氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

ビー玉遊び~4

2005-10-31 10:11:40 | 懐かしい遊び
「ビー玉遊び」に夢中だった頃の夢のような話です。
あの頃のビー玉は子供達の間で準貨幣のような扱いでとても価値有るアイテムでした。

大阪市近郊のM市に住んでいた氣楽亭は有る日、凄い宝の山を見つけました。
そこはM市の郊外で田圃や畑の中に工場がある地域です。
お使いに行った帰りに何時ものように道草をくつてブラブラしていました。
ある工場の裏には割れた緑色の瓶が山のように積んで有ります。
そこはラムネ工場だったのでした。

工場の裏手の空き地には鉄条網で囲いがしてあります。
その中には破損したラムネ瓶が幾つもの山に成っている。
その周りにはビー玉がキラキラと太陽の光に反射して輝いていました。

鉄条網の破れから囲いの中に入った氣楽亭はビー玉を拾い集めます。
瓶の欠片で手を切らないように注意しながらズボンのポケット一杯にビー玉を詰め込みました。
宝の山を見つけて宝を取り放題の幸運に喜び驚喜したのです。

ボケットが一杯で入らないので考えました。
肌着の丸首シャツのすそをパンツの中へ入れ其の上からズボンで押さえベルトでしっかり留めます。
其の上にシャツの裾をズボンの上に出して着ました。

ビー玉を丸首シャツの首から中へ次々と入れます。
お腹や脇腹にビー玉が直接当たり冷たかった。
ビー玉を入れる度にカチャカチャと音がします。
財産が増える音のようで大変に幸せで興奮しました。

余りビー玉を入れすぎると重たいし歩くたびに音はするし適当な所で切り上げます。
鉄条網の破れから囲いの外へ出て何食わぬ顔で道路を歩きました。
何食わぬ顔をしようと思えば思うほどニヤケタ変な顔に成ります。
走り出したい気持ちを抑えて(ビー玉が重くて走れない)歩きました。

歩くたびにお腹やポケットのビー玉はカチカチと音を立てる。
其の音を聞く度に夢ではない現実の音と重さに感激します。

道で友達が声をかけて来たり遊びの誘いかけをしたりしますが無視しました。
しかしお腹のビー玉が冷えてお腹は痛くなるし帰宅するまで大変です。
やっと家に帰り着いて座敷でズボンを脱ぎ下着のビー玉を出してトイレへ駆け込みました。
大量のビー玉を見つけた素晴らしい日の思い出です。

ビー玉遊び~3

2005-10-30 07:57:44 | 懐かしい遊び
空き地に直径5cm位の浅い穴を5個サイコロの5のように掘る。
穴と穴の間隔は1m位でした。
ちょうど野球のダイヤモンドのようです。
この穴にビー玉を順番に入れて遊びました。

敵のビー玉を自分のビー玉で当てて穴から遠くへ飛ばします。
もし当たらなかったら自分のビー玉が敵に当てられて飛ばされる。
このビー玉遊びの名前は「ポリスポリス」でした。
名前の意味や所以は解りません。

地域で名前は異なつたと思います。

ビー玉遊び~2

2005-10-29 08:23:55 | 懐かしい遊び
「ビー玉遊び」の真剣勝負ですが「三角出し」をよくしていました。
空き地に三角を書いて賭けるビー玉を入れます。
参加する各自が同数のビー玉を賭ける。

4~5m離れた場所に線を引きそこから三角に向かってビー玉を投げる。
三角の中のビー玉に当たり出たビー玉は貰えます。
自分の投げたビー球が三角の中に入ればそのビー玉はもう使えません。
賭けたビー玉と同じ扱いになる。
もう一度スタートラインに戻り新しいビー玉で参加出来た。

三角の中のビー玉に当ててもビー玉が出なかったり自分のビー玉が三角の中に入ったりしないように慎重に投げた。
面白くて毎日のように夢中になって遊んだ思い出が有る。

ビー玉遊び

2005-10-28 09:33:15 | 懐かしい遊び
駄菓子屋で売っていた「ビー玉」には二種類ありました。
薄緑色や青色の無地の物と透明なガラスの中に赤や黄色のカラフルで綺麗な模様が有る少し高価な物です。
ラムネ瓶の中に入っていた「ビー玉」は無地の物でした。
中には空気の気泡が無数に有る。

そんな「ビー玉」をズボンのポケット一杯に膨らませて「ビー玉遊び」に興じた。
勿論「ビー玉」を賭けて取り合う真剣勝負です。

この「ビー玉」は子供達の間では通貨の意味を持つ品物でした。
「ビー玉遊び」で負けて手持ちの「ビー玉」が無くなると駄菓子屋へは買いに行きません。
その場で勝って「ビー玉」を沢山持っている子供から直接「ビー玉」を買うのです。
駄菓子屋で売っている「ビー玉」の半値位で売買しました。

「ビー玉遊び」には各地でローカルルールが有り異なった遊びが有る。
明日からのブログで大阪ローカルの「ビー玉遊び」を紹介します。

ロッテ優勝

2005-10-27 08:12:52 | 日記
昨夜ロッテが甲子園で第四試合を阪神に勝ち日本シリーズで優勝し日本一に成った。
ロッテは阪神に4連勝しボビー・バレンタイン監督の胴上げを甲子園で見られた。
アンチ阪神の私としてはシーズン中の鬱屈が晴れ溜飲が下がる思いです。
ロッテは偉い!

