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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)13

2024-02-18 10:00:00 | Weblog
「ここで何をしておる」
 荒げた物言いで、恰幅の良い男が本営に入って来た。
供回りは六名、それらは近衛の制服。
恰幅の良い男は貴族の装い。
男の態度から推し量ると近衛の文官、それも高位の。
これは、・・・誰っ。
俺を手伝ってくれている侍従からの耳打ち。
「近衛の長官です」
 ほほう。
近衛の最高位にあるのは二名。
文官の頂点である長官。
武官の頂点である元帥。
その二頭体制で近衛軍を動かしていた。
国軍、奉行所共に同様の体制。
これは武力を持つ組織の共通の、制御する為の仕組みとも言えた。

 俺は長官を手招きした。
「こちらへどうぞ、僕が説明します。
・・・。
僕はダンタルニャン佐藤伯爵です。
今回、王妃様から口頭で、イヴ様の警護を命ぜられました。
本来ならイヴ様の警護だけで、この様な事には関わりません。
ところが、管領がイヴ様を取り押さえようとした。
これは異常事態、いえ、非常事態とも言えます。
にも関わらず、近衛も国軍も動きがない。
おかしいですよね。
そこで僕がお節介を焼いている訳です」

 俺は手で椅子を指し示したのだが、長官は鼻息が荒い。
着席を拒否し、上から俺を見下ろした。
「子供がふざけるな、直ちにここを解散しろ。
王宮を含めた内郭は近衛の管轄だ、我等が受け持つ」
 長官は言い終えると僕を睨み付けた。
僕は相手には合わせない。
優しい物言いを心掛けた。
「管領の暴走を傍観していた貴方方には任せられません。
信用がならないのです。
早い話、管領に協力したのではないか、そう思っています。
理解して頂けたら直ちにお引き取りを。
・・・。
王妃様が帰られたら呼び出しがあるでしょう。
それまでは謹慎していて頂きたいのですが」

 長官の供回りの者達の表情が変わった。
自覚しているようだ。
俺や長官から視線を逸らした。
しかし、長官は違った。
テーブルに両手をつき、俺を威嚇した。
「貴様、何様のつもりだ」
「はあ、俺様ですが、何か」
 長官が真っ赤になってテーブルを叩いた。
バンッ。
「ふざけるな」と。
 ついでに額の血管が破れれば良かったのに。
惜しい。

 遅れて、俺を手伝っている者達の多くが咳込む。
肩が激しく揺れ動き、書き物の手が止まった。
笑いを堪えているとしか思えない。
何が・・・、どこが受けたのだろう。
 それはそれとして、俺は長官への対処法を考えた。
俺を手伝っている武官達は近衛に所属する者達。
彼等には荷が重いだろう。
となると、・・・。

 俺はうちの護衛に命じた。
「この男を捕えろ。
抵抗すれば怪我させても構わん。
間違えて殺しても、それはそれで仕方ない。
この程度ならお替わりは幾人も居る」
「「「はい」」」
 良い返事だ。
躊躇いがない。
俺の背後に控えていた三名が一斉に動いた。 

 うちの執事長、ダンカンが薦めた屋敷詰めの騎士三名。
ユアン、ジュード、オーランド。
普段の訓練の様子は見知っていたが、実戦でも中々のもの。
隙のない立ち回りを見せた。
指示役はユアン。
「ジュードは供回りを牽制。
オーランドは長官を捕えろ。
俺は控えに回る」
 ジュードが腰の長剣を抜いて、長官の供回りの者達に剣先を向けた。
彼等を剣先と視線で牽制した。
警告も忘れない。
「邪魔すれば斬る」

 オーランドが素手で長官に立ち向かった。
長官は文官ではあるが、武芸は貴族としての嗜み。
平民に比べれば、ある程度は動けた。
腰の長剣を抜こうと、手を伸ばした。
 それを見たオーランドだが、恐れる様子は微塵もない。
懐に飛び込んでショルダーアタック。
勢いのままに頭突き。
長剣を抜く暇を与えない。
面食らう長官の顎に、腰を綺麗に回転させて肘打ち。
極まった。
長官はその場に崩れ落ちた。
気絶のようだが、オーランドは容赦がない。
身体に蹴りを入れて転がし、俯せの頭を踏み付けた。

 控えのユアンは、長官とその供回りの者達、その双方を視界に入れ、
長剣を抜いて遊撃として備えた。
が、機会は巡って来なかった。
残念感一杯で、オーランドに指示した。
「身柄を確保しろ」

 俺は三名に命じた。
「ここには生憎、貴族用の牢がない。
代用として表の庭木をそれとする。
表の庭木に縛り付けろ。
出来るだけ太い庭木だ。
失礼のない様にな」
 口からすらすら出た。
意味が分からない。
たぶん、疲れもあるのだろう。
俺は俺が怖い。
額に手を当てた。
そんな俺を見兼ねたのか、
控えていた執事のスチュアートに言われた。
「少々お休みになっては」
 周りの者達の俺に注ぐ目色も似た様なもの。
残念だが、俺は頑張り過ぎたようだ。
でも休む前に、決着を付けよう。

 俺は気を取り直した。
表に運び出される長官を余所眼に、長官の供回りの者達を見回した。
彼等は大人しいもの。
職分で長官に従っているだけなのだろう。
そんな彼等に尋ねた。
「君達のうちで最も上位の者は」
 互いに顔を見合わせた。
そして、結果として一人に視線が集中した。
武官上がりの様な厳つい顔と体躯。
その者が口にした。
「階級は少将です。
長官に執務室の取り纏めを命ぜられています」
「それでは君を臨時で、長官代理に任命する。
これより近衛全体を取り纏めて欲しい」
 周りの大人達は理解が早い。
指示なしでもテキパキと仕事をした。
任命書を発行し、彼の補佐として、侍従の一人を付けた。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)12

2024-02-11 09:35:41 | Weblog
 小隊は五十名編成。
ところが庭園を包囲しているのは、それよりも遥かに多い。
中尉に尋ねると、ボルビンが近衛軍から五個小隊を抽出したという。
おそらく不服従を懸念し、連携せぬように図ったのだろう。
失敗したので徒労に終わった訳だが、俺様的には丁度いい数だ。
 俺は全小隊長を呼び寄せ、イヴ様への忠誠を確認した。
ボルビンが消えた今、敢えて反抗する者はいない。
というか、互いに顔を見合わせ、雰囲気に迎合した。
そう、忖度。
全員が忠誠を誓った。

 俺は中尉五名に大まかに指示した。
一個小隊をイヴ様の警護の為にここへ残し、
残りの四個小隊にはそれぞれ仕事を割り振った。
王宮本館と別館の制圧、拘束された者達の解放、死傷者の搬出と治療、
そして関係各所への告知と情報交換。
やることが山盛り。
非常事態なので彼等に自由裁量権を与えた。
人手が足りないので、それを補う方策もだ。
「各部署に必要な人材提供を要請しろ。
確とした言がない部署は、命令系統を素っ飛ばして、
個々人を引き抜け。
ボルビンの手法を真似ても構わない」

 素人の俺が細かく口出しするより、
大まかな指示の方が彼等が快く働いてくれる、そう信じた。
武器は武器屋と言う。
パンはパン屋とも。
たぶん、大丈夫。
責任は俺が取る、だからしっかり働いてくれ。
念押しした。
「責任の所在を明確にする。
全て僕が負う。
その上で大事な点を説明する。
ここでの今までの遣り取りもだけど、これからの全てを記録して欲しい。
交渉の際は必ず書記を置いて、自分達の言動と、
相手方の言動を余すところなく文字化すること。
その際の対応は二つ。
不服従は放置。
抵抗する意志を示した場合は是非もなし。
その場の判断で無力化すること。
非常時なので殺しても差し支え無し。
以上。
これは君達の立場を守る為だ、そこを理解して貰えたら嬉しいかな」

