劉桂英は時折、マリリンの調教振りを覗き見た。
たいていは邑内の城へ出掛ける際に遠回りして馬場に立ち寄り、誰にも声掛けず、
陰からコッソリと観察した。
調教を開始してから五日が経ったが、様になっていない。
剛と名付けた青毛に乗ってはいるが、乗せられている感がしないでもない。
それはまあ、致し方のないところ。
なにせ相手は、これまで人をまともに乗せた事のない馬。
それに乗っているだけでも立派なもの。
見守っていると、
本人の言にある通り、確かに騎乗に慣れていないようで、一つ一つの手際が悪い。
手綱捌き自体に迷いも見られた。
まあ、落馬しないだけ、ましかも知れない。
マリリン本人が記憶を失った状態にあるものだから、その言動から、
「格式のある家で育てられたもの」と推測していた。
加えて、棍の扱いの巧みさから、文系の家ではなく武系の家の生まれと絞り込んだ。
が、この騎乗振りは素人丸出し。
武系なのか文系なのか、さっぱり分からなくなった。
城に向かう場合、桂英の傍には常に供がいた。
当然ながら軽装の警護の兵士が四、五人。
彼等がマリリンの騎乗振りをクスクスと笑っていた。
それも無理からぬこと。
なにしろ剛は時折だが、マリリンの手綱を無視して柵の傍で足を止め、草を食む。
完全に舐められていた。
それが傍目にも丸わかり。
それでも桂英はマリリンに感心した。
剛に振り回されても全く怒らない。
鞭も使わない。
どころか、逆に何かある度に鬣を撫で回し、耳元に一言、二言、小声で囁く。
しかも、騎乗の姿勢が良い。
落馬しそうな状況でも剛を信用しているのか、姿勢を乱さない。
桂英は小声で兵士達に、「城に向かう」と告げた。
面白いので、いつまでも見ていたいが、当主としての仕事が立て込んでいた。
桂英が城の執務室に入ると、待ちかねていたかのように朱郁が報告に現れた。
家臣筆頭、朱家の長女で、女武者として劉家の孫娘、麗華のお守り役を努めていた。
そして、それとは別に新たな仕事も割り振っていた。
邑内の太平道の動向を探る役目である。
その関係から、神樹の丘でマリリンを襲った連中の取り調べも兼ねていた。
連中が太平道の信者と見られるからだ。
今もっとも重い問題であった。
「連中の体力が回復しました。
これから尋問を開始しますが、立ち会われますか」
相手次第だが、殴り蹴り、打たせ、骨を折らせ、肉を削がせる。
最悪、器具も使用する。
これに女武者とはいえ、女の朱郁に任せてよいものかどうか。
三十路間近で、何れは嫁がせねばならない。
「郁、貴女にはこの仕事から降りてもらいます。
この先の尋問は、慣れた者達に命じます。
貴女はこれまで通りに麗華の世話をお願いね」
途端に朱郁の表情が緩む。
あからさまにホッとした。
「わかりました」
「しばらくは身体を休めてちょうだい」
深々と身体を折って礼を述べた。
「ありがとうございます」
話しは終わった筈なのに朱郁に去る気配がない。
「どうしたの、何か言い忘れたことでもあるの」
「はい」と朱郁が背筋を伸ばした。
「マリリン殿のことです。この先、如何なさいますか」
「如何とは」
「何時まで留め置かれるのか、と思いまして」
朱郁がマリリンを警戒していることは知っていた。
「嫌いですか」
「そういう分けでは」
「もう暫くはこのままで」
朱郁は苦虫を潰したような顔をして頷いた。
「分かりました。
それではもう一つ。
これはマリリン殿には責任のない事なのですが、
マリリン殿を一目見たいと申す者達が熱を帯びてまいりました」
懸念していたことだ。
原因は一つしかない。
「神樹から剣が降って来たからよね」
「はい、そうです。
これまでは控え目に、神樹の使わした者、とだけ申していたのですが、
このところ、マリリン殿が街中を陶兄妹や侍女の宋純を連れて歩くと、
それを遠くから拝む者が散見されるようになりました。
マリリン様、マリリン様と。
邑外から来る者も少しずつですが増えています」
「この手の話しは直ぐに拡がるのよね」
「はい。
しかし拙いことに私共を含め大勢が目撃しているので、打ち消しようがありません」
「そうよね。邑の兵達まで目撃しているのよね。
私は見ていないけど。
・・・。
それでどういう評判なの」
朱郁は真面目な顔で答えた。
「色々な表現はありますが、一言でいうなら神様扱いです」
桂英は頭を抱えたくなった。
これは・・・。
全く予期していない悪い展開が見えてきた。
・・・。
その神様はさっき見てきたばかり。
馬に舐められているのを。
どう見ても人そのもの。
