サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 06144「この胸いっぱいの愛を」★★★★★☆☆☆☆☆

2006年04月30日 | 座布団シネマ:か行

伊藤英明とミムラ共演の切ないラブストーリー。梶尾真治の原作「クロノス・ジョウンターの伝説」を、『黄泉がえり』の塩田明彦が映画化。過去にタイムスリップしたことで、人生で大切な何かを見つけていく物語。映画全編を盛り上げるクラシック音楽が印象的な作品で、クライマックスには各界から注目される金聖響がオーケストラを指揮している。[もっと詳しく]

まるで阿弥陀の慈悲のように。

 「黄泉がえり(甦り)」というテーマは、古今東西の、物語の原型のひとつである。
それを、ちょっと、「サイエンス」の味付けをすれば、タイム・トラベラーものとなる。「時空の入り口」を設定すれば、ファンタジーの世界となる。
そして、ほとんど「記憶の物象化」とみなせば、夢見の心的現象となる。

「黄泉」は彼岸であり、そこから魂(スピリット)が、此岸を往来することになる。
欧米のキリスト教的世界観からいえば、天国からの追放ないし帰還となる。
仏教的世界観からいえば、輪廻の循環に入りきらず、彷徨う魂が、現世と浄土的世界の中間に佇んでいることになる。
そこに、強い思念を復讐心とみなせば呪いの物語となり、アニミズム(精霊崇拝)的な共同幻想とみなせば禁忌の物語となり、死の世界への慰藉とみなせば鎮魂の物語となる。
同じ物語的構造にあったとしても、時代と文化の諸相によって、たとえば、香港と韓国と日本のそれぞれの現れ方を見ると仮定しても、異なった現象のように、立ち現れることになる。

過去からと未来からで対位する2作品

2003年、原作
梶尾真治+監督塩田明彦のコンビによって、「黄泉がえり」が映画化された。竹内結子、草薙剛主演、特定の地域で、過去に死んだ人間達が、一定の期間、現世に戻ってくるという素朴な回帰の群集劇であった。
3週間の予定のマイナーな上映計画であったが、柴崎コウの「
月のしずく」の主題歌の大ヒットとともに、映画もロングランとなった。
「胸いっぱいの愛を」は、その3年後、同じコンビで映画化された。今度は、過去から現世ではなく、現世から過去への「黄泉がえり(甦り)」が主題となった。

塩田監督は叙情的だ。

主役は、主人公(鈴谷比呂志)に伊藤英明、ヒロイン(青木和美)にミムラ。群集劇であり、エンドソングは柴崎コウ。図ったように、前作「黄泉がえり」と対位法的に創られている。
鈴木比呂志が過去への旅人として戻ってしまったのは、父が亡くなり、東京の母から小学校の一時期、預けられた門司の実家近く。時代は20年遡った1986年である。
小さな旅籠宿をいとなむ実家の玄関口で、少年が飛び出してくる。20年前の自分、ヒロ(富岡涼)である。
祖母(吉行和子)も当然、比呂志とヒロが同一だと思わない。比呂志は正体を隠し、居候をすることになる。

比呂志とヒロ。20年前の俺!

ヒロは、母から離れ孤独である。転校先でもなじめない。そんなヒロを癒してくれるのは、近所のそばやの娘の青木和美(ミムラ)。
和美は東京で音楽学校を首席で卒業したようだが、なぜか、門司に帰ってきている。ヒロは和美に将棋を教え、和美は逆にヴァイオリンを教えてくれる。
「和美姉ちゃん」が好きになるのは、比呂志も同じである。
和美の翳は、なぜか。
あるとき、「もうじき、死んでしまうのよ」と和美に打ち明けられる。脳にできた腫瘍のため、指も動かなくなってきた。和美に生きる気力がなくなっている。手術は、成功率が低く、障害も残る。ヴァイオリンに夢をかけていた和美には、手術を受ける意志もない。
比呂志に封印されていた記憶が甦る。好きだった「和美姉ちゃん」。
いまのヒロと同じように、無力な自分は、和美姉ちゃんをおいて、東京に舞い戻ってきてしまった。
今度は、そういうわけにはいかない。ヒロは、俺だ。
ここで、和美姉ちゃんに、生への希望を持たせるのは、自分の役割。そのために、自分は、甦ってきたのだ。

ミムラはヴァイオリンを特訓した

タイムトラベラーの原則からいえば、異なる時空に影響を与えれば、未来が変わってしまう、だから、観察者としてしか、関与できない。
まして、昔の自分と時空を共有することはありえない。多かれ少なかれ、その規定の中で、物語の成立を考察してきた(時空パラドックス)のに、このコンビはそのお約束をなかったことにしてしまう。
誰が考えてもわかる矛盾の発生に、ご愛嬌ですね、と目を瞑るしかないのだが・・・。
この、ヒロ&比呂志と和美の物語を主軸としながら、甦りの前に飛行機に同時に乗り合わせ、同じく20年前の門司に漂着した3人のエピソードが挿入される。
テーマは「人生でひとつだけやり直すことができるなら・・・・」である。

各人のやり残したこと。自分だけのわだかまり。

「ひとつだけのやり直し」。魅力的なテーマである。
現世の属性は関係ない。仏教的に言えば、阿弥陀仏の「御計らい」とでもいうべきで、等しなみに、大きな「慈悲」にあずかれることになる。

