朝の忙しなさが一段落したところで、
赤劉家の主立った者達が館本邸の庭先に現れた。
劉桂英と醇包は当然ながら、孫娘の麗華を含む方術修行中の姫五人、
館敷地内に居住する分家や家臣の手空きの者達も招かれていた。
既に朱郁の設営により、広い空き地のような一角に陣幕が張り巡らされていた。
その内側に主立った者達の座席が用意されていたが、それだけでは足りなかった。
招いた分けではないが、女子供が詰めかけたのだ。
朱郁が桂英の前に片膝ついて、問う。
「小煩い奴等を如何いたしますか。
なんなら追い払いますが」と女子供達を横目で見た。
桂英は女子供達の目当てがマリリンにあると承知していた。
「神樹の使わした者」との評判もだが、それ以上に姿形、振る舞いが興味の的なのだ。
この田舎とは無縁の整った容貌は、女かと見紛ってしまう。
そして会話すれば穏やか。人当たりが良い。
髪を伸ばして女装させれば後宮にも入れるだろう。
今日は、そんな彼の武芸が見られる機会。
逃せる分けがない。
「邪魔にならぬなら許しましょう」
「それでは端の方に敷物を用意させます」
すぐさま朱郁は自家の家臣を呼び寄せ、指示を下した。
離れようとした朱郁に醇包が問う。
「お前はこの仕合をどう見る」
「どうと聞かれましても。
まず私は関羽殿の力量を知りません。
あの身体から判断するに、かなりの腕力だとは思いますが」
「そうだな。確かに腕力がありそうだ。
あの体躯で真上から太刀を振り下ろされたら、と思うだけで怖い。
・・・。
マリリン殿は如何見る。
このところ散歩に動き回る様子を観察したが、足運び、目配りに付け入る隙がなかった」
「私も観察した事がありまして、そう感じました。
それに昨夜ですが、この庭先で棍を振り回しておられました。
その時の様子から察するに、記憶は無くしても、身体が棍を覚えているのでは、と」
「関羽殿に、洛陽の武を教えてくれと挑んだ時も唐突だったな。
あれも身体が、本能が覚えていると理解すれば、納得がゆく。
強い奴と見れば突っかけたくなる。
見かけによらず無鉄砲な性格なのかも知れないな」
桂英は二人の会話を聞きながら、自分の頭の中にある関羽とマリリンに肉付けをした。
まだ青年ながら、並外れた体躯を活かす為に顎髭、頬髭で威圧感を増している関羽。
これに力量が備わっていれば怖いものなしだろう。
長身ながら柔らかそうな体躯のマリリン。
じっさい裸体を見たが、肉付きは鍛えた筋肉質ではなかった。
だからといって侮れない。
見かけだけの筋肉もあれば、柔らかくても実戦向きの肉付きもある。
必要とする時だけ、必要とする箇所が筋肉として最大の力を発揮するのだ。
マリリンの身体が棍を覚えているとすれば、その可能性が高い。
それもだが、マリリンの体内に潜むモノの正体が今もって気に掛かる。
マリリンを拾ってきた麗華の証言もあった。
現れたのは、あの夜だけだったが、マリリンに宿っているのは確かだろう。
害意も悪意も感じ取れなかった。
だからといって聖なるモノでもなかった。
とにかく、桂英達の方術から発せられる気の質とは異種だが、強烈なモノであった。
それが今日、この仕合を切っ掛けにして再び現れないだろうか。
気懸かりだし、一方では待ち望む気持ちもあり、相反する感情で揺れ動いていた。
陣幕内が静まるのを待っていたかのように、マリリンと関羽が現れた。
朱家の家臣の先導で、マリリンは右手から。関羽は左手から。
それぞれが好みの太さ、長さの棍を片手に陣幕内の中央に歩み寄った。
マリリンに黄色い声援が飛ぶ。
女子供という者は正直過ぎて場の雰囲気を壊してしまう。
これが決闘であれば、それらの者達を叩き出すのだが、今回は大目に見ることにした。
マリリンは、黄色い声援など届いていないかのような、
静まった湖面を思わせる表情をしていた。
いつもの人当たりの良さはどこへやら。
獲物を狙う鋭い目で関羽を見据えていた。
長身ではあるが、関羽に比べると貧弱と表現しても良いような体躯である。
森の中で大きな熊に出会ってしまった少年に見えてしまう。
猟師でも関羽を一目見ただけで脱兎の如く逃げ出すだろう。
なのにマリリンは全く気後れしていない。
その依って立つ自信はどこから湧くのか。
桂英は心の中で首を傾げた。
「マリリンの本質はどこにあるのか」と。
対する関羽は泰然自若としていた。
戦いそのものに飽いているのか、相手を見下しているのか。
熱が全く感じ取れない。
醇包が立ち上がって両者の間に入った。
「防具は」と双方に問う。
二人とも防具をしていない。
「私は動きが鈍るので不要です」とマリリン。
「私も」と関羽。
苦笑いしながら醇包が通告した。
「それなら頭への攻撃は禁止する。いいな」
両者は桂英に一礼し、互いに一礼を交わすと左右に飛んだ。
子鹿のような軽やかさのマリリン。
重さを感じさせない大きな熊の関羽。
双方が棍を構えた。
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赤劉家の主立った者達が館本邸の庭先に現れた。