私の幼い頃は「大毎オリオンズ」だった。
31年前は「東京オリオンズ」だったと思う?
金田正一監督の時に日本シリーズで中日ドラゴンズに勝ち日本一に成る。

ボビー・バレンタイン監督はアメリカ人監督で最初に日本一に成った。
日本の野球界の歴史に残る快挙です。

電車ごっこ

2005-10-26 09:47:46 | 懐かしい遊び
長いロープを輪にし電車に見立てて遊んだ。
先頭が運転手で後ろは車掌です。
間にお客が乗車しました。
ロープを長くして特急列車にしたり、短いロープを輪にして連結したり工夫します。
道路の電柱が駅でした。
勝手な駅名を付けて町内の電柱を巡ります。
暗い路地はトンネルでした。

電車や汽車が大好きだったので玩具の「乗り物遊びセット」(電車カバン)を買って貰い得意だった。
「乗り物遊びセット」には黒い肩から提げる車掌カバンが有ります。
中には切符や笛に検札用の挟みが有りました。

切符は直ぐに無くなり自家製の切符を作ります。
色紙を細く切って母の裁縫道具で目打ちを入れ回数券のように作りました。
「電車ごっこ」の乗客に切符を渡し挟みで切ります。

電車や汽車の運転手や車掌は憧れの職業でした。


いも虫ご~ろごろ

2005-10-25 08:31:30 | 懐かしい遊び
幼稚園に行っていた頃か、もう少し昔しか、忘れたけれど古い思い出です。
年少者ばかりで集まっては道路を占領して遊んだ。

「いも虫ご~ろごろ」は変な意味の無い遊びでした。
先頭がリーダーを勤める。
リーダーがしゃがみ後ろの子供が両手でリーダーの腰を掴みます。
また後ろの子供が前の子供の腰を両手で掴み連結する。
長く繋がると、いも虫かムカデのような感じに成ります。

リーダーが歌を歌うと後ろの子供達が声を揃えて歌いながら出発する。
いも虫ご~ろご 瓢箪ぽっくりこ!」
同じ歌を繰り返しながらしゃがんだまま前進します。
道路をジグザグにゆっくり、ゆっくりと進む。

後ろがころんだり手をはなしたりして上手く連結を保てない。
しかし子供達が大声を上げて歌いながらしゃがんで進む遊びは面白かった。
道路を走るリヤカーや自転車は停まって待ってくれました。
自動車は偶にしか通らない長閑な時代の思い出です。

胴馬

2005-10-24 10:06:13 | 懐かしい遊び
寒いシーズンには「胴馬」をして遊んだ。
「胴馬」は馬チームと飛ぶチームの二組に分かれます。
人数や体格など出来るだけ公平に成るように分けました。

ジャンケンで馬か飛ぶ方か決める。
馬に成ればエントツを一人決めます。
一番弱そうな年少者をエントツにしました。
馬は何人もの体重を支えなければいけません。
馬が潰れたら負けで支えきるまで馬をしなければいけなかった。
飛ぶチーム全員が馬に乗り潰れなかったら交代です。

家の壁や塀にもたれてエントツを立てる。
エントツの股に頭を突っ込んで両手でエントツの腰を持つ。
次の馬が前の馬の股に頭を突っ込み両手で前の馬の腰を持ちます。
次々と同じ様に馬が連結される。

飛ぶチームの先頭は馬に乗ったら前へ前へと移動し後ろの人が飛べるように場所を確保します。
何人もの体重を支えるのが困難で馬はすぐに潰れました。

体がポカポカと温かくなり汗が出るくらいです。
馬に成れば相手の尾骶骨が背骨に当たり痛かった。
相手の全体重を背中と腰で受ける危険な遊びです。

馬飛び

2005-10-23 08:39:06 | 懐かしい遊び
秋や冬に寒くなると「馬飛び」をして遊びました。
最初はジャンケンで負けた者が馬に成る。
馬は足を延ばして腰を直角に曲げ両手は足首を握り腰から背中と頭まで水平を保つ。

先頭の人が飛び方の指示をして後の人が真似て飛ぶ。
失敗した人が交代で馬に成るのです。
飛び方の指示は色々とあって面白かった。

淀の競馬:馬の背中に両手をついて飛びながら右足の踵で馬のお尻を蹴る。
大ドッスン:飛びながら馬の背中に尻餅をつき馬をつぶす。
鷲の爪:飛びながら馬の背中の肉を両手で握る。
他にも色々あったけれど忘れてしまい思い出せません。

表の遊びにも季節感が有り楽しかった。

ケンパ

2005-10-22 09:44:29 | 懐かしい遊び
大阪では石蹴りの事を「ケンパ」と謂います。
道路はアスファルトだったのでチョークかロー石で「ケンパ」の枠を書いた。
空き地や原っぱは棒で書くか薬缶の水で枠を書いた。

丸くて平べったい石や瓦の欠片を削り丸く調えて自分の石にします。
駄菓子屋でガラスを円く平らにした物を売っていたが勿体無いので買わなかった。

「ケンパ」の語源は石蹴りの掛け声だったと思います。
大阪では片足飛びを「ケンケン」と謂いました。
片足で一回飛んで「ケン」と言い両足を開いて着地して「パ」と言います。
「ケン」で石を蹴り次の枠へと進みます。
上手く進まなかったら再度「ケン」で石を蹴る。

男の子も女の子も一緒に楽しく遊びました。
最近の子供達が石蹴りで遊んでいるのを見た事が有りません。
消えてしまった遊びでしょうか?