 まず別館を制圧した。
敵は同じ近衛であった為に説得に応じたそうで、
流血の事態は避けられた。
エリスの率いていた男性騎士二十名が解放され、
複雑そうな表情でこちらに合流した。
エリスが彼等を慰めた。
「気にするな。
同僚の部隊に拘束されるとは誰も思わない」
 その通りなのだ。
同僚の部隊まで疑っていたら、きりがない。
俺もエリスの言葉に同意した。
「不可抗力だ、忘れろ。
さあ、気を取り直してイヴ様警護に専念してくれ」

 うちの者達も解放された。
執事のスチュアート、メイド長のドリス、メイドのジューン。
そして護衛のユアン、ジュード、オーランドの三名。
こちらも反省しきり。
スチュアート達が揃って謝罪した。
「「「申し訳ございません」」」
「とにかく全員が無事で良かった。
無駄死を避けられて嬉しいよ」

 庭園に残した小隊が、目の前で本営設置に奔走していた。
自由裁量権を与えたのが効いたらしい。
思った以上の働きで、こちらの期待に応えてくれた。
庭園の真ん中に大型軍幕を五張り設置し、
新たに招集した近衛の土魔法使い達で、
土壁で周囲を囲む徹底した仕事振り。
 あっれれ、・・・、見守っているだけで完成した。
ここは戦場ではないんだけど、それは言わぬが花か。
土壁の入り口は一つだけ。
その入り口の大型軍幕が本営。
最奥の軍幕がイヴ様専用。
エリス中尉が俺に耳打ちした。
「みんな張り切ってますよ。
自由裁量権が与えられていますからね。
・・・。
普段はただのマリオネット。
上から命令されて動くだけ。
ところが伯爵様は違う。
自分が軍事の素人だと自覚している」
「褒めてるのかな」
「そうですよ」
「丸投げしてるだけなんだけどね」
 エリスが笑う。
「でも責任は負って下さるのでしょう」

 続けてもう一つの小隊が王宮本館を制圧した。
ボルビンに従っていた近衛部隊を説得し、
無血で支配下に置いたと報告が来た。
それを受けてもう一つの隊が拘束された者達を解放し、
死傷者の搬送と治療を開始するとも。
 五番目の小隊も大忙しだ。
限られた五十名という人員で、関係各所への告知と情報交換。
こちらの小隊は中尉一名、少尉五名、他は兵卒のみ。
対して相手方は、部局の責任者ともなると佐官か上級貴族。
彼等との面接の際に威力を発揮したのが、書記の存在。
その理由を説明すると、態度を一変させて大方が協力してくれたと。

 近くに人の耳がないのを確認したエリスが俺に問う。
「管領殿を始めとして幾人もが急に姿を消したけど、あれは」
「相手方の魔法じゃないかな。
たぶん、高度な魔法の遁走術。
例えば韋駄天とか、疾風、神走。
だから消えたように見えるんだ。
興味があるなら管領殿に直接尋ねた方が良いよ。
僕では魔法方面の力にはなれない。
商売方面なら力になれるんだけどね」
 エリスは疑問の眼差し。
それでも渋々感たっぷりに頷いた。
「ふ~ん、そういう事にして置くわ」
 全員が疑問に思っているだろう。
俺に。
それでも面と向かって尋ねる奴はいない。
例外は気安い間柄のエリスくらい。
ああ、爵位は助けにはなる、ほんとうに。

 王宮で拘束されていた者達のうち、数名が俺に面会を求めた。
亡くなった国王の侍従や秘書、女官として勤めていた者達だ。
侍従が二名、秘書が四名、女官三名。
断る理由はない。
本営に招いた。
彼等彼女等は自分達の事ではなく、王妃様やイヴ様を心配していた。
「つい先ほど、山陰道山陽道の双方へ使者を派遣したばかり。
王妃様からのご返答を遅くなると思う。
イヴ様はご無事です。
この本営の後方の軍幕にて休まれています。
会われたいのであれば、エリス中尉にお願いして下さい。
彼女が護衛騎士の筆頭です」
 彼等彼女等が納得したのを見て、俺は提案した。
「皆さん、拘束されてお疲れとは思いますが、
宜しければ僕を助けてくれませんか。
・・・。
非常事態なので取り敢えずは僕が仕切っています。
ところがご覧のように周りは近衛の武官、軍事の専門家ばかり。
しかも数が少ない。
そこで皆さま方にお願いしたい。
本営に加わり、事態収拾を手伝って頂きたい」

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)11

2024-02-04 09:05:59 | Weblog
 俺は鑑定と探知を重ね掛けした。
周辺を調べた。
見つけた、見つけた。
こっそりと庭園に侵入した者達がいた。
ボルビン佐々木侯爵一行は陽動で、庭師集団が本命らしい。
庭園の木陰や岩陰を利用し、こちらに迫っていた。
三十五名。
戦闘に適したスキル持ちばかり。
 となると・・・。
前方のボルビン佐々木侯爵一行に治癒魔法使いが三名いたはず。
察するに、イヴ様が怪我する事態を想定してのこと。
用意周到だが、ふざけるなと叫びたい。
幼児に怪我させる、これのどこに、正道があるんだ。

「下がるよ」
 俺はエリスを促し、後方へ下がった。
「どうしたの」
「話しは後で」
 ボルビンと庭師は、そんな俺達を気の毒そうに見送った。
もう手遅れだ、とでも言いたそう目色。
何とも余裕綽々ではないか。

 円陣に戻り、俺は真っ先に光魔法を起動した。
周囲を半円形のシールドで覆った。
それに誰も気付かない。
透明のシールドなので、念の為、エリスを含めた全員に説明した。
「シールドで周囲を覆った。
全ての攻撃を弾き返すから安心して」
 幾人かがシールドに触れて確認しようとした。
それより先に襲撃された。
十二本の矢と攻撃魔法五つが飛来。
狙いが定められていた。
それらをシールドが弾き返して無効化した。
遅れて、槍を構えた十八名が突進して来た。
それも簡単に無効化。
弾き返される攻撃の音のみが虚しく響いた。

 幸い、イヴ様の周りを侍女やメイドが囲んでいて視線を遮っていた。
グッジョブ。
幼児に見せていい物ではない。
エリスが俺の方を見た。
「無詠唱でこれは凄いですわね」
 俺は忙しいので答えない。
シールドを維持しながら、足裏から地面に干渉した。
おお良い感じ。
シールドの外に、攻撃魔法の放出口を確保。
時空魔法を起動した。
庭師三十五名をロックオン。
イメージは、時空の彼方へ飛んで行け。
それもこれもイヴ様に血を見せない為。
数は多いが、そう難しい事ではない。
さて、GoGoGo。

 当人の俺も驚いた。
その威力に。
行き成り全員が消えたのだ。
そう、俺達を包囲攻撃していた三十五名が突然、掻き消えたのだ。
本当に掻き消えた、としか表現しようがない。
彼等に祝福を、アーメン、ナンマイダー。
 脳内モニターに久々の文字列。
「ddフライを獲得しました」
 意味が分からない。
けれど、時空の彼方へ飛ばした攻撃魔法の名称であるのは確か。
 人が消えただけではない。
辺りを静寂が支配した。
見た者達全員が呆けていた。

 ボルビンと庭師は危機回避能力が高いらしい。
呆けから早々に立ち直り、一行の方へ駆け戻って行く。
俺は二人だけでなく、一行も含めた全員をロックオンした。
おおっ、近衛軍や国軍の高官もいた。
 ボルビンが首謀者で、他の連中は共犯者、その認識で間違いなし。
さて・・・、どうする。
彼等を生かして捕えれば、必ずや同じ派閥の連中に擁護され、
取り調べの後、早期釈放されるだろう。
それでは問題解決にならない。
ただの先延ばし。
彼等が機を見て再起を謀るのは確か。
そうか・・・、よし。
だったら俺がここで摘み取る。