19歳のやくざもの布川輝良(勝地涼)は、レイプされ身篭った母に会いに行く。
母は、自分を産んで死んだ。「ててなしご」で育ち、ろくなことをしていない俺、母さん、こんな俺を産んじゃダメだ!保母をしている若い母は、健気にいう。「お腹をさわってごらん、動いているんだよ」。
少年やくざは、それ以上、言えない。産んでくれたお母さんの愛は、眩しいほどわかった。

目が不自由な老婦人朋恵(倍賞千恵子)の心残りは、長年連れ添った、盲導犬のアンバーの最後に立ち会えなかったこと。
老いた盲導犬の施設を訪ねあて、朋恵はアンバーを呼ぶ。よろよろと、アンバーは気力を振り絞って朋恵に駆け寄る。

影の薄い男臼井光男(宮藤官九郎)は、受験勉強のノイローゼから隣家のおじさん(中村勘三郎)が道行く人を楽しませるために、丹精に愛情をこめて石垣を利用して拵えた花々を植木鉢ごと破壊する。
有名な数学者になった20年後もそのことがずっとひっかかっていた。
隣人は、鉢植えを換えながら、光男に話しかける。
「壊した人が、気の毒でねぇ。花は植え替ればいいけれど」
光男はぼろぼろ涙を流しながら、謝る。
「ごめんなさい、ずっとずっと謝りたかったんです」。

それぞれのひっかかり。
なにが大事で、なにが小事か、そこには、世間的価値はない。
その人だけの、ひっかかり、その人だけの、生きてきた意味。

自分達は、もう、死んでいる。

東京発北九州行きの、飛行機。この4人はたまたま、乗客として乗り合わせ、事故に遭遇する。
この4人に還るべき現世はない。やり残したことに出会う。想いを遂げたら、自分は消える。
阿弥陀のささやかな慈悲であろう。
どんな人にも、たぶん、封印している「物語」があるのだろう。
日々は、よしなし事に追われて、経過していく。それなりの人生。
けれど、きっと、なぜ、あのとき、という自分の後悔を携えて生きているのだ。

もし、走馬灯のように、死ぬ前に人生が映像化されるとすれば、きっと、その「悔い」が、まっさきに頭をよぎるだろう。
「黄泉がえり」は、脳内の最後の幻影といってもいいかもしれない。
この世界は、すべて、幻想の産物だと、みなすことも出来るからだ。
その意味で、僕たちは飽きず、こうした「甦り物語」を、再生産し、同種の文学や映画に、心を動かされることになるわけである。



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55 コメント

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原作通りに・・ (メビウス)
2006-04-30 20:48:15
こんばんわ♪TB有難うございました♪



現世からの黄泉がえり・・予告編などは結構感動させるものがあったんですが、個人的にはイマイチな内容だったのがちょっと残念です。

出きれば脚色が加わっていない、原作のままのストーリーを映画にして欲しかった所もあります。
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TBありがとうございます。 (mahito)
2006-04-30 21:24:49
ノベライズが出ていてそちらを先に読んでから映画館に行ったのです。これじゃぁ泣けないよなァなんておもってたら見事に引っかかってしまい結局ボロ泣きしてうっかり術中に嵌ってしまった作品でした。



 他人の見解や感想を見るにつけなるほどなぁ、と思う事が多いですがとても参考になるエントリーに膝をうちました。



 ノベライズのラストのほうが好きなので映画でダメ出しするなら真っ先にそこ、の私です。
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コメント多謝 (kimion20002000)
2006-04-30 21:31:34
>メビウスさん



原作は、タイムトラベラーの中篇の集合ですね。いくつかの可能性を、探っているようでした。



>mahitoさん



原作があり、映画になり、その脚本からノベライズされ、という流れかしら・・・・。
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TBありがとうございます (だいすけ)
2006-04-30 22:33:24
こんばんは。



ヒロの最後の願いとして、和美姉ちゃんを救うことが出来て、素直に感動する作品だとは思うのです。



しかし、どうしても未来を変えてしまったことに

私自身が執着して、感動には至りませんでした・・・。
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だいすけさん (kimion20002000)
2006-05-01 03:35:29
こんにちは。おっしゃるように、禁じ手ですからね。ここからは、根本的な、パラドックスが生まれるはずです。

僕は、「愛嬌」として、目を瞑ったんですけどね(笑)

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はじめまして (タッキー)
2006-05-01 11:34:23
タッキーです。TBありがとうございます。

早速遊びにきましたよ。

ブログ読ませて頂きました。

詳しく書いてあっていいと思います。

また遊びに来てください。

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タッキーさん (kimion20002000)
2006-05-01 13:06:03
こんにちは。これからも、よろしく。
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こんにちは。 (hi-chan)
2006-05-01 13:53:09
こちらのレビューを読んでいて、自分がもし比呂志の立場になったら、どこへ行くのか、なんとなく想像できました。

誰にでもやり残した事の一つや二つはありますね・・・。
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TBありがとうございます (sin)
2006-05-01 14:29:46
人生の中で一つだけやり直せるとしたら…

私はなんだろうと考えさせられた物語でした。

突然の出来事で亡くなった人、残された人はどちらも準備ができていないのですから、こんなふうに会いに行きたいし、会いに来てほしいなと思いました。

それと お墓参りをちゃんとしようと思いました。

毎月ちゃんと墓参りに行ってはいるんですけどね^^
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コメント多謝 (kimion20002000)
2006-05-01 15:31:32
>hi-chanさん



こんにちは。僕は、遣り残したことありすぎて、黄泉がえりにも、迷いそうです(笑)



>sinさん



毎月、行かれるんですか。えらいですねぇ。

僕も、墓参りは、好きなほうです。
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