氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

夢もチボーもないよ

2006-04-30 14:50:52 | 懐かしのギャグ
唐草の風呂敷がトレードマークだった「東京ボン太」が懐かしい。
少し訛りの有る喋りで「夢もチボーもないよ・・・」が大流行しました。
日活映画で「田舎っぺ」シリーズに主演する。
フジテレビでも「東京ボン太ショー」を観た覚えが有ります。

しかし何時の間にかTVや映画から姿を消してしまう・・・
たしか40代後半の若さで亡くなられました。合掌

ド~モ・スミマセン

2006-04-29 09:42:56 | 懐かしのギャグ
昭和30年代の中頃に落語家「林家三平」が大人気になった。
落語と言っても座布団には座らないで漫談のように立ち姿で演じる。
舞台横には背広姿でアコーデオンを演奏する直立不動のオジサンも居た。

「林家三平」はパーマでチリチリの前髪を片手で掻きながら「ドーモ・スミマセン・タイヘンナンスカラ~」と笑いを取る。
いくら可笑しい事を言ってもアコーデオン奏者はニコリともしない。
何とも不思議な落語でした。

アコーデオンに合わせて「ヨシコ~サン・こっち向いて~なぜ逃げるのよ・・・」面白い歌を唄う。

伝統落語とはかけ離れた芸風でした。
「林家三平」が懐かしい。

あぁ~ぁ嫌んなっちゃった

2006-04-28 09:12:37 | 懐かしのギャグ
ウクレレを弾きながら(簡単な3コード)唄う「牧伸二」が懐かしい。
ハワイアン風の歌とアロハが眼に浮かぶ。

フランク永井は低音の魅力~漫談の牧伸二~低脳の魅力・・・あぁ~ぁ嫌んなっちゃった~あぁ~ぁ驚いた」

玩具のウクレレを持っていたので真似ばかりしていました。
勿論コードなどは知りませんから無茶苦茶に弾いていたのです。
チューニングもしていない度胸千両の演奏でした。

効いてきた~!

2006-04-27 10:08:51 | 懐かしのギャグ
大阪難波の「南街劇場」からTV中継していた喜劇ドラマ「まげものコメディ110番」と言う放送を観ていました。
昭和30年代の初め頃だと思う・・・何曜日の何処のTV局かは定かでない。

番組のスポンサーが亜細亜製薬(アジアせいやく)でした。
流行していた強壮剤「強力ベルベ」の生CMが懐かしい。

其の頃の強壮薬はガラスのアンプルに入っている。
ハート型のガラス切りでアンプルの口を切り取りストローで飲む。
注射のアンプルのようで(ドリンク剤なのに)効きそうに思うのか?

そのTV番組の始まりが生CMでした。
「藤田まこと」がマゲ姿で三宝に「強力ベルベ」を恭しく載せて舞台に出て来る。
アンプルを「キコキコ・ポッキン」と開けてストローで「チュ~ッ」と一息で飲む・・・
大太鼓が「ド~ン・ドン・ドン」と鳴るとひょうきんな仕草で「効いてきた~!」と叫ぶ。
そんなに早く効き目が現れる訳ではないのだが・・・飲みたかった。
しかし子供には飲ませては貰えません・・・

今なら薬事法違反の誇大広告で大問題に成るだろう。
CMもあの頃はおおらか(無茶苦茶)でした。

安田~っ!

2006-04-26 08:04:54 | 懐かしのギャグ
「シャボン玉ホリデー」の思い出です。
「なべおさみ」のコントで「キントト映画」の監督を演じ助監督「安田伸」を「安田~っ!」と叫びメガホンで叩き廻るシンーを思い出しました。

無理難題を助監督の「安田」に押し付け理不尽にも怒鳴る・・・
学校で大流行しました。

というのも同級生に偶然に「安田君」が居たので彼が犠牲に成る。
急な抜き打ちテストがあったり面白くない事が有ると・・・
「安田~っ!」とクラスメイトから責められる。
イジメでは有りませんギャグでした。

