ほろ酔い加減の呂布だが、時折五人を見回して観察するのだけは怠らない。
姿形は隊商の者である事を語っているが、それが偽りである事は明白。
顔や首回りに無駄な肉が一片も付いていない。
足下に揃えている太刀や槍にしても、かなり遣い込まれていた。
そして彼等の纏う空気は武人そのもの。
五人は呂布に何も語らない。何も問わない。
ただ無言で飲み食いに興じるだけ。
とにかく、よく食い、よく飲む。
呂布の竹筒が空になったと見るや、新しい竹筒を手渡してくれた。
正体不明の連中に周りを囲まれた状況だが、不思議と怖くはなかった。
彼等の放つ独特の空気を心地好く感じた。
と、丘の下に新たな気配。
五人も感じ取った。
途端に立ち上がり身支度を始めた。
服装を正し、太刀を佩き、槍を手にした。
呂布も立とうとしたが、一人が片手を上げて制した。
無用らしい。
五人の様子から、どうやら敵の襲来ではなさそうだ。
丘の下から人の声が届いて来た。
女の声も混じっていた。
人数からすると十人程度か。
声の調子から、急ぎ足で上がって来ると分かった。
先頭は女武者。
武具を身に纏っていても、見事な肢体と分かる。
グッと呂布を睨む。
十一人が上がって来た。
五人が整列して彼等彼女等を出迎えた。
人群れから一人の偉丈夫が進み出た。
射竦める双眼。
呂布は自分の顔から血が引いて行くのが分かった。
慌てて立ち上がった。
転がるような勢いで出迎えの列に加わり、両膝をついて拱手をした。
呂布に武技を一から教えてくれた張任であった。
益州の武官で、「この人あり」と称される武人。
年齢は三十半ば。
鍛え抜かれているのが遠目にも歴然。
体躯は呂布に比べると少々低いが、手足太く、胸も厚い。
呂布が口を開くよりも、張任の方が早かった。
呂布に駆け寄り、右の肩に手を置いた。
がっしりした力強い手。
何よりも暖かい。
「よく眠れたか」
呂布は大きく頷いた。
張任が続けた。
「よく食えたか」
呂布は目頭が熱くなった。
より大きく頷く。
張任が、やおら両膝をつく。
両手で呂布の両肩を抱く。
「酒も飲めたようで良かった、良かった」
呂布の涙腺が緩む。
ドッと涙が溢れた。
張任に抱かれたまま、「申し訳御座いません」と言うので精一杯。
張任は武技の師匠であると同時に父であり、兄のような存在であった。
もっと鍛えて欲しかった。
もっと語り合いたかった。
張任が強い語調。
「止むに止まれぬこと」と言いながら、呂布を強引に引き立て、
「俺を巻き込みたくなくて、別れの挨拶に来なかったのだろう」と続けた。
図星であった。
深く頷き、涙を拭い、彼を見た。
張任の双眼も濡れていた。
「俺の心配をするようになったか。
お前も一人前の大人だな」
「師匠に迷惑はかけられません」
「そういうのを水臭いと言うのだ。この馬鹿者が」
呂布は覚悟を決めた。
地面に、しっかと腰を下ろした。
「師匠になら喜んで」と首を差し出した。
張任は呆れ顔になった。
みんなを見回した。
「この大馬鹿者が俺に首を差し出すそうだ」
さっきの女武者が呂布の横に来た。
「張任様は貴方様の加勢に来られたのです」
異な説明なので呂布には理解出来ない。
州の武官の立場にあるのなら、追っ手側に加わるのが当然。
なのに・・・。
「罪を犯した者に加勢する」というのか。
呂布は腰を下ろしたまま、みんなを見上げ、ゆっくり見回した。
それぞれの顔は違っても、顔色が暖かい。
何なのだ。
何が起きているというのだ。
張任が厳しい目をした。
「国の法は、人の道とは別の物。
国の法は、正しい、正しくない、ではなく、
人と人が極力争わなくても済むように創り上げた代物。
力のある者に都合の良い物でもある。
国の法と人の道が衝突したとしたら、俺は人の道を選ぶ」
呂布は女武者に、「立つように」と促された。
けれど呂布は従わない。
片膝ついて張任に問う。
「それで大丈夫なのですか」と心配した。
張任の厳しい目は変わらない。
「己が身の心配をしたら、人が人でなくなる。
成すべきは心の声に従うこと」
呂布は再び拱手をした。
「ありがたいことです。
・・・。
それにしても、よくここが分かりましたね」と問う。
張任が表情を緩めた。
「お前を捜していたら不思議な事に、あちこちで消息が知れた。
まるで、わざと残したみたいにな。
それで、追っ手を誘っていると分かった。
後は簡単。追っ手に付いて行けば、お前が現れると考えた。
追っ手にも、お前にも気付かれぬように、慎重に、慎重に間を置いて付けた。
そして読み通りにお前は現れた。
手間取れば加勢しようと思っていたのだが、ところがお前は、
赤子の手でも捻るかのように、いとも簡単にやってのけた」
「するとあの後、ここまで付けられていたのですか。
まったく気付きませんでした」
「お前の気持ちは分かるが、油断のし過ぎだ」
呂布はバツが悪そうに、みんなを見回し、張任に問う。
「お供の方々は」
「男どもは、うちの家人だ。
よく鍛えられているだろう」
「見るからに武人ですね。
もっとも、それ以上に無口ですが」
張任が笑う。
