天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

女の中を生きる還暦男

2014-08-26 06:40:56 | 

藤田 宜永『女系の総督』(講談社/2014)。
森川家に棲まうのは、母、姉はもちろん、子供たちから二匹の猫まで女だらけ。崇徳にとって、女は知れば知るほど理解できない摩訶不思議な生き物だった。彼女たちの“秘密”を垣間見た時…女難と恋が押し寄せる!父親に必要なのは、愛と努力と少しの秘密…家族、仕事、恋、健康―人生のすべてが詰まった直木賞作家の集大成!(Amazonより)

著者はこの小説を書いた動機についてこういう。
「ヒントをあたえてくれたのは、カミさん(小池真理子)の家族でした。女系というほどのことはないのですが、カミさんはふたり姉妹の長女。父親以外に家に男はいませんでした。小池家を訪ねた折、母親と娘ふたりのおしゃべりについていけず、途中で中座する父親を何度見たことか。僕はそれなりにフォローしたのですが、「パパ、そろそろ寝たら」なんて言う女たちの一言に気圧され、父親が姿を消すこともありました。
(中略)
最近はそうでもないのですが、一時、小池姉妹はよく喧嘩をしていました。
「・・・・・・あの子ったら、もう・・・・・・。二度と口ききたくない!」
電話を切った後、こんな感じで苛立っているカミさんの愚痴を聞かされるのは僕でした。
妹は妹で、僕と電話で話している時に〝大変ね、お姉ちゃんみたいな人と一緒になって〟なんてきつい調子で、姉に対する憤懣やるかたない気持ちを僕にぶつけてきたこともあります。
しかし、このふたり、本当に仲が悪いかというと、決してそうではないのです。愉しそうに長電話をすることもよくあって、内心、いい加減にしてくれよ、と思ったことも一度や二度ではありません。
僕は、姉妹の関係がよく分からず、一緒になった頃は、「そんなにぶつかるんだったら、一生会わなきゃいいじゃん」と一刀両断に切り捨ててました。
それが大きな間違いであることに気づくのには少し時間がかかりました。」


著者のこのコメントにぼくも100%同感。
ぼくの妻も藤田さんと同じく姉妹。姉は長いこと中学校の教師をしていました。
姉は家を飛び出す形で好きな男と結婚してしまい、妹(ぼくの妻)が家を継ぐ形になりました。
ぼくは養子縁組をして向こうの牲を継ぎました。
父が死んだときぼくが喪主でしたが実際の仕切りを妻に任せました。
ところが遅れて駆け付けた姉があれこれに口を出しはじめ妻はおおむくれ。「教師なんて教室の中の猿山の猿で世間のことなんかまるでわかっていない。自分はどういう立場なの!」
と絶交も辞さないばかりでした。

ぼくはおろおろしながらここには介入しないほうがいいだろうと模様眺めに徹していました。
ところが初七日が過ぎると姉妹の仲はなんだか元に戻っています。
東京へ来てからはぼくの家は来やすいといって姉は毎月遊びに来ます。
女きょうだいってなぜ、そうもつまらないことを話して時間を費やすことができるんだろう、と思うほどキャッキャッと談笑しています。

さて本書は女性の登場人物が多い。
まず認知症の崇徳の母。同居している末娘夫婦と二番目の娘。しょっちゅう口出しに来る姉。預かっている姪……。
娘夫婦の性的トラブル、長女との積年の仲たがい、姉の不倫疑惑、娘の就職問題、姪の夜のつとめと質の悪い男出入りの問題、妹のだんなのギャンブル狂い、自分自身の恋愛問題と、
万華鏡の中にいるようなめまぐるしさ。
多岐にわたる事象をうまく展開して暗くならない洒脱な展開をこころみている。
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