氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

究極の氣功

2006-07-06 00:46:06 | 氣功
究極の氣功とは・・・?

私が教えている「氣功」は「静功(瞑想法、呼吸法)」の「静座」で氣を養い
生命力を活性化し自然治癒力と免疫力を高めます。
これは字の如く静かな氣功で、座禅の原型でもあります。
一般的な気功である「導引」や「太極拳」の「動功」では様々な型や技が有り
ます。
型や技を覚えるのに意識がとられ「氣」を体感するのはなかなか困難です。
煩瑣な技が多数有り全て実践するには何時間も掛かってしまいます。

此処で手前味噌な自画自賛をする為に静功と動功の違いを説明しているのでは
ありません。
目的はどちらも同じで生命力を高める事に相違はありません。
自分に合った「氣功」を探し実践すれば良いのです。
しかし氣功を修行と考えて実践するのと楽しんで実践するのとでは違いが大き
いように思います。

修行と考える気功は「静座」や「導引」の技をこなしている時だけで終わり勝
ちです。
運動でも健康法でも実践が大切で継続が力である事は否めません。
しかし実践出来ない時は不安になりストレスにもなってしまいます。

私が考える理想的な「氣功」は少し違います。
「静座」が「氣功」の全てでは有りません。
仕事をしたり、食事をしたり、寝たり、起きたり、生活の全てが「氣功」だと
考えているのです。

日常の一挙手一投足が「氣功」だと考えて生活すれば素晴らしいと思います。
老子が理想とした「無為自然」に近づく事それが私が理想とする究極の「氣功」
です。
一日の24時間全てが「氣功」の実践であり生活の全てを楽しんでしまう・・・
意識せずにあるがままに生きる事のすべてが「氣功」だと考える。

極端な話、病気も健康に成る為だと考えると落ち込む必要は有りません。
健康に執着する事も無いのです。

如何なる状況に成っても自然に任せ「無為」の境地に生きる・・・
私はそうありたいと毎日を過ごしています。

私は此処何年も「静座」を実践していません。
「不錬周天」と言って「無為自然」の境地に近付くために「静座」をしない・・・
「静座」に頼らなくても大丈夫(実は怠け者かも?)な今日この頃です。