マリリンと関羽の立ち会いは明日の朝と決まった。
立会人は劉桂英と醇包の二人。
互いの武器は棍。
場所は館本邸の庭先。
マリリンは軽い気持ちで自分の武技が関羽に通じるかどうか、
試したかっただけなのだが何故か、居合わせた者達が盛り上がってしまった。
醇包にいたっては、「どちらが勝っても遺恨は残さないこと」とまで言う始末。
棍で立ち会うだけで、命の遣り取りをする分けではない。
単に棍による会話だ。
とはいうものの、心の片隅に、「関羽に勝ちたい」という気持ちがあるのも事実。
「平成に生まれて関羽と立ち会えるのは僥倖。それを活かさなくてどうする」
と自分に活を入れた。
マリリンは夜のうちに棍に慣れようと、醇包より棍を借り受け、館本邸の庭先に出た。
夜稽古には打ってつけの植樹のない広々とした場所を見つけた。
月明かりを背に、その中央に立った。
祖父より習い覚えたのは剣道だけではない。
榊家に伝わる判官流には棒術もあり、それもそれなりに教授されていた。
棍術と棒術に大きな違いはない。
日本では棒術。
中国では棍術。
合わせると棍棒の術。
記憶を頼りに棍を扱う。
まずは借りた棍の感触に慣れることが肝要と、出鱈目気味に前後左右に振り回した。
棍の手触り、重さ、長さ、バランスを感じ取るのに、たいして時間は要さない。
棍に慣れたので次は棒術で習い覚えた形稽古を始めた。
ボクシングで言うところのシャドーボクシングだ。
一人、あるいは複数の敵を想定し、正しい動作で戦いを演じる。
仮想敵と戦いながら技術の所作、趣旨を理解確認する。
幾つもの演武の形を知っている分けではない。
剣道が主で、棒術等は補助的に教えられたにすぎないので、
キチンとマスターしているのは三つだけ。
教えてくれた祖父が、
「形を沢山覚えれば良いという分けではない。
大切なのは形の意味を理解し、血肉とすることだ」
と言い、主要な三つの形のみを伝授してくれた。
その三つの形稽古を丁寧に繰り返した。
記憶を頼りに、身体に深く染み込ませようと。
一つ一つの動作にも意味がある。
ゆっくり動く箇所。
普通に動く箇所。
目にも留まらぬ速さで動く箇所。緩急も要諦の一つ。
そして動きの中に含みもある。隠し技だ。
隠したままで演じる事はないのだが、知っていて困る事はない。
加えて、呼吸。吸う箇所、吐く箇所。
さらに足運び。
それでも一つの形を済ませるのに三分から五分ほどは掛かる。
軽く汗ばんだところで形稽古を切り上げようとした。
その時、自分を見ている視線に気付いた。
殺気も悪気も感じ取れない。
そちらをゆっくりと振り向いた。
月明かりに朱郁が身を晒していた。
彼女は劉麗華の守り役なので顔を見知っていたが、親しく話した事はない。
「どうしたのですか」とマリリンは声をかけた。
朱郁が二歩、三歩と前に出て来た。
「当主様に呼ばれた帰りです」
「もしかすると、明日の朝のことですか」
「ええ、場所の設営を任されました」
マリリンは足下を見た。
「ここにするの」
「ええ、ここなら広さが充分ですからね」
「見物人も入れるのかな」
「いいえ、立ち入り禁止にします。煩いのは駄目だそうです」
「それは良かった。気が散らずにすむ」
朱郁が疑問を口にした。
「今のは棍の練武とは分かるのですが、珍しい動きですよね。
どこの国の武芸なのですか」
拙いところを見られてしまった。
「明日に備えて身体を練っているだけです」と答えるしかなかった。
これで誤魔化せるだろうか。
朱郁が不審顔で、「そうでしたか」と。
深く追求せずに、軽く会釈して立ち去った。
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立会人は劉桂英と醇包の二人。
互いの武器は棍。
場所は館本邸の庭先。
マリリンは軽い気持ちで自分の武技が関羽に通じるかどうか、
試したかっただけなのだが何故か、居合わせた者達が盛り上がってしまった。
醇包にいたっては、「どちらが勝っても遺恨は残さないこと」とまで言う始末。
棍で立ち会うだけで、命の遣り取りをする分けではない。
単に棍による会話だ。
とはいうものの、心の片隅に、「関羽に勝ちたい」という気持ちがあるのも事実。
「平成に生まれて関羽と立ち会えるのは僥倖。それを活かさなくてどうする」
と自分に活を入れた。
マリリンは夜のうちに棍に慣れようと、醇包より棍を借り受け、館本邸の庭先に出た。
夜稽古には打ってつけの植樹のない広々とした場所を見つけた。
月明かりを背に、その中央に立った。
祖父より習い覚えたのは剣道だけではない。
榊家に伝わる判官流には棒術もあり、それもそれなりに教授されていた。
棍術と棒術に大きな違いはない。
日本では棒術。
中国では棍術。
合わせると棍棒の術。
記憶を頼りに棍を扱う。
まずは借りた棍の感触に慣れることが肝要と、出鱈目気味に前後左右に振り回した。
棍の手触り、重さ、長さ、バランスを感じ取るのに、たいして時間は要さない。
棍に慣れたので次は棒術で習い覚えた形稽古を始めた。
ボクシングで言うところのシャドーボクシングだ。
一人、あるいは複数の敵を想定し、正しい動作で戦いを演じる。
仮想敵と戦いながら技術の所作、趣旨を理解確認する。
幾つもの演武の形を知っている分けではない。
剣道が主で、棒術等は補助的に教えられたにすぎないので、
キチンとマスターしているのは三つだけ。
教えてくれた祖父が、
「形を沢山覚えれば良いという分けではない。
大切なのは形の意味を理解し、血肉とすることだ」
と言い、主要な三つの形のみを伝授してくれた。
その三つの形稽古を丁寧に繰り返した。
記憶を頼りに、身体に深く染み込ませようと。
一つ一つの動作にも意味がある。
ゆっくり動く箇所。
普通に動く箇所。
目にも留まらぬ速さで動く箇所。緩急も要諦の一つ。
そして動きの中に含みもある。隠し技だ。
隠したままで演じる事はないのだが、知っていて困る事はない。
加えて、呼吸。吸う箇所、吐く箇所。
さらに足運び。
それでも一つの形を済ませるのに三分から五分ほどは掛かる。
軽く汗ばんだところで形稽古を切り上げようとした。
その時、自分を見ている視線に気付いた。
殺気も悪気も感じ取れない。
そちらをゆっくりと振り向いた。
月明かりに朱郁が身を晒していた。
彼女は劉麗華の守り役なので顔を見知っていたが、親しく話した事はない。
「どうしたのですか」とマリリンは声をかけた。
朱郁が二歩、三歩と前に出て来た。
「当主様に呼ばれた帰りです」
「もしかすると、明日の朝のことですか」
「ええ、場所の設営を任されました」
マリリンは足下を見た。
「ここにするの」
「ええ、ここなら広さが充分ですからね」
「見物人も入れるのかな」
「いいえ、立ち入り禁止にします。煩いのは駄目だそうです」
「それは良かった。気が散らずにすむ」
朱郁が疑問を口にした。
「今のは棍の練武とは分かるのですが、珍しい動きですよね。
どこの国の武芸なのですか」
拙いところを見られてしまった。
「明日に備えて身体を練っているだけです」と答えるしかなかった。
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朱郁が不審顔で、「そうでしたか」と。
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