 時空魔法を再起動した。
ボルビン一行をロックオン。
血を流さない環境に優しい攻撃魔法。
ddフライ、やります。
 あっ、人は別にして、大事な物は残して置こう。
敵方に奪われたイヴ様のイライザとチョンボのフィギア。
自分で言うのも何だが、攻撃の巻き添えにしたくない。
塵と同じように分別して回収しよう。
イメージは、人は塵に出して、フィギアは回収。
ddフライ、GoGoGo。

 ボルビンの一行が掻き消えた。
静寂が続行された。
暫くして、立ち直ったエリスに寝起きのような声で尋ねられた。
「消えたわよね」
「ええ、そのようですね」
「何かしたの」
「えっ、何かって、誰が」
 俺は恍けた。
エリスは頭を振った。
「そう、そうよね」
 俺は彼等が消えた跡地を見た。
ポツンと残されたフィギア。
それが成功を物語っていた。

 脳内モニターに文字列。
「時空スキルのレベルが上がりました」
 俺は、時空魔法☆☆☆☆、を確認すると、光魔法のシールドを解いた。
皆に声を掛けた。
「王宮に向かうよ。
その前にここを囲んでる近衛の掌握が先だけどね」 
 途中でフィギアを拾い上げた。
イヴ様にそれを見られた。
ポテポテと駆けて来られた。
「わたしの」
 拾い上げてイヴ様に手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう、ニャ~ン」
 イヴ様がフィギアを両手で抱え持ち、俺の隣に並ばれた。
この図は最強だ。
フィギアが盾、俺が矛。
どこにも、ほころびはなし。

 俺達は庭園の出入り口で立ち止まった。
見遣ると、包囲していた近衛部隊が動揺していた。
肝心のボルビン一行が消えたので、俺達への対処に困っている様子。
俺は誰にともなく声を掛けた。
「イヴ様がいらっしゃる。
指揮官は直ちに前に来るように」
 顔色の悪いのが俺達の前に駆けて来た。
エリスと同じ中尉の階級章。
その者が、あたふたしながら説明に務めた。
「かっ、管領のボルビン様より、この度わが小隊が招集され、
今回の、このような任務を命ぜられました。
イヴ様を保護するように、そう命ぜられましたので、
このような仕儀と相成っております」
 自己保身に走っていた。
けれど軍は階級社会。
言い分としては正しい。
俺は中尉に尋ねた。
「その管領殿がいなくなった。
さて、どうする」
 中尉は困り顔。
するとエリスが俺に並んで言う。
「管領はイヴ様の血を流しても確保するつもりだったのよ。
貴方もそのつもりだったの」
「いいえ、血を流すとは聞いておりません」
「だったら、イヴ様に従いなさい」
「はい、従います。
何なりと御下命を」

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)10

2024-01-28 11:28:37 | Weblog
 俺の指示に全員が従った。
イヴ様を中心にして、円陣を敷いた。
侍女とメイドの十六名がイヴ様を囲み、
その外をエリス野田中尉とその配下の女性騎士二十名が受け持った。
イヴ様が俺を見上げられた。
「ニャ~ン、なにかあったの」
 俺は両膝を地に着けて、視線を合わせた。
「嫌な連中が来ました。
でも大丈夫。
皆でイヴ様を守ります」

 近衛軍の一隊にエリス中尉配下の男性騎士二十名が拘束された。
そしてこれまた別の近衛軍の一隊がこの庭園を包囲した。
こちら側だったメイド二名がボルビン佐々木侯爵側に身を投じた。
不可解な行動が続いた。
つまり俺達は後手後手、と言う訳だ。

 ボルビン佐々木侯爵の一行が手前で足を止めた。
メイド二名を迎え入れた。
そのメイド二名がイライザとチョンボのフィギアを差し出し、
得意顔で説明始めた。
ここまでは聞こえないが、ボルビンの表情が和らぐのが分かった。

 エリスが俺を呼ぶ。
「佐藤伯爵、どうする」
「どうするも何も、取り敢えず話し合いからだ」
 そこで俺は一つ思い出した。
「ねえエリス、僕の手紙を美濃へ送ってくれたかな」
 美濃のカール細川子爵宛てだ。
「行き成りね。
ええ、送りましたとも、それが」
「着いてる頃かな」
「軍事郵便だから、翌日には着いてるわよ」

 俺はエリスを連れて円陣から出た。
ボルビンの方へ歩み寄る。
それに呼応するように、ボルビンも一人を供に、歩みを進めて来た。
供は庭師の一人だ。
そして互いに、中間点らしき所で自然に足を止めた。
微妙な間合いだ。
俺はボルビンに尋ねた。
「何事ですか」
「君とは顔を合わせた事はあるが、深く話した事はなかったね」
「ええ、子供ですから」
「そうだったね」
 ボルビンが俺とエリスを交互に見比べた。

 俺はボルビンの供の庭師に不信感を覚えた。
強者の色ふんぷんなのだ。
もしかして庭師は表看板か。
鑑定した。
職業、庭師とあった。
そのステータスに違和感。
綿密に調べた。
何かある筈だ。
 見つけた。
生意気に左手中指に【偽装の指輪】をしていた。
なら容易い。
これでも俺は魔女魔法のスキル所持者、たばかるな。
鑑定の精度を上げた。
ステータス偽装を看破した。
職業、国王陛下の直属部隊司令官。
スキル、気配遮断、身体強化、体術、剣術、薬師。
なるほどな。

 ボルビンが俺とエリスに言う。
「どちらが上位になるんだね」
 決定権は誰にあるのか、そういう意味なのだろう。
俺は即座に応じた。
「子供ですが、僕が上位にあります。
それで、何が進行中なのか教えて頂けますか」
「そうか、でも気付いているだろう。
君は賢いようだしね。
まあいい。
我々が王宮を制圧した。
ここも包囲下にある。
君達は私の手の内だ。
ここからは誰も逃れられない」
「管領殿、貴方も反乱ですか」
 ボルビンは落ち着いていた。
「そこは見解の相違だな。
これは反乱ではない。
我々は政を正道に戻そうとしているだけだ」
「正道に」
「そうだ、正道に戻す。
王妃様は最近、評定衆と共に私利私欲に走っている。
最初は多少は、と目を瞑って来たが、このところそれが目に余る。
政敵の貴族や文武官を排除する目的で、
反乱軍討伐の最前線に投入する事例が相次いでおる。
もはや我慢の限界。
よって我々が立ち上がった」

 大人の政に嘴を挟む趣味はない。
僕は大事な事を尋ねた。
「このこと、ポール細川子爵は承知なされているのですか」
「彼には気の毒な事をした」
 俺はボルビンの一行の中に、ポール殿の同僚の顔を見つけた。
俺の視線にその男がたじろぎ、顔を逸らした。
俺はボルビンに視線を戻した。
「血を流したのですか」
「好きではないが必要とあればね」

 俺は王宮を急ぎ鑑定した。
ちょっと離れているのでエリアを広げた。
死者や負傷者、拘束された者達が散見された。
ポール殿は・・・。
ボルビンが邪魔をした。
「早速だが、イヴ様を引き渡して貰いたい。
大人しく引き渡してくれれば謝礼をするよ」
「意味が分かりません。
イヴ様は王妃様のお子様です。
貴方に何の権利が」

 包囲している自信からか、ボルビンが余裕を見せた。
「伯爵、今進行中なのは大人の世界の政だ。
君にはまだ早いかも知れん。
が、これを機会に覚えて置きなさい。
イヴ様は亡き国王様の唯一のお子様。
足利家の継承者である。
この継承者である意味は大きい。
王妃様がどうのこうのではなく、
足利家を支える者達で責任を持って保護せねばならんのだ。
よって、忠臣である我々がその任を負う。
血が流される前にこちらに引き渡しなさい」

