けろっぴぃの日記

最近、政治のことをはじめとして目を覆いたくなるような現状が多々あります。小さな力ですが、意見を発信しようと思います。

負け犬の遠吠えと知った上で

2012-02-18 23:26:07 | 政治
昨日、小沢一郎元民主党代表の第14回公判が行われ、3人の秘書の供述調書の大部分が証拠採用されないことに決まった。

産経新聞のホームページでは、注目を集める裁判の詳細を報道しているので、一体何が議論されたのかが良くわかる。テレビやその他の新聞では、かなり途中を省略した内容なので、本当のところでは何が起きていたのかも解りにくい。毎回裁判のたびに詳細が報道されているので、何回目かは忘れたが昨年末の公判でのやりとりから、証拠の大部分が採用されないであろうことは察しが付いた。昨日の後半の後での取材に指定弁護士も、言ってみれば想定内的な発言をしていたのは単なる強がりではなく、本音のところなのだと思う。

しかし、検察、しかも天下の東京地検特捜部がこれほど地に落ちていたのかと思うと心底腑に落ちない。少なくともトカゲのしっぽ切りとなる秘書の首を取りに行くなら油断もするだろうが、ありとあらゆる手段で親分を守りに入ることは目に見えていたのだから、秘書たちが任意の取り調べてボイスレコーダを持ち込むことなど余裕で予想が付くはずだし、裁判となれば大物弁護士が「証拠の信憑性」や「捜査の違法性」などを付いてくるのは常套手段なので、当然ながらそれに対する防御線を張っているはずである。米国であれば、O.J.シンプソン事件などでも正攻法のがぶり四つの裁判を避けて、ゲリラ戦、空中戦的に、本題とは関係ないところでの争いが裁判の行方を左右している。天下の東京地検特捜部がそんなことを考えずに行動するはずはないのだが、ポカをしているのが一人ではなく複数なのだから不思議だ。

しかし、どう不思議がっても事実は事実であり、今回の裁判結果に関係なく、政治家vs検察の図式において、今後は検察が非常に重いハンディを背負わされることになるのは間違いない。きっと、これから先20年ぐらいは主要閣僚、大政党の3役や闇将軍的な存在の政治家を裁判にかけることはできなくなったのではないかとすら思う。今回のポカをした検事の(あくまでも道義的な)罪は重い。小沢被告の無罪確率は90%以上と報道では言われているが、多分、その通りなのだと思う。

法治国家であるのだから、無罪となった人間に対してとやかく言っても仕方がないので今のうちに言っておく。これではますます政治家が「全ては秘書の責任」「秘書に任せていたので私は知らない」と言い訳することを許すことになってしまう。政治家は秘書たちに、「やばい話は報告するな。報告せずに、それとなく感ずかせるように工夫しろ!」と言い、細かい指示は直接的ではなく間接的に行うようにして、刑務所の塀の上を歩いても最後の最後で塀の外側に落ちるようにする。更には、通常の政治家であればここまでされれば権威も地に落ちて、周りから取り巻きの人が去りそうなものだが、数の力を借りて権威を示し続ければ、「この人を守り抜けば、その先に道が開ける」と秘書も逃げずに守ろうとしてくれるのだろう。もちろん、それなりに人間的な魅力も必要なのだろうが。

しかし、今回の裁判の産経新聞の報道をよく読んでいると、「秘書は子供のようなもので本当に信頼していた」とか、政治資金収支報告書は「見たことがない」、土地購入の経緯も「知らない」など、小沢被告が何ふり構わずありとあらゆる有罪となるかも知れないリンクを早めに切っておこうという作戦に出ているのが目に付く。これまでの報道でも、土地取得の経緯が2転3転していたり、鉄壁の守りとは言い難い。収支報告書の宣誓書の署名を元秘書らが代筆していたことも認めており、これらのことが別の案件として有罪に成り得るのではないかとすら思ってしまう。もちろん、完璧な証拠がある一方で、軽微な不起訴相当の案件として扱われる可能性は高いのであろうが・・・。

ここまで来ると、殆ど負け犬の遠吠えであるが、裁判官の心象としても明らかに今回の「知らぬ存ぜぬ」はやりすぎであり、故意に無罪となるための予防線を日頃から張り巡らし、秘書の取り調べ時の発言に対しても暗黙の影響力を与えた可能性が高いと感じさせるのに十分である。その様な中で、一点だけ池田元秘書が小沢被告の了承を得たという調書が採用されている。小沢被告がそこまでしても、漏れてきた証拠があるとすれば、真実は小沢被告が全てを把握していたと結論づけられる・・・と判断するかもしれない。

まあ、負け犬の遠吠えだろうから、この辺で止めておこう。

←人気ブログランキング応援クリックよろしくお願いいます