サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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サインの重み/速見優(元日銀総裁)/84歳

2009年05月17日 | 毎日がメメント・モリ

訃報 速水優さん84歳=元日銀総裁


5月17日11時27分配信 毎日新聞










訃報
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速水優・元日銀総裁

 日本の金融不安やデフレ克服のため、世界でも前例のなかったゼロ金利政策や量的緩和政策に踏み切った元日銀総裁の速水優(はやみ・まさる)氏が16日午前、死去した。84歳だった。葬儀は近親者のみで行う。

 98年3月、日銀職員の接待汚職事件で引責辞任した松下康雄総裁の後任として第28代日銀総裁に就任。日本が金融不安やデフレに襲われる中、03年3月の退任まで金融政策のかじ取りを担った。

 99年2月にはゼロ金利政策を導入。00年8月には政府の反対を振り切る形でゼロ金利を解除したが、ITバブル崩壊に直面。01年3月には、金融政策の目標を金利ではなく、資金供給量とする量的緩和政策を導入し、事実上ゼロ金利を復活させた。

 98年の日本長期信用銀行(現新生銀行)などの破綻(はたん)で揺さぶられた金融システムの再建にも努めた。

 神戸市出身。47年に東京商科大(現一橋大)を卒業し、日銀入行。81年に日銀理事で退任後、日商岩井(現双日)に招かれ、84年から社長、会長を歴任した。91~95年には経済同友会代表幹事を務めた。【清水憲司】

速水優が日商岩井に招かれ社長、会長を歴任したのが84年からなのだが、ちょうどこのころ、僕は日商岩井とあるジョンイトベンチャーの立ち上げ業務についていたので、速水優の話題がいろいろ出たものである。経済同友会をへて、松下総裁のチョンボに乗じて、日銀総裁になったわけだが、この人のゼロ金利政策は功罪相半ば、評者によって、評価が大きく分かれる。
現在では、自民・民主のねじれ現象から、日銀総裁問題が、政治的思惑もこめて二転三転したが、「日銀総裁」という立場は、ある意味で、総理・総裁以上のポジションであると思っていた僕などには、ずいぶん軽く扱われるようになったものだなあ、という印象がある。
もちろん、日銀も世界のマネーギルドに組み入れられているわけだから、日本独自のマネー政策というのも、幻想に過ぎないことは、誰もわかっている。
しかし、日本のある種の「秘密」マネーは、世界の成立に深くかかわっており、今後とも日本の占める位置はとてつもなく大きいのもまた事実だ。
日銀総裁が誰がやるかということはともあれとして、ほんとうのところ、そのサインの重要性は、麻生のサインの軽重のレベルではないことは、確かなことだと思われる・・・合掌!

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