 俺は子供だが、大事なものは分かる。
ポール細川子爵の血が流れた、としたら許せない。
貴族の先達であり、カールの実兄だ。
その血を流した元凶に屈する訳には行かない。
 イヴ様もそう。
あんな可愛いく賢い生き物を他に知らない。
今日まで自分の妹のように接して来たから、その価値は分かる。
それを渡せと、ふざけるな。
俺はボルビンを睨み付いた。

 ボルビンは自分達が優位に立ってると思っているようだ。
ニマニマと笑み。
「ほほう、立派立派。
子供の狭い世界の義侠心かな。
生憎、ここは大人の政の中心なのだよ。
・・・。
イヴ様の血が流れても構わないのかな」

 落ち着け、落ち着け俺。
怒りに身を任せるのは無謀。
無為無策で走れば、イヴ様まで巻き込む。
ここは冷静に、冷静に。
考えろ、考えろ。
 ボルビンの隣の男の表情が気になった。
謀を好む色。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)9

2024-01-21 09:02:52 | Weblog
     ☆

 イヴ様はまだ四才だが、多忙を極めていた。
帝王学までは進んでいないが、その前の情操教育が課されていた。
読み聞かせで知的好奇心を刺激し、人との関わりを学ばせる。
自然との触れ合いの中で命を自覚される。
音楽や絵画を通して芸術に触れさせる。
神社や教会、史跡等を訪れる。
加えて読み書き、足し算引き算。
でも多いのは昼寝。
発育に一番時間が取られていた。
 比べて俺は暇だ。
まず授業がない。
伯爵としての執務も免除された。
商会長としての務めもない。
王妃様案件の公休だ。
自由だ、自由だ。
暇がこんなに詰まらないとは思わなかった。

 そんな俺にイヴ様の昼寝あとの時間が割り当てられた。
何かして喜ばせろと。
何でも良いそうだ。
遊びでも。
そういう指示が一番困るのだが、文句は言わない。
大人として・・・、色々と考えた末、起きて来たイヴ様に尋ねた。
「今日はどうします」
「ギター、今日もギターにして」

 初日からずっと、昼寝の後はギターをリクエストされた。
まあ、予想通りではあるある。
一階に小さなホールがある。
そこへ移動した。
メイド達により設営済みだ。
俺はホールの真ん中の椅子に腰を落とし、ギターのチューニング。
 たった一人のお客様、イヴ様は俺の真ん前のテーブル。
そのイヴ様、ケーキスタンドを見てニコニコ。
「お茶ほしい」
 心得てるメイドが用意していたジュースを淹れて、差し出した。
イヴ様、満足の笑み。
ジュースを飲み、銀のスプーンでケーキの一角を削られた。

 ホールにはたった一人のお客様だが、イヴ様の側仕え達で暑苦しい。
こんな世話する人員が必要なのだろうか。
交替で勤務しても問題ない筈なのに。
まあ、余計なお世話か。
連日のリクエストで種切れだ。
そこでうろ覚えだが、両親が大好きだった曲を選んだ。
 バート・バラックの、『雨に濡れた夜』『遥かなる雲』『サンホセへの橋』。
ボサノバ感をたっぷり出して、異訳で歌った。
父さん、母さん、異訳でごめんなさい。
でも受けたみたい。
イヴ様も側仕え達も大きく拍手してくれた。
あれっ、もしかしてギターマンとしてやってける、・・・のかな。

 ギターを収納した俺の手をイヴ様が掴んだ。
「ニャ~ン、お庭」
 女性騎士三名の先導で、別館から出た。
行く先は近くの庭園。
すでに先乗りの女性騎士五名が待ち構えていた。
その一人がエリス野田中尉に報告した。
「報告します。
庭師以外は退出して貰いました」
「庭師は退出させられなかったの」
「仕事のスケジュールが詰まっていて無理だそうです」
「そう、で何名」
「北側に三名、西側に三名、六名で樹木を切り揃えています」
「仕方ないわね」

 庭園の中の花壇に向かった。
ここでイヴ様の魔法の訓練が行われる。
訓練と言っても本格的でも、小難しくもない。
初歩の初歩。
イヴ様のスキルが土魔法なので、それに応じたもの。
魔力操作は終えたので、このところは魔力を馴染ませた土での人形作り。
教えるのは女性騎士の土魔法使い。
 俺は手持ち無沙汰。
それでもイヴ様から離れられない。
訓練中のイヴ様が時折、俺を探すからだ。
忠臣としては、常に視界の内にいるように心掛けた。

 視線はイヴ様に向けたまま同時に探知を起動した。
身近にいる者達を識別した。
俺以外にイヴ様、エリス野田中尉、その指揮下の女性騎士二十名、
側仕えの次女八名、メイド十名。
範囲を広げた。
庭園内にいる存在は庭師が六名のみ。
他に存在なし。

「ニャ~ン」
 イヴ様の声。
俺の魔波に気付いたらしい。
油断がならない女児だ。
俺は片手を上げ、それから恭しく頭を下げた。
「なかなか上手いですね、イヴ様」
「うっふふ、ありがとうね」
 イヴ様が俺の方へ向けて土を捏ね繰り回し、
魔力を馴染ませて粘土化してみせた。
その足下には粘土の山が築かれた。
大したものだ。
教え上手と飲み込みの早い者のコラボ、そう評すべきだろう。

 イヴ様が人形作りに着手なされた。
モデルはイライザとチョンボだ。
俺が作ったフィギアが手本なのだろう。
それを組み合わせ、一体化させ、より可愛い仕様になった。
 褒めようとした瞬間、周辺の空気が変わった。
俺は探知を再起動した。
庭園の周辺に近衛兵が群れ成し現れた。
しかし、一兵も庭園内に踏み込まない。
外周に沿って包囲した。
きちんとした指揮下にあるようだ。

 俺は別館の様子を探った。
こちらも既に手を打たれていた。
エリス配下の男性騎士二十名が同僚である近衛部隊に拘束されていた。

 庭園包囲の近衛部隊の一角が割れた。
その中を王宮からの十五名が堂々と通行した。
俺は鑑定を重ね掛けした。
先頭にはボルビン佐々木侯爵。
管領として亡き国王陛下を支えた人。
忠臣と呼ぶに相応しい人。
彼の人がどうして。

 ボルビンの一行が庭園に入って来た。
こちらへ真っ直ぐに。
とっ、庭師六名が動いた。
ボルビンの一行に加わった。
はっ、こちらから二名が走り出るではないか。
侍女が。
その二名もボルビン一行に加わるつもりのようだ。
 まさか・・・。
俺はメイド二名の手荷物を視た。
あれは・・・。
イライザとチョンボのフィギアではないか。
防御の術式を施した逸品だ。
あらゆる攻撃を無効にする術式。
魔法、物理、毒、麻痺、呪い等々。
考え付く限りの攻撃を想定して施した。
イヴ様に危害が加えられる、そう認識すると勝手に術式が起動し、
防御陣が張られ、治癒が成される。

 予想せぬ裏切りにエリスが固まった。
気持ちは分かる。
俺はエリスに代わり、皆に指示した。
「全員ここに集まれ。
イヴ様を守り抜く」

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)8

2024-01-14 12:36:02 | Weblog
 ベティはまず先触れからの報告を聞いた。
「葬儀は王妃様の到着を待って行われます」
 予定される参列者名が一つ一つ上げられた。
この地方の親しい者達ばかり、意外性のある名前はなかった。
問題はなさそうだ。
ベティは死因を調べた者達に視線を転じた。
「そちらはどうだったの」
「子爵様は快く遺体を引き渡して下さいました」
 先代子爵の遺体は氷魔法使いにより冷凍保存されていた。
早速解凍して貰い、派遣されたスキル持ち達が綿密に調べた。
結果、毒殺と判明した。
だが、葬儀前にそれを公表すると混乱を招く。
そこで、彼の者達は子爵家へ申し入れをした。
葬儀が終わるまで真相を一時的に秘して欲しいと。
渋々ながら同意してくれたそうだ。