劉桂英と醇包は当然ながら、孫娘の麗華を含む方術修行中の姫五人、
館敷地内に居住する分家や家臣の手空きの者達も招かれていた。
既に朱郁の設営により、広い空き地のような一角に陣幕が張り巡らされていた。
その内側に主立った者達の座席が用意されていたが、それだけでは足りなかった。
招いた分けではないが、女子供が詰めかけたのだ。
朱郁が桂英の前に片膝ついて、問う。
「小煩い奴等を如何いたしますか。
なんなら追い払いますが」と女子供達を横目で見た。
桂英は女子供達の目当てがマリリンにあると承知していた。
「神樹の使わした者」との評判もだが、それ以上に姿形、振る舞いが興味の的なのだ。
この田舎とは無縁の整った容貌は、女かと見紛ってしまう。
そして会話すれば穏やか。人当たりが良い。
髪を伸ばして女装させれば後宮にも入れるだろう。
今日は、そんな彼の武芸が見られる機会。
逃せる分けがない。
「邪魔にならぬなら許しましょう」
「それでは端の方に敷物を用意させます」
すぐさま朱郁は自家の家臣を呼び寄せ、指示を下した。
離れようとした朱郁に醇包が問う。
「お前はこの仕合をどう見る」
「どうと聞かれましても。
まず私は関羽殿の力量を知りません。
あの身体から判断するに、かなりの腕力だとは思いますが」
「そうだな。確かに腕力がありそうだ。
あの体躯で真上から太刀を振り下ろされたら、と思うだけで怖い。
・・・。
マリリン殿は如何見る。
このところ散歩に動き回る様子を観察したが、足運び、目配りに付け入る隙がなかった」
「私も観察した事がありまして、そう感じました。
それに昨夜ですが、この庭先で棍を振り回しておられました。
その時の様子から察するに、記憶は無くしても、身体が棍を覚えているのでは、と」
「関羽殿に、洛陽の武を教えてくれと挑んだ時も唐突だったな。
あれも身体が、本能が覚えていると理解すれば、納得がゆく。
強い奴と見れば突っかけたくなる。
見かけによらず無鉄砲な性格なのかも知れないな」
桂英は二人の会話を聞きながら、自分の頭の中にある関羽とマリリンに肉付けをした。
まだ青年ながら、並外れた体躯を活かす為に顎髭、頬髭で威圧感を増している関羽。
これに力量が備わっていれば怖いものなしだろう。
長身ながら柔らかそうな体躯のマリリン。
じっさい裸体を見たが、肉付きは鍛えた筋肉質ではなかった。
だからといって侮れない。
見かけだけの筋肉もあれば、柔らかくても実戦向きの肉付きもある。
必要とする時だけ、必要とする箇所が筋肉として最大の力を発揮するのだ。
マリリンの身体が棍を覚えているとすれば、その可能性が高い。
それもだが、マリリンの体内に潜むモノの正体が今もって気に掛かる。
マリリンを拾ってきた麗華の証言もあった。
現れたのは、あの夜だけだったが、マリリンに宿っているのは確かだろう。
害意も悪意も感じ取れなかった。
だからといって聖なるモノでもなかった。
とにかく、桂英達の方術から発せられる気の質とは異種だが、強烈なモノであった。
それが今日、この仕合を切っ掛けにして再び現れないだろうか。
気懸かりだし、一方では待ち望む気持ちもあり、相反する感情で揺れ動いていた。
陣幕内が静まるのを待っていたかのように、マリリンと関羽が現れた。
朱家の家臣の先導で、マリリンは右手から。関羽は左手から。
それぞれが好みの太さ、長さの棍を片手に陣幕内の中央に歩み寄った。
マリリンに黄色い声援が飛ぶ。
女子供という者は正直過ぎて場の雰囲気を壊してしまう。
これが決闘であれば、それらの者達を叩き出すのだが、今回は大目に見ることにした。
マリリンは、黄色い声援など届いていないかのような、
静まった湖面を思わせる表情をしていた。
いつもの人当たりの良さはどこへやら。
獲物を狙う鋭い目で関羽を見据えていた。
長身ではあるが、関羽に比べると貧弱と表現しても良いような体躯である。
森の中で大きな熊に出会ってしまった少年に見えてしまう。
猟師でも関羽を一目見ただけで脱兎の如く逃げ出すだろう。
なのにマリリンは全く気後れしていない。
その依って立つ自信はどこから湧くのか。
桂英は心の中で首を傾げた。
「マリリンの本質はどこにあるのか」と。
対する関羽は泰然自若としていた。
戦いそのものに飽いているのか、相手を見下しているのか。
熱が全く感じ取れない。
醇包が立ち上がって両者の間に入った。
「防具は」と双方に問う。
二人とも防具をしていない。
「私は動きが鈍るので不要です」とマリリン。
「私も」と関羽。
苦笑いしながら醇包が通告した。
「それなら頭への攻撃は禁止する。いいな」
両者は桂英に一礼し、互いに一礼を交わすと左右に飛んだ。
子鹿のような軽やかさのマリリン。
重さを感じさせない大きな熊の関羽。
双方が棍を構えた。
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