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陰からコッソリと観察した。
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剛と名付けた青毛に乗ってはいるが、乗せられている感がしないでもない。
それはまあ、致し方のないところ。
なにせ相手は、これまで人をまともに乗せた事のない馬。
それに乗っているだけでも立派なもの。
見守っていると、
本人の言にある通り、確かに騎乗に慣れていないようで、一つ一つの手際が悪い。
手綱捌き自体に迷いも見られた。
まあ、落馬しないだけ、ましかも知れない。
マリリン本人が記憶を失った状態にあるものだから、その言動から、
「格式のある家で育てられたもの」と推測していた。
加えて、棍の扱いの巧みさから、文系の家ではなく武系の家の生まれと絞り込んだ。
が、この騎乗振りは素人丸出し。
武系なのか文系なのか、さっぱり分からなくなった。
城に向かう場合、桂英の傍には常に供がいた。
当然ながら軽装の警護の兵士が四、五人。
彼等がマリリンの騎乗振りをクスクスと笑っていた。
それも無理からぬこと。
なにしろ剛は時折だが、マリリンの手綱を無視して柵の傍で足を止め、草を食む。
完全に舐められていた。
それが傍目にも丸わかり。
それでも桂英はマリリンに感心した。
剛に振り回されても全く怒らない。
鞭も使わない。
どころか、逆に何かある度に鬣を撫で回し、耳元に一言、二言、小声で囁く。
しかも、騎乗の姿勢が良い。
落馬しそうな状況でも剛を信用しているのか、姿勢を乱さない。
桂英は小声で兵士達に、「城に向かう」と告げた。
面白いので、いつまでも見ていたいが、当主としての仕事が立て込んでいた。
桂英が城の執務室に入ると、待ちかねていたかのように朱郁が報告に現れた。
家臣筆頭、朱家の長女で、女武者として劉家の孫娘、麗華のお守り役を努めていた。
そして、それとは別に新たな仕事も割り振っていた。
邑内の太平道の動向を探る役目である。
その関係から、神樹の丘でマリリンを襲った連中の取り調べも兼ねていた。
連中が太平道の信者と見られるからだ。
今もっとも重い問題であった。
「連中の体力が回復しました。
これから尋問を開始しますが、立ち会われますか」
相手次第だが、殴り蹴り、打たせ、骨を折らせ、肉を削がせる。
最悪、器具も使用する。
これに女武者とはいえ、女の朱郁に任せてよいものかどうか。
三十路間近で、何れは嫁がせねばならない。
「郁、貴女にはこの仕事から降りてもらいます。
この先の尋問は、慣れた者達に命じます。
貴女はこれまで通りに麗華の世話をお願いね」
途端に朱郁の表情が緩む。
あからさまにホッとした。
「わかりました」
「しばらくは身体を休めてちょうだい」
深々と身体を折って礼を述べた。
「ありがとうございます」
話しは終わった筈なのに朱郁に去る気配がない。
「どうしたの、何か言い忘れたことでもあるの」
「はい」と朱郁が背筋を伸ばした。
「マリリン殿のことです。この先、如何なさいますか」
「如何とは」
「何時まで留め置かれるのか、と思いまして」
朱郁がマリリンを警戒していることは知っていた。
「嫌いですか」
「そういう分けでは」
「もう暫くはこのままで」
朱郁は苦虫を潰したような顔をして頷いた。
「分かりました。
それではもう一つ。
これはマリリン殿には責任のない事なのですが、
マリリン殿を一目見たいと申す者達が熱を帯びてまいりました」
懸念していたことだ。
原因は一つしかない。
「神樹から剣が降って来たからよね」
「はい、そうです。
これまでは控え目に、神樹の使わした者、とだけ申していたのですが、
このところ、マリリン殿が街中を陶兄妹や侍女の宋純を連れて歩くと、
それを遠くから拝む者が散見されるようになりました。
マリリン様、マリリン様と。
邑外から来る者も少しずつですが増えています」
「この手の話しは直ぐに拡がるのよね」
「はい。
しかし拙いことに私共を含め大勢が目撃しているので、打ち消しようがありません」
「そうよね。邑の兵達まで目撃しているのよね。
私は見ていないけど。
・・・。
それでどういう評判なの」
朱郁は真面目な顔で答えた。
「色々な表現はありますが、一言でいうなら神様扱いです」
桂英は頭を抱えたくなった。
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・・・。
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