 ベティは彼の者達の表情に違和感を抱いた。
何やら口を濁しているように見受けられた。
隠し事があるのやも。
だが、彼の者達の心情を慮っている場合ではない。
今は緊急事態なのだ。
そこでベティは正面突破を試みた。
「洗い浚い話しなさい、悪いようにはしないわ」
 代表して薬師スキル持ちが言う。
「毒を解析したところ、非常に特殊な物でした。
蝶と蛇と蠍、その三つの毒をブレンドした物で、
完全に趣味に走った毒薬でした。
特徴は、無味無臭で無色、そして即効性、かつ長期保管が出来る。
しかし、ブレンドしなくても、似たような毒は他にも有るのです。
入手もし易い物が。
それでもわざわざブレンドした物を使用した。
・・・。
何故このような毒を用いたのか、そこが分からないのです」

 薬師スキル持ちの言葉を、その手の知識豊富な専門家が引き継いだ。
近衛の諜報部に属して二十有余年。
「特殊な毒で有る、それは確かです。
まず、闇で売買される類の物ではない。
そして、錬達の薬師が趣味に走った逸品。
すると、これだけの物を誰が、何のために、と別の疑惑が生じます。
・・・。
私が知る限り、使用例が有りません。
ただ、・・・一度上司から聞かされました。
以前、極めて珍しい毒殺を担当した。
詳しくは言えんが、お前も当たる日が来るかも知れん。
その時は覚悟して置け。
上の上から圧力が掛かる。
まあ、逆らわん事だな。
下手に逆らえば一件の書類と共に焼却される恐れがある」

 ベティはここまで聞いた上で推量した。
ブレンドの仕様に意味があるのだ。
製造元が誰なのか。
そしてそれが犯行の意味合いを暗示させる。
・・・。
捜査する側に向けられたサインだとすると。
カトリーヌに尋ねた。
「近衛に暗殺部隊があるのかしら」
 カトリーヌもそこに思い至っていたのだろう。
顔色が悪い。
「公式には存在しません」
「公式には」
「その様な部門からの予算要求がないのです」
「そうよね、公式に暗殺を謳う訳がないものね。
だとすると・・・」
 愚図愚図している暇はない。
非公式だと断定して話しを進めるしかない。

 鑑定スキル持ちがおずおずと口を開いた。
「あのですね、この際ですから申し上げます。
スキルを偽装して王宮区画に出入りしている者達がいます。
もしかしてそれですか」
「知っているの」
「はい、許可された【偽装の指輪】をはめて、自由に出入りしています。
上司に伺ったところ、関わるな、と釘を刺されました」

 取り調べの専門家がやれやれとばかりに言う。
「これは部内に流れる噂です。
出来れば聞き流して頂くと助かります。
実はですね、国王陛下直属の部隊があるそうです。
近衛か国軍にかは知りませんけど」
 ベティは王妃の威厳を捨てて正直に驚いた。
「えええっ、・・・旦那様には聞いてないわよ」
 亡き陛下からは何も。
縁戚であるポール細川子爵からも聞いていない。
陛下に仕える侍従長、侍従、秘書達は至って普通だった。
彼等の行動に陰を感じた事は欠片もなかった。
どこにその様な者達が・・・。
「あくまでも噂です、聞き流して下さい」
 聞き流せない。
【偽装の指輪】、そして直属の部隊。
仮にだ、その直轄の部隊が毒殺を実行したとしたら・・・。
それは何の為に・・・。
誰の指示で・・・。

 カトリーヌの顔色が変わった。
何やら青白い。
強張った表情でベティを振り返った。
「ベティ様、亡き国王陛下は毎朝散歩なさってましたよね」
「ええ、そうよ、それが」
「散歩コースは安全の為、毎日違いましたが、
一つだけルーティンがありました。
庭園で鯉に餌をやってらっしゃいました。
その際に付き従うのは護衛騎士ではなく、庭師の長のみ。
護衛騎士や近習は、心が休まらないから、と遠ざけられておりました」
 そうだった。
雨の日も雪の日も、嵐の日も。
「鯉の様子を見る、そう仰っていましたね」
「はい、私どももそう聞いています。
問題はその庭師です。
初代様の頃に庭師の職が設けられた、とも聞いています。
初代様と共に戦場へ赴いて亡くなった者達の縁者だそうです」
「庭師を代々務めるお家柄にしたのね」
「はい、初代様が彼等に居住する家屋敷を与え、
国中から珍しい草木を集めて庭園としろ、そう命じられたそうです」

 ああ、そうか。
初代様は国軍にも近衛にも諜報部を設けた。
それを信用せぬ訳ではないが、個人でも諜報網を構築した。
それが草木収集を言い訳にした庭師の集団。
彼等は草木を集める過程で国内各地の状況も把握した。
そこにベティは感心している場合ではなかった。
 問題が一つ。
国王陛下が亡くなって朝のルーティンも無くなった。
今日これまでの間、彼等はどうしていたのだろう。
考察した。
彼等は初代様のお雇いだから、無碍な扱いはされない。
家屋敷や職務のみか、それなりの予算も組まれていると思えた。
かと言って、彼等には報告する相手がいない。
同時に、指示を下す者もいない。
この新しい国王を望めない状況下、どう動く。

 評定衆へ接触するか。
それとも評定衆の特定の一人に。
いやいや、それはない。
あそこに席を置くのは政に慣れた者達。
下手すれば使い潰される。
一筋縄ではいかぬ。
となれば、管領か。
ベティは管領のこれまでの言動を思い返した。

     ☆

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)7

2024-01-07 15:27:08 | Weblog
 俺は別館へ戻る道すがらエリスの姿を求めた。
けれど見つけられない。
どこへ。
答えは別館の玄関前にあった。
エリスは大勢の中にいた。
イヴ様とその側仕えの集団と共にいた。
エリスは当然の様にイヴ様と手を繋いでいた。
イヴ様の声。
「ニャ~ン」
 猫か。
イヴ様がエリスの手を振り解き、こちらへ駆け寄って来た。
俺はルーティンを守った。
両膝を付き、両腕を伸ばした。
そこへイヴ様が満面の笑みで飛び込んで来られた。
俺は素早く抱き留め、腰を上げて、高い高い。
そしてイヴ様をクルリと反転させて、肩車。
イヴ様の笑い声が止まらない。
周囲を囲む面々も生暖かい目で俺達を見守ってくれた。

 気が進まないが、イヴ様から情報収集する事にした。
「昨夜は王妃様とご一緒だったのですか」
「ううん、お母様はおしごとでおでかけ」
「カトリーヌ殿は」
「お母様とごいっしょ。
お仕事がいそがしいから、にゃくと遊んでまってなさいって」

 おそらく出立は昨夕。
時刻から推測するに、泊まりは郊外の近衛軍駐屯地。
馬の放牧場として活用されてる為に敷地は広い。
王妃様が普通の女性騎兵に扮していれば目立たない。
それが密かな入場となれば尚更だ。
そこで一泊し、夜明けと共に因幡を目指したのではなかろうか。

 王妃専用車の車列の周囲を近衛の騎馬隊で固め、
前後に国軍の騎馬隊を配すると聞いた。
遭遇戦を想定した行軍隊列とも聞いた。
そちらに耳目を集めて、その実は別の部隊の中に本人がいる訳だ。
先遣隊とか、偵察隊と称して因幡へ先行するのだろう。
近衛の部隊であればどんな関所もフリーで抜けられる。
誰何しようだなんて奴はいない。
立ちはだかる者は斬り捨て御免なんだから。

