天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

中山千里ヒポクラテスシリーズ

2024-09-09 13:06:55 | 
  

『ヒポクラテスの誓い』
2016年/祥伝社

「読書メーター」出て昼行燈さんがこういう。
全五話から成る一話完結の短編連作。医療現場で不可解な死を遂げた死体からその原因を探る法医学者とその仲間が繰り広げる医療ミステリー。作者のその臨場感溢れる筆力が読み手を無条件にその場に引き込んでしまう。つまり、感情移入が恰も砂漠に水の如く、自然に、瞬時にその物語の関係者に成ってしまうのである。今回は解剖医の仲間として、まるでその場に立っているようにだ。自分も若い頃、一度は法医学者を目指した事もあってか、この物語が物凄く身近なものとして捉えられた。・・・メス!なんて言ってみたかった。兎に角、面白い!

主要人物は、研修医の栂野真琴。アメリカから留学してきたキャシー準教授。浦和医大法医学教室の光崎教授。埼玉県警の小手川。
キャシーは遺体解剖が飯より好きという変り種。法医学教室へ来た真琴に「あなた、死体はお好き?」と聞く。
そのセリフから話がはじまる。
キャシーは「ヒポクラテスの誓い」という文言を真琴に読ませる。すなわち、
養生を施すにあたっては、能力とはんだんの及ぶ限り、患者の利益になることを考え、危害を加えたり不正を行う目的で治療いたすことはしません。また、どの家へ入っていくにせよ、全ては患者の利益になることを考え、どんな意図的不正も害悪も加えません。そしてこの誓いを守り続ける限り、私は人生と医術を享受できますが、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るでしょう。
この誓いの権化というべき光崎教授は死体を切りに切る。死体解剖の予算に限りがあるが、その卓越した見識と洞察力で幾多の難事件を解決し、その実績ゆえ周囲の迷惑、思惑を押しのけて行く。
横山秀夫の『臨場』では、鑑識課の内野聖陽演じる倉石が現場の下した判断に「俺のとは違うなあ」と啖呵を切って解決する。ここの光崎教授も同様にほかの見立てを覆すヒーローであるが、近寄りがたい頑固爺さん。権威に迎合しない唯我独尊で無言で実技で君臨する。そのメスさばきは一縷のほころびもなく芸術的。キャシーのほか研修に来た真琴も光崎の技量に惚れて法医学教室の専従になってしまう。
真琴、キャシー、光崎、小手川のキャラクターのからみ具合に浮き浮きしながら、死因が究明され事件が解決に向かう。

2弾『ヒポクラテスの憂鬱』(2016年)
『ヒポクラテスの憂鬱』と同様に読み切りの6編。
その一つ「熱中せる」は胃の中の紙片が異色。
ネタバレだが、
光崎はからっぽの胃の中の黄土色の欠片を、見逃さなかった。紙である。
3歳女児は食事を与えられておらず空腹のあまり彼女は壁紙をはがして食べた、と光崎は推定。部屋を調べると壁に女児はつけたとみられる血痕があった。母が娘を死なすべく食事を与えなかったことに行きつく。女児の死因はベランダに出ていての熱中症という警察の見立てをひっくり返した。
人の心理のからんだ面妖な死に対して、あっと思うようなどんでん返しの連続。

3弾『ヒポクラテスの試練 』(2020年)
この作品は前2作とスタイルが違う。
肝臓ガンと思われた死者が実は、寄生虫エキノコックスの突然変異体の放つ毒素によるものと光崎が暴く。生者は嘘をつくとして死体専従の光崎教授が解剖室を出て各関係機関と折衝する。パンデミックを警戒するという今までと打って変わった展開。
感染源を特定すべく、キャシーと真琴が渡米。日本の感染者が秘匿していたものは何かがアメリカで暴かれる……寄生虫よりおぞましい人間の行状が最後に露呈する。


3作ともおもしろくあっという間に読んでしまった。このシリーズ、なお2作が発売されている。作者が緊張を保持してどこまで書き続けらるか興味深い。
4弾『ヒポクラテスの悔恨』(2021年)
5弾『ヒポクラテスの悲嘆』(2024年)

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