かんじゃまのつぶやき(海の見えるチベットより)

日本一細長い四国佐田岬半島での慣れない田舎暮らしの日常や風景、
  そして感じたこと、思い出などをひとコマひとコマ

水神様のお恵み

2007-08-06 16:30:54 | 田舎の生活
昨日菜園で作業をしていると、見知らぬ男性に声をかけられた。彼には女子高生らしき4人が同行していた。声をかけてきたのは先生らしき人で「四電に載っていた井戸を探しているのですが・・」という。もうこの集落には井戸は残っていないのではないかな・・・?と思ったが、その直後におそらくあそこのことだろうと思い当たり(本ブログ7月27日の写真)、歩いて2~3分の場所なので、少し作業の手を休めてその場所へ案内した。すると、先生らしき人は「あー、ここだ、ここだ」と言って、すぐにカメラを構え始めた。そして、私に写真に入ってくれと言う。少し照れくさかったが、まあスケール代わりだと思えばいいやと麦藁帽子を目深にかぶり写真に入ることにした。いっせいに女子高生達もカメラを構えた。彼らは、その後も石垣や井戸、水神様を珍しそうに写真に収めていた。聞けば、彼らは○○市(この集落から車で約1.5時間)からやって来たという。夏休みを利用してのクラブ活動だろうか?自由研究だろうか?
実は、これらは一般的にいう井戸ではなく、山からの伏流水が湧出(湧水)してくる箇所に設けられた水源なのである。だから、一般の井戸と異なり地下深くに孔を掘ったものではなく、せいぜい1m程度地面を掘り下げているだけである。残念ながら、この場所のものは斜面上部の地形改変などにより、現在はほとんど水が枯れてしまっている。
しかし、我が集落には、ここ以外にも現在も湧水している水源が数箇所ある。そのひとつが写真のものである。この湧水箇所は、以前はこのようにコンクリートで囲まれておらず、オープンだった。上面を覆っているコンクリートは、雨水が直接この貯水池(?タンク程度)に入り込まないための工夫だろう。上水道が整備されていない時代にあっては、これらの水源は貴重な生活用水であった。また、水道が整備された後も冷蔵庫が十分に普及していなかった頃は、集落の人々は朝夕ここに水を汲みに来ていた。冷たくて美味しいからだ。また、私が子供の頃にはシャワーなどなかったので、海水浴の帰りこの湧水場所で、身体表面の塩分を洗い流すために、柄杓で水を汲んで「キャーキャー」言いながら水浴びをしたものである。海水浴で火照った身体に、ひんやりとした自然の水はとても気持ちよかった。
おそらく、今でも子供達は時々水浴びをしているのだろうと思う。 


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