マリリンは自分の耳を疑った。
確かに、「洛陽から来た関羽」と聞こえた。
三国志に詳しいマリリンは関羽が若い頃、洛陽に出仕していた事は知っていた。
驚きを隠しつ、目の前の関羽とやらをジッと見定めた。
熊の如き体躯に、立派な顎髭、頬髭。
洛陽出仕と体躯、容貌から判断するに、あの関羽に違いない。
この劉家の夕食は当主夫妻と、姫と呼ばれる五人の娘達が顔を揃えるのだが、
マリリンが起き上がれるようになってからは、何故か、マリリンも加えられるようになった。
その分けは隣席となった醇包の顔色から、
「食事の席に同性が欲しかっただけなのだろう」と察した。
実際そのようで、関羽が加わり、醇包はますます機嫌が良いように見受けられた。
その醇包の勧めで関羽が洛陽の朝廷の様子を話した。
それによると、
通常、皇帝を頂点とする帝政は、
貴族、豪族等の集合体である官僚組織が皇帝の決裁を仰いで全土を統治するのだが、
現在の朝廷では、皇帝と官僚組織の間に宦官達が介在し、
皇帝の権威を利用した宦官集団が帝政を牛耳っているのだそうだ。
当初、去勢されて宦官となった者は、皇帝の私的な使用人として、
皇帝の身の回りの世話や、後宮を取り仕切るのが本来の仕事であったのだが、
それが何時の間にか皇帝の代理人的な立場を得てしまい、
表舞台の政治に深く関与するようになっていた。
これ全て宦官の企みではない。
本来の官僚組織の地位低下は、官僚組織自身が作ったもの。
大臣とかの重職に登用された者達が、公職にあるにも関わらず公務を蔑ろにし、
自分や血族の利益ばかりを図る行為が横行するようになり、
治世の根幹に揺らぎが生じたのだ。
さらに著しい者は帝位を窺い、簒奪も企てた。
実際、前漢は簒奪により滅亡した。
簒奪までは行かなくても、次代の皇帝擁立に力を行使しようとする者も多く、
官僚組織は皇帝にとっては諸刃の剣でもあった。
秦帝国の崩壊が皇位継承にあったのは周知の事実。
始皇帝の跡目を、長子が処刑されずに、すんなり帝位を継いでいれば、
秦の滅亡はなかったのかも知れない。
そこで自然、皇帝は去勢された宦官達を利用するようになった。
彼等は去勢された事により子供を作れぬ身になったので、
皇帝の後ろ盾なくば生きてゆけず、
皇帝に忠誠を尽くして、身を粉にして働く以外に生きる道はなかった。
「そこに皇帝が付け込んだ」と言えるし、「そこに宦官達が付け込んだ」とも言え、
どちらが先に付け込んだのかは分からないが、両者の利害が合致したのは確か。
勿論、宦官達も人間であるので欲に染まり、賄賂を取り蓄財に励む者もいるのだが、
それでも皇帝にとっては宦官達の悪は、旧来の官僚組織の悪に比べると遙かに小さく、許せる範囲でもあった。
このところ洛陽では貴族、豪族等が宦官から権力を奪い返そうと必死になり、
あらゆるところに働きかけていた。
しかし宦官達は子を成せないまでも、縁者や養子等を官僚組織に在籍させており、
彼等の抵抗で官僚組織自体が紛糾する始末。
宦官の中には表舞台に登場し、武官、文官として名を連ねる者達もいた。
将軍として兵を率いる者も。
とても一筋縄では行かない。
余波は末端で働く関羽達の現場にも下りてきた。
賄賂に裏切り、密告、弾劾、罷免、・・・。
関羽は、それらの事に嫌気が差して職を辞したのだ。
興味深く聞いていた姫の一人、麗華が問う。
「朝廷の先行きはどうなると思います」
「いずれ血を流さなくては収まらないでしょう」
「それはいつ頃と」
「継承問題が切っ掛けになるのでは、と思っています」
「その時、貴男は」
「その頃には、・・・」と関羽は言い淀む。
桂英が割って入った。
「まだ先の話よ。
それより関羽殿、暫くはこの館で骨休めなさい。
そしてみんなに洛陽の話をもっと聞かせて下さい」