彼も勿論「シャボン玉ホリデー」の大フアンで月曜日には真似をします。


お父っあん お粥が出来たよ

2006-04-25 09:35:25 | 懐かしのギャグ
やはり「シャボン玉ホリデー」定番のギャグで「お父っあん お粥が出来たよ」が懐かしい。
病気の父親「ハナ肇」が寝ているあばら家で双子の娘「ザ・ピーナッツ」が土鍋を手に「お父っあん お粥が出来たよ」と入ってきます。
悲しいBIGMでシンミリとした臭い芝居をする・・・

「植木等」がお決まりのカンカン帽・ステテコ腹巻ジュバン・下駄履きで闖入。
馬鹿声を張り上げ「お呼びでない?」で芝居はハチャメチャ・・・
布団の「ハナ肇」が土鍋のお粥を頭から被りチャンチャン。

こんなギャグを毎週楽しみにTVを夢中で観ていたあの頃が堪らなく懐かしい。

青島だぁ~!

2006-04-24 09:28:02 | 懐かしのギャグ
「シャボン玉ホリデー」の構成作家で「クレイジーキャッツ」の「スーダラ節」などの作詞家である「青島幸男」がコントにも出演する。
登場してはカメラの前で「青島だぁ~!」と尊大に言い放つ・・・
のちには「谷啓」の「谷だぁ~!」も流行しました。

放送作家や構成者が画面に登場し人気者に成る最初の人物です。
「脚本家」~「作詞家」~「TVタレント」~「小説家(直木賞受賞)」~「政治家(参議院議員・都知事)」と華麗に変身しました。
しかし都知事は期待はずれで引退する。

TVドラマ「意地悪婆さん」が懐かしい・・・

お呼びでない?

2006-04-23 10:08:15 | 懐かしのギャグ
「シャボン玉ホリデー」のコントで「クレイジーキャッツ」の人気者「植木等」のギャグ「お呼びでない?こらまった失礼~」が忘れられません。

カンカン帽を被りステテコ腹巻ジュバンに下駄履きというトボケタ扮装の親父キャラで「植木等」が登場する。
場面は厳粛な「結婚式」や「御葬式」などのシーンで場違いな親父が闖入・・・周りを見渡し脳天気な馬鹿声で「お呼びでない?こらまった失礼~」で全員がズッコケル。

文章で書けばこれだけの事ですが・・・大爆笑
何故にこんなにも面白かったのか?
今と成れば疑問ですが・・・あの時代が面白かったのでしょう。
他には面白い物が無かったからです。
「空腹は絶妙の調味料」だった。

白黒の小さなTV画面(14インチ)で繰り広げられたコメディが新鮮で斬新でした。

ガチョ~ン

2006-04-22 10:31:44 | 懐かしのギャグ
昭和36年に始まった「シャボン玉ホリデー」は面白かった。
出演していた「クレイジーキャッツ」の「谷啓」が忘れられない。

コントの落ちが「ガチョ~ン」でした。
真面目くさった顔の「谷啓」が右手の親指と人差し指をつまむ仕草で「ガチョ~ン」というと・・・カメラが引いたり戻したり。
画面が揺れ動き他の出演者が「ハレホロヒレハレ・・」とズッコケル。
学校で吹奏楽部に所属していました。
顧問の先生が来るまで楽器を使い「クレイジーキャッツ」の真似をする。
マーチを練習するより楽しくて面白くやめられません。

あんなに夢中にTVを観たのは始めての経験でした。


シスターボーイ

2006-04-21 09:55:27 | 懐かしい言葉
「シスターボーイ」和英語(sisterboy)で女性のような身なりや態度の青年。
この言葉も昭和30年代の初めに流行しましたが今は死語になりました。

今なら「ニューハーフ」とでも言うのでしょうか?

あの頃は子供のくせに服装には神経質でした。
服に赤や紅が少しでも入っていると・・・「シスターボーイとちゃう!こんなん嫌や」と拒否します。
「シスターボーイ」という言葉が流行するまでは「男女(おとこおんな)」と言っていました。

昭和30年代の初めに歌手デビユーした「丸山明宏(美輪明宏)」が「メケメケ」で人気が出る。
独特のファッションで「シスターボーイ」と呼ばれました。
ビジュアル系の元祖でしょうか?