい。
言葉を交わすことなく左右に分かれた。
両者の体捌きは見慣れたもの。
紛うことなく忍者。城の魔物達とは違うらしい。
おそらく片方は徳川方の忍者。
もう片方は近隣の大名の手の者。上杉か佐竹あたりではなかろうか。
佐助は何れにも味方するつもりはない。
後で正体が露見すれば、上方の猿飛一族全体が恨まれる。
「隠遁の術」で物陰に同化するように努めた。
大柄な忍者が再び姿を現わした。
横合いから飛び出して左の者の胴を斬り、蹴り倒した。
星明かりが大柄な忍者の顔を照らした。
佐助の漏らした、「小太郎」という言葉を、ぴょん吉は聞き逃さない。
「知り合いか」
「少し借りがある」
残った一人が慌てて振り返った。
太刀を構えて小太郎を睨み付けた。
小太郎は待ちきれぬように前に出た。
ぴょん吉が佐助の肩を叩いて小太郎の背後を指差した。
何者かが屋根に潜んでいた。
その動きからすると小太郎の味方ではない。
伏兵の役目を負っている者だろう。
佐助は口笛を吹いた。
昨夜、小太郎が吹いた鳥の鳴き声を真似た。
似てはいないが気持は通じたらしい。
小太郎の動きが止まった。
慎重に左右に目を配る。
屋根に潜む者が太刀を抜いて小太郎の頭上に忍び寄った。
確実に仕留めようとしている。
佐助は小太刀を抜いて物陰から飛び出した。
「上だ」
驚いた小太郎だが、佐助を認めるとその場から後方へ跳び退った。
屋根から敵が飛び降りてくるより僅かに早かった。
佐助の小太刀が飛び降りて来た敵の背中を刺し貫いた。
敵は短く呻いた。太刀を放し、両手を上に差上げながら崩れ落ちた。
小太郎が、「これで貸し借りなしだな」と佐助に肩を並べた。
佐助は、「確かに」と応じた。
そして二人で残った敵をジッと睨み付けた。
敵は足を止めて躊躇った。
佐助と小太郎の二人を交互に見た。
一人で立ち向かうには不利と悟ったのだろう。
そこに複数の足音。
忍者は足音を立てぬ訓練を受けていたが、疲れから動きが悪いらしい。
一人を追って複数の忍者達がドタドタと駆けて来た。
先頭の忍者は小太郎の配下だった。
荒い息遣いで小太郎の傍に来た。
「疲れたよ」
追ってきたのは四人。
その四人も息遣いが荒い。
もう一人を合せて五人になった敵は数的に有利と判断したらしい。
即座に包囲した。
佐助に気付いた配下が微笑む。
「ありがたいね」
「でも、囲まれた」
疲れてるわりには口は滑らか。
「まとめて片付けるには丁度良い」
小太郎が不機嫌そうに割り込んだ。
「三対五で丁度良いのか」
配下は意に介さない。
「最初は二対十。それが今は三対五。こちらは増えたが敵は減った。
お頭が三人、残りは俺達で」
小太郎は、「人使いが荒いな」と鼻であしらう。
軽口を叩いていても二人は敵から目を離さない。
手持ちの手裏剣が尽きたのだろう。
敵はジリジリと包囲を狭めてきた。
太刀で仕留めるつもりのようだ。
その時だった。
配下が膝から崩れ落ちた。
脇腹が濡れていた。血に違いない。
おそらく手裏剣を受けていたのだろう。
配下が小太郎を見上げた。
「連中の毒は、・・・回るのが遅い」
そして佐助を見た。
「お頭を、・・・頼む」
「任せてくれ」
頷く佐助に配下は満足そう。
毒が回るまで痩せ我慢していたようだ。。
手を貸そうとする小太郎に、「もう、・・・役に立たん。・・・すまん」と謝り、
目を閉じながら頭を落とした。
そこで生じた隙を敵は逃さない。
まず二人が襲ってきた。
残った三人は二番手として、いつ駆けてもいいように身構えた。
不意に物陰から、ぴょん吉が飛び出して来た。
疾風の如き速さで三人のうちの一人を襲った。
容赦のない一撃。背後から狐拳を見舞う。
激痛にともなう大きな悲鳴が上がった。
突然の闖入者に敵の動きが鈍った。
その間隙を突いて佐助と小太郎が、襲ってきた二人を斃した。
残った二人は判断に迷っているらしい。
互いに顔を見合わせた。
星明かりはあるが、ぴょん吉が陰から陰に移動しているので、
居場所も正体も掴めない。
時を置かずに逃走を開始する。
追跡しようとする佐助を、小太郎が、「捨て置け」と止めた。
小太郎は配下を抱き上げ、何事か囁きながら近くの家に入った。
そして小さな居間の畳の上に降ろした。
無表情で傍の襖に火を点けた。
瞬く間に火が襖全体に燃え広がった。
小太郎は、「これで良い」と佐助を促して外に出た。
気持が分かるだけに佐助は何も言わない。
黙って後をついて行く。
表で小太郎は左右を見回した。
「お主の連れは」
佐助が答えるより早く、ぴょん吉が屋根から小太郎の目の前に飛び降りた。
突然の出現に小太郎は後退り。驚きながらも警戒した。
「これは」
ぴょん吉が、「私はぴょん吉」と名乗った。
狐の名乗りに小太郎の口は半開き。目が点になった。
その背後で家から煙が噴出し始めた。
ぴょん吉が、「ここで立ち話もなんだ、場所を移そう」と先頭に立った。
振り返って目で問い掛ける小太郎に佐助は頷いた。
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