10月31日(日)
午前中にマリンヒル・チャペルへ行きました。礼拝で、賛美歌を歌って聖書を読みました。
お昼ご飯をみんなで食べました。
そして、車に乗って、みんなで別の教会へ「サクソフォンとゴスペルのつどい」を聴きに行きました。
私の好きな曲で、「この素晴らしき世界」 「ダニー・ボーイ」 「ラストワルツ」 「千の風になって」 「浜辺の歌」 「みかんの花咲く丘」 韓国ドラマ・冬のソナタの 「最初から今まで」
「ふるさと」などの演奏を聴きました。
演奏する曲によっては、ソプラノ・アルト・テナーサックスの3種類が吹けていて、感動しちゃいました。
ゴスペルペルコーラスのメンバーさんの作品が展示されることを聞いたので、先月、母と一緒に出かけました。
9月16日(木)に、art school 銀座 gallery で作品展を見ました。
サーフボートに今年の干支の、寅の絵が墨で書かれて飾ってありました。
私はメッセージノートに
「今にも、寅が飛び出してきそうな勢いで、かっこよかったです!」
と、書きました。
この作品が、「PATI PATI 」パチパチってロック系の音楽雑誌11月号の後ろから1ページ目と5ページ目にちょこっと載っていると、教えて貰いました。
すごーい おめでとうございます
今度本屋さんに行って見てみたいです! 楽しみです
2010年 9月28日(木)
今まで食べた中で、1番美味しい新米に出会えました。
色白で美人なお米に一目惚れしてしまいました。
炊飯器のフタを開ける瞬間は、まるで幼い頃サンタクロースからのクリスマスプレゼントの包み紙を開く時のドキドキ感!
炊き上がると、新米一粒一粒の凛とした立ち姿と、輝かしい発光に目を奪われました。
口の中に入れると、その一粒一粒が弾力性を発揮し自己表現出来ていることが、歯ごたえで感じ取れました。
噛み締めて行く過程で、一粒一粒が一体に混ざり合う調和感は、ますます美味しさを引き立ててくれました。
あまりにも美味しかったので記念に新米芸術作品を作りたいと思いました。
お米の俵に似せて、牛肉巻おにぎりを4個!
大根の葉と鰹節、小海老カルシウムの炒め物。
産地近くの九谷焼の大皿をチョイス!
お皿に、漢字の「米」をイメージして盛り付けました。
素晴らしい新米ご飯を頂ける幸福感=口福感に見事に満たされました。
先週末、2日続けて東京で学校の会が重なりました。そこで、知的ハンディのある長女を連れて、泊りがけで実家に行きました。
娘には「おじいちゃん&おばあちゃんの家で、おとなしくお留守番お願いします!」と事前によく言い聞かせておきました。
ところが初日の夜から小さなパニックを起してしまった長女。
自分を抑えるように我慢しながら、それでも耐え切れず「小さなキャー!」と声を上げて興奮しそうになったそうです。
3人で外食に出かけ歩いている途中に小さな叫び声を上げた孫を見た祖父母は、お店でパニックになったら大変!と先を読み惣菜を買って家で食事をしたそうです。
幼少期には、おとなしく出来ていたのに、10年以上ぶりに留守番する祖父母の家。久しぶり過ぎた母不在の時間と空間は長女にとって不安だったみたいです。
実家を出る時には、色々お世話になった御礼を充分に言って帰りました。
その後、昨日実家の母から電話があり、週末の様子を再び詳しく聴くことが出来ました。
今までの父だったらパニックを起しそうになった孫を見て、「こんな状態にまで心細くさせておいて、そんなにまでして出かけたいのか?」と言わんばかりに私を責めたて怒鳴る性格の父でした。
ところが今回は、じっと孫の様子を観察し見守りながら、父は
「娘が死んだら、孫はどうなるんだろう?誰が孫の面倒を見られるのか?