 俺は感心すると同時に、王妃様とその周辺に違和感を抱いた。
慎重なのは良い事だが、何やら深く拘泥している様にも感じ取れた。
原因は・・・。
王妃様の実父の死亡・・・。
この時期に都合良く亡くなった。
そこに発している訳か。
 企んだ奴がいるとして、その立場になって考えてみた。
企みというものは複雑ではいけない。
関係する者が多くなり、手違いが発生し易い。
よって、露見する確率が高くなる傾向にある。
 その点、単純なのは成功確率が高い。
この様に王妃様とイヴ様を切り離し、イヴ様を押さえて人質とし、
それを盾に王妃様を政から隠居させる。
これだと協力者が少なくて済む。
手早く成功させれば、政の遅滞も招かない。

 エリスを観察するに、その笑顔から不審なものは感じ取れない。
心から俺とイヴ様を生暖かい目で見守っている、そうとしか思えない。
だがだ、信念から生まれる行動はそもそも悪意でも、邪心でもない。
それは宗教的な行為に近いもの。
ひたすら信じて突き進む傾向にある。
その様な異心を掴むのは不可能だろう。
エリスだけでなく、この場に居る者達を疑うのは止めた。
疑心暗鬼に陥っては俺の目を曇らせるだけ。
だったら臨機応変に対応しよう。
気転を利かせよう。
一休み~、一休み~、一休さんだ。

     ☆

 ベティ足利とカトリーヌ明石中佐のは因幡へ向かっていた。
国都から山陰道を通って鳥取へ向かう途次にあったのだが、
地勢から難所が多く、難渋を極めた。
馬足を緩めながらベティが思わず漏らした。
「街道の整備はどうなってるの」
 カトリーヌが事も無げに応じた。
「この地を治める寄親伯爵の手落ちかと」
「・・・ひいては私の責か。
しかし何だな、街道がこの有様では尼子勢は山陰道伝いには、
都に攻め寄せられぬな」
 王兄、カーティスは石見地方の寄親伯爵家の庇護下に逃げ込み、
官軍に対し激しく抵抗していた。
寄親伯爵家、尼子の娘を正室にしていた縁を活かし、同士と語らい、
今日までその健在振りを大いに発揮していた。
 ベティが向かう因幡も石見も共に山陰道沿いに位置していた。
出立前にベティは、距離的に近いので危ぶんでいたのだが、
そんなベティに、地理に聡い近衛参謀が自信満々に言い放った。
「カーテイス様が都へ上るとしたなら、尼子家は山陽道を勧めるでしょう」

 近衛参謀が行程を組んでくれた。
馬の難所を記し、、休憩個所と宿泊箇所を指定した。
「先を急かれる気持ちは重々承知しております。
ですが、お命を最も優先して下さい。
お身に全てが掛かっております」
 それに守ってベティ一行は西へ向かっていた。
三日目、昼過ぎ。
激しい突風が吹いた。
前後から悲鳴が上がった、
崖道の下は荒れ狂う海、
ベティは前後を見遣った。
隊列が突風で乱されていた。
思わずベティは叫んだ。
「隊列には構わずに馬を鎮めなさい。
鎮めるのが先よ。
鎮めれば崖から落ちる心配はないわ」

 一人の脱落者も出さずに崖道を抜けた。
カトリーヌが馬を寄せて来た。
「全員落ち着きました。
流石は王妃様」
「褒められても困るわ。
私の出自は子爵家よ。
それもこの山陰道沿いの貧乏子爵家。
小さな頃から馬にも海風にも慣れてるわ」

 因幡に無事に入った。
「何も動きはなかったわね」
 カトリーヌが困惑の表情。
「もしかすると」
「そうよね」

 囮の、王妃専用車の車列は道路が整備された山陽道を向かわせた。
姫路から姫街道に入って鳥取へ着到する行程を組ませた。
他方の国軍駐屯地から随所に部隊を配備させたので、
比較的にゆるい行軍ではなかったのかな、とは思った。
しかし、山陰道では襲撃がなかった。
となると、囮が心配になってきた。

 ベティは実家は鳥取の領都から少し離れた海沿いの街にあった。
海浜通りの道を進んだ。
久し振りに嗅ぐ潮風と潮騒に浸っているとカトリーヌに現世に戻された。
「ベティ様、先触れの者達が戻りました」
 数が増えていた。
よく目を凝らすと、早朝に送り出した先触れだけでなく、
前々日に送り出した者達もいた。
彼彼女等は先触れではなく、密かに実家に送り出した者達だ。
鑑定スキル持ち、薬師スキル持ち、諜報の専門家、取り調べの専門家、
そしてそれらの者達を支援する騎士十名。
「実父の死因を調べ直してちょうだい」
 無理難題を押し付けたと思う。
だけど、今日ほど権力を有り難く思った事はない。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)6

2023-12-31 11:00:24 | Weblog
 王妃様が顔を上げられた。
気持ちを切り替えられたのだろう。
俺は立ち上がって弔意を表そうとした。
俺が口を開くより早く、王妃様に手で制された。
「気持ちは受け取るわ。
それよりも本題に入るわよ。
・・・。
問題は因幡の葬儀に誰を送るかよ。
私は宮廷を留守に出来ない。
政務から目を離すのが不安なのよ。
だから代理を送るしかないの。
ところが生憎、人がいないの。
それなりの人物がね。
王兄も王弟も反乱の真っ最中。
それに近い王族の者達もそう。
人材が払拭しているの。
・・・。
それで結局、私が向かうしかないのよ。
そこでダンタルニャンには、留守の間イヴを頼みたいの。
早くて十日、遅くても一ㇳ月で戻るつもりよ。
お願い、受けてくれるわよね」
 一ㇳ月なんて今更だ。
その予定で皆が動いていた。
近衛も、うちの者達も。

「子守は引き受けますが、政務は無理ですよ」
 王妃様が笑顔を浮かべられた。
「心配しないで、それは分かっているわ。
佐々木侯爵と細川子爵が表の仕事を代行してくれるわ。
だからダンタルニャンにはイヴに専念して欲しいの」
「承知はしますが、私は後宮に入れません。
その辺りはどうします」
「そこは大丈夫。
イヴを貴方達と同じ北館に移すわ。
既に部屋は用意したの、そうよねエリス」
 エリスが一歩前に出た。
「はい、同じ階に用意済みです。
お付きの侍女の方々や、メイドの方々が両隣になります」
「そういう事よ、ダンタルニャン」
「それであればお任せください。
しっかりお守りします」

 王妃様は俺からエリス中尉に視線を転じられた。
「ダンタルニャンには了承して貰えたわ。
エリス、分かっているわよね
貴女は北館の警備に専念するのよ。
その人員の手配は出来たの」
「はい、当初予定通りの騎士八十名を確保しました」
 王妃様はエリスに頷き、佐々木侯爵と細川子爵を交互に見遣られた。
「イヴの方はこれで万全です。
後は表の仕事です。
侯爵殿には評定衆と国軍の押さえをお頼みします。
子爵殿には政務の代理と近衛の押さえをお頼みします。
この振り分けに問題はないですわよね」
 二人は示し合わせたかの様に首を縦にした。
「「承知しました」」
 事前に深い所まで打ち合わせていたようだ。
どうやら、この場は俺の了承と、顔合わせが目的であったらしい。

 俺はカトリーヌを見遣った、
彼女の役目を聞いていない。
俺の目色からそれを読み取ったのだろう。
カトリーヌが俺を見返した。
「伯爵様、私は王妃様と共に因幡へ向かいます。
ですから留守をお願いしますね」
「承知しました」