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姿形は隊商の者である事を語っているが、それが偽りである事は明白。
顔や首回りに無駄な肉が一片も付いていない。
足下に揃えている太刀や槍にしても、かなり遣い込まれていた。
そして彼等の纏う空気は武人そのもの。
五人は呂布に何も語らない。何も問わない。
ただ無言で飲み食いに興じるだけ。
とにかく、よく食い、よく飲む。
呂布の竹筒が空になったと見るや、新しい竹筒を手渡してくれた。
正体不明の連中に周りを囲まれた状況だが、不思議と怖くはなかった。
彼等の放つ独特の空気を心地好く感じた。
と、丘の下に新たな気配。
五人も感じ取った。
途端に立ち上がり身支度を始めた。
服装を正し、太刀を佩き、槍を手にした。
呂布も立とうとしたが、一人が片手を上げて制した。
無用らしい。
五人の様子から、どうやら敵の襲来ではなさそうだ。
丘の下から人の声が届いて来た。
女の声も混じっていた。
人数からすると十人程度か。
声の調子から、急ぎ足で上がって来ると分かった。
先頭は女武者。
武具を身に纏っていても、見事な肢体と分かる。
グッと呂布を睨む。
十一人が上がって来た。
五人が整列して彼等彼女等を出迎えた。
人群れから一人の偉丈夫が進み出た。
射竦める双眼。
呂布は自分の顔から血が引いて行くのが分かった。
慌てて立ち上がった。
転がるような勢いで出迎えの列に加わり、両膝をついて拱手をした。
呂布に武技を一から教えてくれた張任であった。
益州の武官で、「この人あり」と称される武人。
年齢は三十半ば。
鍛え抜かれているのが遠目にも歴然。
体躯は呂布に比べると少々低いが、手足太く、胸も厚い。
呂布が口を開くよりも、張任の方が早かった。
呂布に駆け寄り、右の肩に手を置いた。
がっしりした力強い手。
何よりも暖かい。
「よく眠れたか」
呂布は大きく頷いた。
張任が続けた。
「よく食えたか」
呂布は目頭が熱くなった。
より大きく頷く。
張任が、やおら両膝をつく。
両手で呂布の両肩を抱く。
「酒も飲めたようで良かった、良かった」
呂布の涙腺が緩む。
ドッと涙が溢れた。
張任に抱かれたまま、「申し訳御座いません」と言うので精一杯。
張任は武技の師匠であると同時に父であり、兄のような存在であった。
もっと鍛えて欲しかった。
もっと語り合いたかった。
張任が強い語調。
「止むに止まれぬこと」と言いながら、呂布を強引に引き立て、
「俺を巻き込みたくなくて、別れの挨拶に来なかったのだろう」と続けた。
図星であった。
深く頷き、涙を拭い、彼を見た。
張任の双眼も濡れていた。
「俺の心配をするようになったか。
お前も一人前の大人だな」
「師匠に迷惑はかけられません」
「そういうのを水臭いと言うのだ。この馬鹿者が」
呂布は覚悟を決めた。
地面に、しっかと腰を下ろした。
「師匠になら喜んで」と首を差し出した。
張任は呆れ顔になった。
みんなを見回した。
「この大馬鹿者が俺に首を差し出すそうだ」
さっきの女武者が呂布の横に来た。
「張任様は貴方様の加勢に来られたのです」
異な説明なので呂布には理解出来ない。
州の武官の立場にあるのなら、追っ手側に加わるのが当然。
なのに・・・。
「罪を犯した者に加勢する」というのか。
呂布は腰を下ろしたまま、みんなを見上げ、ゆっくり見回した。
それぞれの顔は違っても、顔色が暖かい。
何なのだ。
何が起きているというのだ。
張任が厳しい目をした。
「国の法は、人の道とは別の物。
国の法は、正しい、正しくない、ではなく、
人と人が極力争わなくても済むように創り上げた代物。
力のある者に都合の良い物でもある。
国の法と人の道が衝突したとしたら、俺は人の道を選ぶ」
呂布は女武者に、「立つように」と促された。
けれど呂布は従わない。
片膝ついて張任に問う。
「それで大丈夫なのですか」と心配した。
張任の厳しい目は変わらない。
「己が身の心配をしたら、人が人でなくなる。
成すべきは心の声に従うこと」
呂布は再び拱手をした。
「ありがたいことです。
・・・。
それにしても、よくここが分かりましたね」と問う。
張任が表情を緩めた。
「お前を捜していたら不思議な事に、あちこちで消息が知れた。
まるで、わざと残したみたいにな。
それで、追っ手を誘っていると分かった。
後は簡単。追っ手に付いて行けば、お前が現れると考えた。
追っ手にも、お前にも気付かれぬように、慎重に、慎重に間を置いて付けた。
そして読み通りにお前は現れた。
手間取れば加勢しようと思っていたのだが、ところがお前は、
赤子の手でも捻るかのように、いとも簡単にやってのけた」
「するとあの後、ここまで付けられていたのですか。
まったく気付きませんでした」
「お前の気持ちは分かるが、油断のし過ぎだ」
呂布はバツが悪そうに、みんなを見回し、張任に問う。
「お供の方々は」
「男どもは、うちの家人だ。
よく鍛えられているだろう」
「見るからに武人ですね。
もっとも、それ以上に無口ですが」
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