天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

折勝家鴨句集『ログインパスワード』

2017-04-21 13:28:16 | 俳句

折勝家鴨(おりかつ・あひる)……天地わたるに負けない奇抜な俳号であるなあ。彼女の処女句集がやってきた。
鷹主宰はこの句集の序において、
せっかちなあひるは、「折勝家鴨」となって「鷹」に飛び込んだのだ。
と書いているから本人が自分を戯画化してつけた命名なのだろう。

平成15年に鷹入会し即中央例会に来たようだが、最初は俳号のように何もかもふざけているとしか思えなかった。
月光集同人加藤静夫も小生とまったく同じ感慨を抱いたようだ。次のように跋に記す。

「もちろん俳句が注目されたわけではなかった。吟行の際のファッションが只事ではないのである。………折勝家鴨は紐ワンピ(細い肩紐のワンピース)の裾をひらひらさせながら、踵の高い靴で平然と野山を闊歩するのだ。ある時は胸元が大胆にカットされたブラウス、またある時は膝上数センチの革のミニスカート……、俳句の神様も赤面するようなファッションに、私たち鷹衆は吟行のたびに度肝を抜かれ胸を痛めたものである。」

こういう文章を書かせると加藤の筆は異彩を放つ。
主宰も加藤も家鴨さんはすぐやめるだろうと思っていたようだ。ぼくもそう思った。
それが入会後わずか9年で鷹新葉賞を受賞した。(ぼくがこの賞にたどりつくのに20年)。
家鴨さんは「持っている」のである、才能を。英語でいう「gifted」。

小川軽舟が選んだベスト10は以下のとおり。

女から男は生まれ春夕
働く日数えてしだれ桜かな
露の世や畑の中のラブホテル
梅白し死者のログインパスワード
クロッカス小指にできること少し
会社員霧のごとくにぶつかり来
流星や夜を覚えて泣く赤子
滝古び父のマフラー母が巻く
春の雲声出して今日明るくす
萩咲くや笑顔の母の近餓え


これらをみても家鴨さんは「gifted」の感じがする。発想力は羨望するほどである。
特に、
女から男は生まれ春夕
いわれてみればたしかにそうなのだがなかなか言葉にできない。女である自分をことさら誇っているのでもない。そういうものだよ人間界は、といったトーンである。価値感を押し込まず抜群の季語を配することで句に恰幅をもたせるのである。

世の中を大づかみにする、洞察する意識を家鴨さんは持っている。次の句も人間のありようの根源に目が行っている。

子の恋は子供産む恋雪間草

子は自分の娘のことか…と思って読むと、しかし、年頃になった娘が男と交わって早すぎる妊娠をする気配からほど遠い。雪間草で人生ってそういうもんだよねという達観めいたものを出す。
それだけに終わらず、閉経した女の恋は妊娠しないから自由自在よ、という妙な深読みへ誘う要素もあり、噛み切れない肉塊のような内容である。
物事を象徴的につかんで読者に読みのおもしろさを提供するようなところがこの作家の大いなる魅力であろう。

全天に向き合う全土カンナ燃ゆ

これも天性のおおづかみにする気迫が出ていて好ましい。
初期の作で「全天に向き合う全土」は新人らしくかなり肩に力が入っているが、「カンナ燃ゆ」としたことで力技で押し切っている。花が燃えるという表現は稚拙感が伴うがこの場合、上五中七が気張っているので逆に効果的。このへんのあんばいを若くして心得ているのはやはりgiftedなのである。

太陽に遠く女陰あり稲の花

「太陽に遠く女陰あり」…どう読んだらいいのか。
「夜這」を思うと、人間の男女の性行為は夜こそこそ楽しく行うが植物は光合成を謳歌している、などといった馬鹿な読みになる。稲の花で神話や風土記など土着性に思いをやり、読み手を何度でも読みたくさせる深みがある。

いただいた句集をぼくはあまり褒めない人間だが家鴨さんの句集はけなすところが少ない。

本妻は太ってもよし竹煮草

剽軽である。妻は地位に安住して贅肉がつく。囲われている女は不安定ゆえ容貌を保つことのみで勝負する。おかしみへのセンスも抜群である。

マネキンの生意気まつげ梅雨明くる
葉桜や男の部下を呼び捨てに
ひりひりと脇を剃りおり昼蛙


これらもユーモアがあっていい。「ひりひりと脇を剃りおり」なんて女性があまり書きたがらないところ。そこへ切り込むのは作家根性である。

以下の句は、発想力というより物を写し取る目が効いている。

流星や尻にボンネットの熱気
ふくらんで曲がる自転車春隣
口紅の転がっているヨットかな
花冷の定規すべらす図面かな
母と子の根津に墓参や春の雨
牛込のボクシングジムさみだるる


凝ってはいないがうまい。「根津」、「牛込」という地名だけで句にする技術もある。

最後に、本句集の題名になった句について。

梅白し死者のログインパスワード

「ログインパスワード」は10年前まで知らなかった。知ったけれどこれが句になるとは思わなかった。
家鴨さんは、インターネットで鷹のベテラン轍郁摩と知り合ったのだという。それがきっかけで俳句というものを知り、鷹俳句会へ入ったという。
「句集題名としたログインパスワードはネット世界に入る鍵のようなもの。」と家鴨さんはいう。さらに、
「季語も俳句の鍵かもしれぬ。その鍵を開けて中に入ると宇宙空間と同じような広がりを感じることが出来る。」
と、あとがきに書いている。

そう、季語は未知の世界へ入るまさにパスワードである。
そのことをよく知っている家鴨さんである。彼女と季語の話をしたくなった。
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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます (折勝家鴨)
2017-04-22 15:20:29
びっくりするほど褒めていただきまして、ありがとうございます。
今日は連合自治会総会のために例会を早退いたしました。
初期の句は消したかったのが本音なのですが、先生に選を頂戴したらあら丸がついているわ!と
第1章はあれこれ掲載順を工夫してみました。
クロッカスの句は小指に出来ること少し
です。

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