 因幡へ向かうのは翌早朝と聞いた。
その夜は早く寝た。
そして朝早く起きた。
ところが俺より先に動いている者達がいた。
エリスと彼女の指揮下の騎士達だ。
何やら忙しく動き回っていた。
イヴ様を迎え入れる準備か。
 それを他所に俺は身支度を終え、王宮本館へ向かった。
勿論、うちの者達を引き連れてだ。
執事のスチュアート、メイド長のドリスとメイドのジューン。
護衛のユアン、ジュード、オーランド。

 王妃様の出立なので各所に立哨が置かれ、巡回がいた。
それより多いのは見送りの者達だ。
王宮勤めの文武官ばかりでなく、官庁勤めの者達も早起きして、
見送りに来ていた。
お陰で近衛は忙しい。
人出で混乱せぬ様に規制を行っていた。
事前の許可を受けていない者は、玄関や馬車寄せに近付けさせない。
 俺は身分をひけらかすのは好みではない。
黙って規制外から見送る事にした。
それにジューンが疑問を持ったらしい。
「伯爵様、前へ出ないのですか」
「僕は控え目なんだけど、知らなかったの」
「ええ、知りませんでした。
これまで嫌になるくらい目立ってましたから」
 隣のドリスとスチュアートが笑いを漏らした。

 王宮本館の玄関辺りが騒がしくなった。
警備の近衛兵がきびきびと走り回り、玄関前に馬車一輌を迎え入れた。
王妃専用車だ。
同時に馬車寄せにも四輌を止めた。
これらが因幡行きの車輌なのだろう。
 玄関前が騒がしくなった。
近衛兵の先導で大勢が出て来た。
中に佐々木侯爵や細川子爵の顔もあった。
二人は衣服が目立つので直ぐに分かった。
 ところで、王妃様はどこ、カトリーヌ殿はどこ、どこだと探した。
ああ、少し遅れて出て来た黒山の人だかりの中か。
それは近衛兵の隊列だった。
馬車に近付くと隊列が二つに割れ、中から女性騎士二人が進み出た。
昨日、王妃様御一行様は行軍隊列で因幡へ向かうと聞いた。
遠目にだがその女性騎士二人が王妃様とカトリーヌなのだろう。
佐々木侯爵と細川子爵が二人に歩み寄った。
丁寧に話し掛けた。

 玄関前を発した王妃専用車に、馬車寄せの四輌が続いた。
それを見送る俺の勘が・・・、勘が俄か騒いだ。
違和感が・・・。
それは・・・、どこに違和感を覚えたのだろう。
あっ、あれか。
王妃様は馬車に乗り込む際、通常は細川子爵にエスコートをさせる。
次点はカトリーヌ殿だ。
ところが今回はエスコートがなかった。
・・・。
導き出された答えは・・・。

 俺は鑑定を起動した。
エリアを広げて王妃専用車を追跡した。
間に合った。
エリアから外れる前に全員を鑑定できた。
馭者も含め、全員女性騎士だった。
肝心の王妃様もカトリーヌ殿も乗車していない。
 イリュージョンか。
乗ったと見せかけて反対側から抜け出た、あるいは床から。
しかしあんなに大勢が見守る中でのイリュージョン、成立しない。
それにだ、そもそも意味はあるのか。
 消えた二人はどこに、どんな手段で、してその理由は。
・・・。
侯爵、子爵、近衛の三者はグルだと推測できる。
となると当初から、出立段階からの影武者起用。
それ相応の理由があるのだろう。
それは・・・。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)5

2023-12-24 07:13:01 | Weblog
 俺は迎車の一輌目に、ドリスとジューンに連行される形で乗せられた。
広い座席なのだが、二人に挟まれた俺は肩身が狭い。
その代償なのか、左右から良い香りが漂って来た。
案外これも悪くない。
そんな俺を、向かい席に腰を下ろしたエリスと副官がニコリ。
副官は口にはしないが、エリスは遠慮がない。
「伯爵様、両手に花ですわね」
「だねえ、花だよね」
 ドリスに尋ねられた。
「伯爵様、その花の名前は」
 急な事で名前が出てこない。
幾つか知ってる筈なのに。
困った。
ジューンにも尋ねられた。
「伯爵様、花の名前を幾つ知ってますか」
 仕方がないので自分の鼻を指した。
「一つだけ、伯爵様の小さな鼻」
 受けなかった。

 二輌目にはスチュアートと護衛の三名。
三輌目には俺や家臣達の荷物。
車列の前後には近衛の騎士達が護衛として付いた。
傍目には近衛の車列としか見られないだろう。
 車列は何の妨害もなく、内郭の門を通過した。
官庁街を抜け、王宮本館の玄関ではなく、裏の通用門へ向かった。
エリスが釈明した。
「賓客としてではなく、通いの近衛として入ります」
「無理はないの」
「誰何された場合は私が対応します。
皆様方御一行は無言で願います」

 屋根付きの通路に沿って走った。
着けられたのは同じ敷地内の王宮別館、北館。
玄関前には若い兵士達が待機していた。
およそ十名。
エリスが説明してくれた。
「近衛の見習いです。
彼等が荷物を持ってくれます」

 俺達はエリスに中へ導かれた。
人と鉢合わせする事はなかった。
「期間中、口の固い者達に管理させております。
安心ではありますが、それでも慎重な行動をお願いします」
 それにしてもやけに人が少ない。
見掛けるのは近衛か、侍女かメイドばかり。
王宮勤めの貴族らしき者は一人として見掛けない。
徹底していた。
三階に上がるとエリスが男女別に部屋を分けた。
「真ん中の部屋が伯爵様で、その左がメイドのお二方の部屋、
右が執事と護衛の方々の部屋となります。
皆様の荷物は若い者達が運んできます。
暫しお待ちを。
私は王妃様へ報告しに参ります」

 荷物の整理が終えた頃合いを見計らかったかの様に、
エリスが戻って来た。
「伯爵様のみをご案内します」
 従者は不要という事だ。
王宮ならそれも無理からぬこと。
俺もうちの者達も従った。
俺はエリスに言葉をかけた。
「お願いします」
 進む隊列はエリスが先導、俺、近衛の兵が二名。

 本館二階の部屋に案内された。
待ち受ける人数が少ない。
真ん中のソファーに四人が腰を下ろし、お茶を飲んでいた。
一斉に視線を向けられた。
王妃様、カトリーヌ明石中佐、ポール細川子爵、何時もの三人に、
珍しい事に管領のボルビン佐々木侯爵を加えての計四名。
それぞれが供回りを引き連れる身分なのだが、他に人影なし。
お茶入れ要員の侍女三名は別にしてだが。
 エリスは己の身分を知っているようで、俺をソファーに導くや、
素早くドアの方へ下がった。
待機の姿勢。
入室しなかった近衛二名はドアの外で番をしているのだろう。

 王妃様が口を開かれた。
「伯爵、呼び慣れないわね。
ダンタルニャン、腰を下ろして頂戴」
 俺は腰を下ろした。
直ぐにお茶が運ばれて来た。
珈琲だ。
まず礼儀として一口。
あっ、砂糖とミルクで調整だ。

 忘れていた。
「カトリーヌ殿、この場で言っていいのかどうか分かりませんが、
昇進お祝い申し上げます」
 分からなければ黙っていれば良いものを、言ってしまった。
でないと、忙しい職責のカトリーヌには次どこで会えるか分からない。
だから言った者勝ちだ。
カトリーヌが嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。
そう言えば、ダイタルニャン様にお会いしてからですね。
この様に忙しくなったのは」
「すみません、疫病神の様で」
 これに皆がウンウン頷いた。
ええっ、そんな認識・・・。

