喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

明るい農村  ~じいちゃん・ばあちゃん思いの孫~

2019-02-19 | 感動
 思い出に残る言葉がある。
5年前の平成26(2014)年2月18日のブログ。


 「ふるさとを生き生きと語れる若者 ~今僕がここに居る理由~」が大好評。
常に人生を前向きに生きる少年の生き方が、多くの人に感動を与えている。

 幸徳君は、考えていたとおり、間もなく三崎高校を卒業し、農家の道を歩み始める。

 そんな彼のことを平礒の人はもちろん、多くの人が気にかけ応援している。




 写真は、昨年のお盆行事である孟霊(もうりょう)の様子 。
幸徳君は、感心なことに毎年じいちゃんといっしょにこの行事に参加し、先祖の霊を敬っている。

 中央で笹の葉をみなさんから集めているのが、彼のおじいちゃんの春原おっちゃん。
年齢は、80歳になる。
黒いTシャツを着ているのが幸徳君。

 白い体操服を着ているのは、私の息子。
息子は2つ年上の幸徳君を尊敬していて、仲良し。
平礒では、2人だけの貴重な高校生。


 うちに収穫作業の手伝いに来てくれている二名津の石井のおばちゃん。
石井さんは、二名津で理髪店をしていて、幸徳君のことを次のように話している。



「幼い頃からじいちゃんに連れられて散髪に来てくれていた幸徳君が、今日も来てくれました。
卒業式に答辞を述べることになったそうで、そのために散髪に来てくれたんです。
 幸徳君、答辞を任せられるなんてすごいなー、と言うと照れながら、
だからきちんとしておかなければいけないと思い散髪をお願いしますと言ってくれました。

 幸徳君、晴れ舞台やけん、じいちゃんとばあちゃんに卒業式に来てもらわんといけんな。
と言うと、みかん取りで忙しいけん言えません、とのこと。

 本当、じいちゃん、ばあちゃん思いの感心な子です。」



 みかんの収穫は、今が最も忙しいとき。
ほとんどの農家は誰かを雇って進めているが、春原おっちゃんはおばちゃんと2人だけで重労働をこなしている。
それを充分分かっている幸徳君は、自分の晴れ舞台でさえも来てほしいと言えないのかもしれない。

 このような若者が、ふるさとをもっともっと魅力あるものにしていくだろう。

 いっしょに手をとり合い、ふるさとを盛り上げていきたい。


 あれから5年が過ぎた。
彼は今、農業後継者、ふるさとを盛り上げる若衆としてなくてはならない存在となっている。



                            岬人(はなんちゅう)
コメント
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