娘の親である俺達がやれることは、やってあげなければいけないんじゃないか?」
と、母に言ったそうです。そして、母は父に、
「孫のことは娘達夫婦が一生懸命考えてやっているのだから、私たちは孫の親である娘夫婦を支えていくしかないんじゃない?」
と、話したとのこと。
両親の愛情を言葉によって深く強く感じられたのは、初めてと思い受話器を持つ手が震えるほど、感謝の涙が止まりませんでした。
生まれ育った実家で、過去に色々沢山大変なこともあったけど、この言葉を聴いて一気に吹き飛ばされ、感謝の涙が辛かった過去を洗い流してくれました。
この両親の娘として生まれて来て良かった!
今までありがとうございます。これからもまだまだお世話になります!
元気で長生きしてください!
今月の上旬に、中学校の中間休暇があり、長男は寮生活から我が家に戻って来ました。
その間に長男は私に色々と優しい言葉&心遣いをしてくれました。
例えば、私が月初めにピアニストのお宅に音合わせに行く日のこと。
出かける直前に、緊急重要事項の電話があって、電車の時間ギリギリになってしまった。
私が「どうしよう!間に合わないかも?」と焦って支度をしていると、
「ママ!ドラえもんの 何処でもドア~があれば、いいのにね!すぐに電車に乗れるから!」
と、優しく私の気持ちを和らげてくれるのです。
「パパだったら、ママはいつも時間ギリギリでどうして余裕を作れないんだ!って怒られるところ。
優しい言葉をかけてくれてありがとう」
それから、後日、1番嬉しかった言葉を書かずにはいられません!
知り合いが、「好みの女の子のタイプは?」の質問に答えた長男の言葉は、
「髪が長くてサラサラしていて、性格は母親似がいい!」
感激のあまり、周りにいた人たちに
「聞いた?聴いた?そういえば数年前はママの長い髪の毛を時々とかしてくれていたよね!」
と、私は主張。 それは、すごいと、周りはうなづきビックリしていました。
胎教~出産後から、子どもの気持ちを汲んだ共感を生む思いやり溢れる言葉かけをずっと続けて来た成果が、微笑み返しとなって母親を励ましてくれています!
今年になってからチリの国は、2月の大地震と8月の落盤事故と続けて、世界からの関心を集めています。
作業員の方々の救出成功!無事で良かったです!
テレビからのスペイン語を聴く度に、チリ人の友達の声がこだまします。
テレビに映るチリの国旗を見て、思い出が蘇ります。
2001年9月、長女が中学1年の時にビクトリアちゃんが転校して来て知り合いました。
運動会の日に一緒に観戦しながら、チリと日本の国旗の絵を描いて話をしました。
国旗はスペイン語で「バンデラ」
チリの国旗の星は「ESTRELLA エストレジャー」
日本の日の丸とチリの一色は同じ赤、赤は「ROJO ロッホ」
チリの国旗の青は「AZUL アスール」
チリの国旗の白は「BLANCO ブランコ」
当時のスケジュールダイアリーに母親のビルマさんが書いて教えてくれたスペルを見直しました。
そして再び、テレビのスペイン語通訳の言葉から、耳に残ったフレーズを書き留めます。
「逆境の時こそ 底力が発揮できる!
それが チリの国民性だ!」
私の心情を物語っている!
だから、私と相性が良かったんだ!
心の友と感じている心友のサチコさんとビルマさんに…会いたい!
プレゼントで頂いた、チリの銅で作られた壁飾りを見ながら想いが募ります。
ちょうど1ヶ月前から、ラテンジャズに心奪われている私…スペイン語歌詞をしっかり覚えて、
ラテンジャズ歌手としてチリに行き、心友に会い、現地のライブで歌えることを夢見ています!
10月14日(木)
今週11日(月)に、父の友人と、父と私で枝豆収穫に出かけました。
小糸在来の枝豆がとても美味しかったので、今日は、父と母と私の3人で、再び出かけました。
父が枝豆の根っこを抜いて、大まかに枝を切って、私と母がサヤをちぎりました。
次の日、両親は筋肉痛で、私は、ヘッチャラでした。
毎食枝豆尽くしの毎日です。
9月29日(水曜日)
母と一緒に オルガンジャズ倶楽部へジョイアのライブに行きました。
1ステージ目の演奏曲は、「ジュビアン」 「Wake up」 「Mother island」
「Don’t worry me」 「ブレッシング」などを聴きました。
私達は、2月以来2回目の来店でした。
ピザが熱々、演奏も熱々でたまりませんでした。