サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10506「殺人犯」★★★★★★☆☆☆☆

2010年11月27日 | 座布団シネマ:さ行

殺人事件を捜査する刑事が、犯人が自分であることを示す証拠の数々を見つけ、心身を狂わされるサスペンス・スリラー。『グリーン・デスティニー』のプロデューサー、ウィリアム・コンが製作を手掛け、アジアの人気スター、アーロン・クォックを主演に、殺人犯の汚名を着せられながらも、それを覆せない主人公の狂気と迷走を描く。アーロンの鬼気迫る熱演や、オープニングから連続する衝撃映像や予想外の結末など、見どころ満載の問題作。[もっと詳しく]

香港映画界は、まだまだ健在である。

香港映画といえば、ジョニー・トー。「男泣き」は健在で、彼の新作や、弟子筋をプロデュ-スした作品を見るのが楽しくてしょうがない。
中国は「これからは映画産業も世界一を目指す」ということで世界不況に対してここぞとばかりに豊富な投資余力を生かして、チャイナハリウッドを目指そうとしており、北京郊外はじめ、続々と超巨大なデジタル施設も作られている。
そんな情況を横目にして、われらがジョニー・トーは制作費用は国際調達しながら、あくまでも香港ロケにこだわっており、「中国映画」ではない「香港映画」を守っていこうとしている。
ただし、徹底した現場の即興制作にこだわるジョニー・トーのスタイルは誰もが真似できるものでもない。
ジャッキー・チェンやアンディ・ラウなども、膨大な中国市場を臨みながら、香港映画の伝統と欧米に通じる方法論とを模索している。



もうひとり香港映画界で忘れてはならないのが、プロデューサーとしてのビル・コンだ。
ビル・コンの名前を世に知らしめたのが、『グリーン・ディスティニー』(00年)。
アン・リー監督と組んで、中国カンフー歴史劇をハリウッド仕立てにしてアカデミー賞を獲得した。
チョウ・ユンファ、ミシェル・ヨー、チャン・ツィイーらを、一挙に国際的スターに持ち上げた。
その後は、香港・中国・台湾・アメリカ・日本・・・とキャスト・スタッフに国際的な布陣をひかせたらやはりこの人がNO.1だ。



チャン・イーモウに『HERO』(02年)、『LOVERS』(04年)、『単騎、千里を走る』(05年)、『王妃の紋章』(08年)を撮らせたらと思ったら、韓国人気女優のチョン・ジヒョンをひっさらって『僕の彼女を紹介します』(04年)、『ラスト・ブラッド』(08年)のヒロインにした。
『SPIRITスピリット』(06年)では久方ぶりにジェット・リーをハリウッドから帰還させ中村獅童らと共演させ、またまたアン・リー監督と組んでトニー・レオンの大胆性愛シーンで話題を呼んだ『ラスト・コーション』(07年)を制作している。
台湾の青春ドラマである『言えない秘密』(07年)や、日本の漫画原作から黒木メイサを起用して『昴ースバルー』(08年)なんかも制作している。
そのビル・コンが制作総指揮をとったひさしぶりのコテコテ香港映画が『殺人犯』である。



サスペンス・ホラーものなのだが、さすがにビル・コン。スタッフもアジアの一流を起用している。
脚本はアンディ・ラウ主演の『ベルベッド・レイン』(03年)のトー・チーロン。『言えない秘密』『SPIRIT』でビル・コンとはタッグを組んでいる。
撮影はアジア映画では第一人者といってもいい台湾出身のリー・ピンビンを指名。最近では『空気人形』(09年)の乾いたトーンが忘れがたい。
音楽はこれまたアジアをまたにかけて活躍するわれらが梅林茂。
主演は香港四大天王といわれるミュージック界のアイドルであるアーロン・クォックを、狂気と破滅に陥る刑事役で起用した。
題名だけ見れば、B級映画丸出しなのだが、そして冒頭からいきなり画面上部から男がドスンと落下して血まみれで足も捻らせてピクピクと痙攣している衝撃映像で、この先どうなるやらと心配になるのだが、これがどうしてなかなか目が離せないのである。



落下した男はタイ刑事。後輩刑事のレン(アーロン・クォック)は気絶し、事件当時の記憶が喪失している。
体に電気ドリルで穴をあけて流血させる猟奇連続殺人事件の一環であり、捜査にあたっているレンがいずれも最後の接触者であるため容疑もかけられている。
レンは無実を証明しようとするが、記憶が定かには戻らないまま、次々と不利な証拠が出てきて、自分でも疑心暗鬼になってくるのだが・・・。
結構、怖い(笑)。
電気ドリルの穴がどの被害者も模様が共通で、穴をつないでいくと「ウサギ」のかたちになる。それは2年前にレンが目を離した隙に公園の池で溺死した息子が描いたウサギだ。
「殺された者同士」の関連性が見つからなかったが、レンの少年時代の写真に写っていた幼馴染だと判別する。
犯行に使われた電気ドリルは自分の工具箱にあったものだ。
記憶がときどき蘇りかかるが、明確に説明はできない・・・。



いつものようにネタバレしてしまえば、養子で迎えた息子のチャイチャイが30年ぐらい前に出会ったレンらに恨みを持つ少年であり、その少年はホルモン異常(下垂体機能不全)による小人症で、見た目は子どもだが、実は40歳になっているのだった。
チャイチャイが邪気の無い子どもの姿から、一転してメガネをとると薄気味悪い野太い男の声に変わるのはお笑いなのだが、やはり怖い。
この設定は、養女に迎えた「ちょっと変わったところのある」美少女が、実はホルモン異常の成人女性であり、次々と家族に悪意を見せていくという『エスター』と同じである。
この作品も、僕は怖くてしょうがなかった。



チャイチャイにしても、エスターにしても、やはり僕たちは、その体つきで子どもと判断して、子どもの行動を逸脱することを頭では了解できても、なかなか生理的に反応できないからだ。
ホルモン異状による小人症は知能は正常であり、男では1万人に2.14人が女では同じく0.71人が発症する奇病なのだが、チャイチャイやエスターは、まさに風貌からしても子どもの体に大人の頭脳を持っているわけだ。
ただしそれだけであれば、気の毒ではあるがひとつの発育障害に過ぎない。
怖いのは、チャイチャイは母親との犬猫のような虐げられた暮らしにより、エスターも精神的病理により、思考に悪意に満ちた残虐な嗜好性が根付いているからなのだ。
そしてどちらも子どもの振りをしながら、異性に対する性的嗜好を貪欲に持っている。



ともあれ『エスター』にしても、『殺人者』にしても単なる悪趣味なB級ホラーとして片付けられない、人間の恐怖のある断面を覗き込むような深さを持っている。
それはやはり、一流のキャストが結集して、「映画」として過去のサスペンス・ホラーの文法も踏襲しながら、僕たちをのめりこませるに足る、そして夢で魘されるかもしれない密度を持った、エンタテイメント作品に仕上げているからだと思われる。

kimion20002000の関連レヴュー

単騎、千里を走る
ラスト・ブラッド
ラスト・コーション
ベルベット・レイン
空気人形




 



 


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