関羽が大きな身体で畏まった。
「はい、喜んで承ります」
マリリンは自分の言葉を疑った。
知らず知らずのうちに関羽に、
「洛陽の武を教えて頂けませんか」と口走っていた。
関羽だけでなく、みんなの視線がマリリンに集中した。
食事どころではなくなった。
桂英のいる前での語り掛けを控えているヒイラギも驚いた。
「何を考えているんだ」
男の身体になってからというもの、何かと調子が狂う事が多かった。
今の発言もそれなのだろうか。
如何なる考えに基づくものなのか、当の本人にも分からない。
「毬子からマリリンという別人格になった」と理解するしかない。
女の身体の時も活発だとは思っていたが、今や無鉄砲の域に達しようとしていた。
あの伝説の関羽に武で挑むとは。
ヒイラギが、「考えてから喋れ」と怒鳴る。
一旦、口にしたからには反故には出来ない。
関羽の視線をグッと受け止めた。
関羽がマリリンの視線を外し、桂英の方を見た。
「どうします。マリリン殿は病み上がりと聞いていましたが」
桂英が醇包と顔を見合わせた。
それだけで意思疎通が図れたようで、醇包がマリリンに問う。
「得物は」
「私の背丈ほどの棍があれば間に合います」
醇包が関羽に問う。
「如何かな」
「それでは私も棍で」
ヒイラギの機嫌が直っていた。
「何時の間にか身体に合わせて、根性も男になっていたんだな。
関羽と知って挑むとは上出来だ。
負けそうになったらいつでも代わってやるぞ」
ヒイラギも目の前の関羽に興味を持ったらしい。
関羽の羽は項羽の羽と同じ。
関羽の親が、項羽のような将軍に育つようにと願って名付けたのかも知れない。
背丈も、無敵な伝説も殆ど同じ。
だからと言ってヒイラギに勝負を譲るつもりはない。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)

確かに、「洛陽から来た関羽」と聞こえた。
三国志に詳しいマリリンは関羽が若い頃、洛陽に出仕していた事は知っていた。
驚きを隠しつ、目の前の関羽とやらをジッと見定めた。
熊の如き体躯に、立派な顎髭、頬髭。
洛陽出仕と体躯、容貌から判断するに、あの関羽に違いない。
この劉家の夕食は当主夫妻と、姫と呼ばれる五人の娘達が顔を揃えるのだが、
マリリンが起き上がれるようになってからは、何故か、マリリンも加えられるようになった。
その分けは隣席となった醇包の顔色から、
「食事の席に同性が欲しかっただけなのだろう」と察した。
実際そのようで、関羽が加わり、醇包はますます機嫌が良いように見受けられた。
その醇包の勧めで関羽が洛陽の朝廷の様子を話した。
それによると、
通常、皇帝を頂点とする帝政は、
貴族、豪族等の集合体である官僚組織が皇帝の決裁を仰いで全土を統治するのだが、
現在の朝廷では、皇帝と官僚組織の間に宦官達が介在し、
皇帝の権威を利用した宦官集団が帝政を牛耳っているのだそうだ。
当初、去勢されて宦官となった者は、皇帝の私的な使用人として、
皇帝の身の回りの世話や、後宮を取り仕切るのが本来の仕事であったのだが、
それが何時の間にか皇帝の代理人的な立場を得てしまい、
表舞台の政治に深く関与するようになっていた。
これ全て宦官の企みではない。
本来の官僚組織の地位低下は、官僚組織自身が作ったもの。
大臣とかの重職に登用された者達が、公職にあるにも関わらず公務を蔑ろにし、
自分や血族の利益ばかりを図る行為が横行するようになり、
治世の根幹に揺らぎが生じたのだ。
さらに著しい者は帝位を窺い、簒奪も企てた。
実際、前漢は簒奪により滅亡した。
簒奪までは行かなくても、次代の皇帝擁立に力を行使しようとする者も多く、
官僚組織は皇帝にとっては諸刃の剣でもあった。