 王妃様が手を合わせて軽くパンと叩いた。
「ダンタルニャン、この度の呼び出しに快く応じてくれて有難う。
感謝しているわ」
「いいえ、臣下の役目です」
「今回はちょっと難題になるのだけど、それでも頼りにしてるわよ」
 カトリーヌとポール殿はウンウン頷いていた。
ボルビン殿は小難しそうな顔。
俺は王妃様に応じた。
「何なりとお申し付けを」
 これ以外の言葉を思い付かない。
「簡略して言えば、イヴを守っていて欲しいの」
 簡略し過ぎだろう。
何が起きている、いや、起ころうとしているのか。

 王妃様が俺の疑問を読み解いてくれた。
「最初から説明するわね。
そもそもは、実家からの使番よ。
私の実家は因幡にあるの。
子爵家よ。
それを継いだ兄から封書が届けられたの。
・・・。
父が亡くなった、そう報せて来たの。
・・・。
別に悲しくはないわ。
人は必ず死ぬ定めにあるのだから。
父の場合は十分に生きたと思う。
酒々々、酒の収集と称していたわね。
志の途上にて亡くなった人に比べると幸せだったと・・・」
 言葉が途切れた。
おそらく弑された夫、国王陛下を思い出されたのだろう。
彼の方は実兄と実弟に裏切られた。
有力な血縁の者達がそれに続いた。
 俺は王妃様に、急いて先を促さない。
目も逸らさない。
ただ、待った。
それは同席していたカトリーヌ、ポール殿、ボルビン殿も同じ。
身動き一つしない。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)4

2023-12-17 11:37:47 | Weblog
 俺は屋敷へ急ぎ戻った。
まだ迎車の姿はない。
執務室で仕事をしながら待つ事にした。
自慢ではないが、暇潰しの仕事には事欠かない。
 それほど待たされなかった。
一山片付けた頃合い、門衛が迎車の到着を告げに上がって来た。
「王宮からの迎車が到着しました」
 遅れて、玄関で待機していたスチュアートが戻って来た。
「近衛のエリス野田中尉がお迎えに参られました。
迎車が三輌、護衛が二十騎です。
ダンカン執事長が中尉を一階の応接室に案内されました」

 屋敷警備責任者のウィリアム佐々木と、侍女長のバーバラをお供に、
俺は一階の応接室に向かった。
ウィリアムが階下へ下りながら疑問を呈した。
「私共の同席が必要なのですか」
 バーバラも同意した。
「ええ、そうですわよね」
「二人の立ち合いが必要、と予感が告げたんだ」
「「予感ですか」」
 羊羹ほど美味しくはない予感だが、時として兼ね備えている時もあった。

 俺達の入室に合わせてエリス野田中尉がソファーから立ち上がった。
俺を見て、何時もの様に淡々と述べた。
「王妃様のご指示でお迎えに参上いたしました」
「ご苦労さん。
お茶を飲む暇はあるかい」
「はい、問題ありません」
 エリスの相手をしていたダンカンが書状を俺に手渡した。
「野田大尉殿から預かりました。
王妃様からだそうです」
 俺はそこでエリスの階級章に気付いた。
「おお、昇進なさったんですね。
大尉昇進お祝い申し上げます」
 エリスが真顔で返礼した。
「それもこれも伯爵様のお陰です」謙遜するエリス。
「いいえいいえ、エリス殿の実力ですよ」
「今回の昇進に伴い、
私が正式にイヴ様の供回りの責任者になりましたので、
今後とも宜しくお願い申し上げます」
 これまではカトリーヌ明石大尉、今は少佐、が任じられていた役目だ。
俺はエリスに尋ねた。
「だとするとカトリーヌ明石少佐も昇進ですか」
「ええ、中佐になられました。
正式に近衛軍調整局長です」
 ほほう、着実に将官への階段を上がっているではないか。
知らぬ人ではないだけに色々な意味で嬉しい。

 俺はエリスにソファーに腰を下ろす様に促した。
エリスの連れは三名、副官と護衛だ。
その三名がソファーの後ろに控えた。
俺の方は、ダンカン、スチュアート、ウィリアム、バーバラ、
そして護衛が二名の大所帯。
こちらもソファーの後ろに控えた。
 メイドが腰を下ろした俺とエリスの前にお茶を置いた。
急ぎだと分かっているので飲み物だけ。
俺は軽く口を付けた。
これはっ、俺様用に調整された甘口の珈琲だ、美味い。

 王妃様からの書状を改めた。
手跡は見慣れた王妃様付の書記のもの。
本文もそう。
末尾のサインのみが王妃様の手になるもの。
何時もの仕様だ。
そこに一点の曇りもない。
俺はエリスに尋ねた。
「大尉殿、今回のお招きの主旨を聞いていますか」
「いいえ」
 エリスの顔色から、立ち入りたくない雰囲気が伝わって来た。
彼女は厄介事と察しているのだろう。

 書状にも主旨は書かれていない。
書かれているのは、これからの手筈のみ。
文脈から推測し、家臣達に説明した。
「僕は一ㇳ月ほど、王宮に詰める事になった。
その間は連絡が遮断される」
 ダンカンが尋ねた。
「いやに急ですね」
「それだけの事態という事だ」
「・・・承知しました。
して、当家としては」
「対外的には、何事も起きていない様に装って欲しい。
勿論、学校には休学届を提出のこと、これは執事長に頼む。
伯爵様は急用で領地の視察に出た、それで誤魔化せると思う。
一ㇳ月で済むわけだからね。
・・・。
国都の統括はダンカンに委ねる。
ウィリアムとバーバラはそれを助けてくれ」
 三人が素直に頷いた。

 俺は続けた。
「美濃はカールに委ねる。
そのカールへの連絡は兄のポール殿が行うそうだ。
一応宮殿から、僕も書状を送っておく」
 ウィリアムに不安気な表情で尋ねられた。
「伯爵様はお一人ですか」
「すまん、それを今説明する。
人員は限られている。
執事一名、メイド二人、護衛三名。
足りないところは王宮から人を出してくれるそうだ」

 急な事で当家は大騒ぎになった。
人員の選定に、一ㇳ月分の荷造り。
俺以外が走り回った。

 俺はエリスと四方山話に興じた。
年齢差はあるが、そこはエリスが切り開いてくれた。
アルファ商会とオメガ会館に興味があるようで、詳細に質問を重ねた。
いやいや、興味を越えた質問が多いのだが。
俺は思い切って尋ねた。
「大尉殿、もしかして商売に興味がおありで」
 エリスが胸を張って答えた。
「当然でしょう。
退官後に備えるのは軍人の常識です」
「尉官ですと男爵の爵位が得られる訳ですが、
大尉殿の場合は年齢的に佐官に進まれると思います。
勤続年数をクリアすれば年金がありますよね。
子爵位に年金、鬼に金棒ではないですか」
「それだけでは詰まらないでしょう」
 そこでエリスは背後に控える者達の存在に気付いたらしい。
軽く咳払いして、誰にともなく言い訳した。
「とにかく、営舎暮らしの私共にとって生の情報は貴重なのよ。
そうよね、みんな」
 副官と護衛の三名が深く頷いた。
四方山話と思っていたのだが、驚いた。
軍人の営舎暮らしが察せられた。

 うちの大人達は仕事が早い。
ダンカンが報告に来た。
「人員の選定と積み込みを終了しました。
何時にても発てます」

 エリス達と玄関に出た。
俺に付く人員が待機していた。
執事はスチュアート、メイドはジューンとメイド長のドリス。
護衛はウィリアムが薦めたユアン、ジュード、オーランドの三名。
「騎乗の必要があった場合に備えて騎士団から選出しました」
 今回は迎車での移動だから、騎乗する機会は来ないかも知れない。
でも、万一に備えるのは軍人の務めだ。
異論はない。

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