氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

敗者復活の極意~4

2006-07-04 00:09:11 | 氣に為ること
平和憲法をアメリカから押し付けられ新生日本は独立しまた。

戦争を永久的に放棄した新生日本は軍備も認められず経済活動に専念出来た。
但し朝鮮戦争を契機としてアメリカ軍の後備を守る為にアメリカ主導で警察
予備隊~保安隊を創設し現在の専守防衛を旨とする自衛隊と成った。
自衛隊が違憲で有るのか合憲で有るのかはここでは触れないが世界でも奇妙な
攻撃出来ない特異な軍隊で有る。
何処の国の軍隊も名前は国防軍、国防省で有り、攻撃軍、侵略軍、攻撃省、
侵略省などは皆無だ。
自衛権は有るが攻撃権は有るのか?
侵略を受けてからの宣戦布告は可能なのか?
交戦状態に入ってからも攻撃は出来ないのか?
有事には如何対処するのか甚だ心もとなく心配です・・・

その後のベトナム戦争での特需も日本経済に弾みを付け高度経済成長の道を
歩き続けました。
日米繊維摩擦や自動車の貿易摩擦など何時の間にか敗者日本は経済大国として
完全に復活していた。
勝者アメリカは経済的にも赤字を抱え苦慮して自信を無くしていた。
それに加えて、常勝アメリカもベトナム戦争から可笑しくなり始め其の後の
イラン、イラク、アフガニスタンと苦戦が続きます。

この度のイラク戦争も最初の勝利は簡単でした・・・
アメリカを中心とした多国籍軍は海上からのミサイル攻撃に始まり激しい空爆
を繰り返し瞬く間に制空権を確保した。
巡航ミサイルトマホ-クの搭載カメラの映像は戦争ゲームを見るようで現実感
が希薄です。
続いての地上戦でも組織的な抵抗も少なく苦も無くバクダットを落としいれ
フセイン政権を解体しました。

しかし平定してからの占領はかつての日本の様に簡単には出来ませんでした。
それは被占領国の国民性(宗教に裏打ちされた)が違う事が原因です。

占領してからのアメリカ軍(多国籍軍)は内戦やテロ、ゲリラ戦には脆弱な
先端技術に頼る洗練された軍時国家の代表です。
ゲリラ戦、市街戦、テロ攻撃などの至近距離の地上戦はさっぱり駄目ですね。
かつてソ連もアフガニスタンで痛い目に遭いソ連は解体の憂き目を見たのも
事実です。

宗教に裏打ちされた強さはどんな武器を持っても殲滅以外は勝てません。
織田信長が一向宗相手の石山本願寺や伊勢長島の悲惨な戦いを思い出します。
根切殺しに殲滅せぬ限り相容れないので勝敗は付きません。
天草四郎による島原の乱やキリシタン弾圧の結果も同様です。

イスラム教とキリスト教の戦いは十字軍の時代から続いているのです。
パレスチナとイスラエルも同じでどちらにとってもモーゼの時代からの聖戦
なのです。
両方に大儀が有り双方が譲れない聖戦だから話は拗れ解決出来ません。

それに比べて神国日本の八百万の神々は穏やかで優しく見えます。
清濁併せ呑み異なる物も全て受け入れ共存共栄を旨とします。
唯一絶対の一神教とは大きく異なる柔軟性が有るのです。
其の上に潔く負けを認める日本独自の国民性が「禍を転じて福と成す」所為
なのかなんとも負け上手の国家です。

中華人民共和国政府も靖国神社参拝位で目くじら立てたら笑われますよ。
神国日本の神が世にも恐ろしい他民族や他神を受け入れない唯一絶対神だっ
たら・・・恐ろしい結果に成っていると思います。

イラクで苦戦中のアメリカ政府は事の重大さに気が付いていないのでは?
イラク軍の負けるまでの弱さ、負けてからの不正規軍の強さ、この対比は驚き
です。
負けるまでは強く負けてからは弱い方が善良な市民には幸せなのですが・・・
それにしてもイラク国民の頑固さと二枚腰の強さには感服します。
敗戦を受け入れられない国民性は果たして是なのか非なのか・・・?

日本民族の多様性と柔軟性はこの国の特殊な成り立ちと歴史に関係が有ると思
います。
私は歴史学者でも人類学者でも有りません。
勝手な独断と偏見か屁理屈かも知れませんが最近特にこの思いが強く成って来
ました。
TVや新聞のニュースを見る度に思うのです。

「負けを潔く認めて敗者復活を目指せば良いのに・・・」
「意地を張ったり見栄を張っても仕方が無いのに・・・」
「大儀や聖戦ほど胡散臭い物は無いな・・・」

大東亜戦争敗戦の混乱期に組織的な略奪や無謀な抵抗を起こさなかった素晴ら
しい先人達は本当に偉い。
我々が今日の繁栄を享受出来るのは幾多の戦争で多くの命を落とされた先人達
があったからです。
そしてそのお陰を蒙り我々は幸福です。
大和朝廷成立以来、多数の敗者の皆様方のお陰で現在の日本が有るということ
を再認識したいのです。

私はこの平和な戦後の日本に生まれた事を感謝致します。
此れからも未来永劫にわたり負け上手な日本で有りますよう祈ります。

長い歴史を振り返ると目先の勝敗はあまり関係無いように思います。
「有為転変」は陰陽の変転と同じく「無為自然」で留まる事が有りません。
今日の敗者は明日の勝者、今日の勝者は明日の敗者、明日の敗者は明後日の
勝者・・・?

目先の勝ち負けや損得勘定に拘泥せず氣楽に考えましょう。
勝っても驕らず負けても腐らず「損して得を取る」を旨に泰然自若を理想にした
いと思います。