秦帝国の崩壊が皇位継承にあったのは周知の事実。
始皇帝の跡目を、長子が処刑されずに、すんなり帝位を継いでいれば、
秦の滅亡はなかったのかも知れない。
そこで自然、皇帝は去勢された宦官達を利用するようになった。
彼等は去勢された事により子供を作れぬ身になったので、
皇帝の後ろ盾なくば生きてゆけず、
皇帝に忠誠を尽くして、身を粉にして働く以外に生きる道はなかった。
「そこに皇帝が付け込んだ」と言えるし、「そこに宦官達が付け込んだ」とも言え、
どちらが先に付け込んだのかは分からないが、両者の利害が合致したのは確か。
勿論、宦官達も人間であるので欲に染まり、賄賂を取り蓄財に励む者もいるのだが、
それでも皇帝にとっては宦官達の悪は、旧来の官僚組織の悪に比べると遙かに小さく、許せる範囲でもあった。
このところ洛陽では貴族、豪族等が宦官から権力を奪い返そうと必死になり、
あらゆるところに働きかけていた。
しかし宦官達は子を成せないまでも、縁者や養子等を官僚組織に在籍させており、
彼等の抵抗で官僚組織自体が紛糾する始末。
宦官の中には表舞台に登場し、武官、文官として名を連ねる者達もいた。
将軍として兵を率いる者も。
とても一筋縄では行かない。
余波は末端で働く関羽達の現場にも下りてきた。
賄賂に裏切り、密告、弾劾、罷免、・・・。
関羽は、それらの事に嫌気が差して職を辞したのだ。
興味深く聞いていた姫の一人、麗華が問う。
「朝廷の先行きはどうなると思います」
「いずれ血を流さなくては収まらないでしょう」
「それはいつ頃と」
「継承問題が切っ掛けになるのでは、と思っています」
「その時、貴男は」
「その頃には、・・・」と関羽は言い淀む。
桂英が割って入った。
「まだ先の話よ。
それより関羽殿、暫くはこの館で骨休めなさい。
そしてみんなに洛陽の話をもっと聞かせて下さい」
関羽が大きな身体で畏まった。
「はい、喜んで承ります」
マリリンは自分の言葉を疑った。
知らず知らずのうちに関羽に、
「洛陽の武を教えて頂けませんか」と口走っていた。
関羽だけでなく、みんなの視線がマリリンに集中した。
食事どころではなくなった。
桂英のいる前での語り掛けを控えているヒイラギも驚いた。
「何を考えているんだ」
男の身体になってからというもの、何かと調子が狂う事が多かった。
今の発言もそれなのだろうか。
如何なる考えに基づくものなのか、当の本人にも分からない。
「毬子からマリリンという別人格になった」と理解するしかない。
女の身体の時も活発だとは思っていたが、今や無鉄砲の域に達しようとしていた。
あの伝説の関羽に武で挑むとは。
ヒイラギが、「考えてから喋れ」と怒鳴る。
一旦、口にしたからには反故には出来ない。
関羽の視線をグッと受け止めた。
関羽がマリリンの視線を外し、桂英の方を見た。
「どうします。マリリン殿は病み上がりと聞いていましたが」
桂英が醇包と顔を見合わせた。
それだけで意思疎通が図れたようで、醇包がマリリンに問う。
「得物は」
「私の背丈ほどの棍があれば間に合います」
醇包が関羽に問う。
「如何かな」
「それでは私も棍で」
ヒイラギの機嫌が直っていた。
「何時の間にか身体に合わせて、根性も男になっていたんだな。
関羽と知って挑むとは上出来だ。
負けそうになったらいつでも代わってやるぞ」
ヒイラギも目の前の関羽に興味を持ったらしい。
関羽の羽は項羽の羽と同じ。
関羽の親が、項羽のような将軍に育つようにと願って名付けたのかも知れない。
背丈も、無敵な伝説も殆ど同じ。
だからと言ってヒイラギに勝負を譲るつもりはない。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)

