最近は色々と書きたいことがあるが、今日は手短に今日の話題について簡単に触れておく。ニューヨークタイムズが猪瀬都知事に行ったインタビューの中で、オリンピック招致にかかわる禁止事項である他開催地の批判を行ったという記事についてである。
マスコミの報じ方は、猪瀬都知事が行った愚行で東京招致に赤信号が灯ったというニュアンスのものが含まれる。確かに、ニューヨークタイムズの報道がそのまま100%正しく、それが真実を語っているというのであればそれは正しいだろう。しかし、以前のブログでも書いてきたが、事実と真実は必ずしも一致しないということに我々は注意を払わなければならない。つまり、何度もブログで紹介する例え話だが、湾岸戦争でハイテク兵器を用いてピンポイント爆撃を行ったのは事実ではあるが、だからアメリカ軍は誤爆などしていなかったという幻想は真実ではない。米軍側のプロパガンダとして、イラク攻撃の正当性を醸し出すために、攻撃が高精度で悪い奴(イラク軍事施設)だけを殺すというイメージをミスリードするため、過剰なまでにハイテク兵器をアピールし、そのピンポイント爆撃の映像を繰り返し繰り返し、マスコミを通じて流し続けた。しかし一方で、病院や学校などの民間施設に対する誤爆のニュースは後を絶たなかった。後から聞けば、ハイテク兵器は全体の武器のごく一部で、実際にはその大部分を旧来の兵器により行っていたから、あの映像からイメージされるものとははるかに異なる現実がそこにあったという。だから真実は異なるのだが、ハイテク兵器が使われた事実は確かにその通りである。全体の中の一部の事実を取り上げて、それで全体を語ることが出来るかどうかといえば、決してそんなことはないのである。
今回、ニューヨークタイムズが猪瀬都知事に対して行ったインタビューの記事の見出しは、猪瀬都知事が全体の98%でアピールしたという東京という開催地の素晴らしさに関するものとは全く異なり、インタビューが終わりピンバッジを配り雑談になったところで猪瀬都知事が行ったぼやきが取り上げられたものである。明らかに、猪瀬都知事の脇の甘さは責められるべきだが、1面の1/3をも割いて掲載した記事の見出しにするというのは非常に悪意を感じるものである。見出しや記事の大半を東京招致のアピールに費やし、最後に但し書きでこの様な他開催地に対するボヤキも忘れることはなかった・・・というような記事ならまだ分かるが、猪瀬都知事が積極的にネガティブキャンペーンを行っているというイメージを植え付けようとする記事は(日本人だからというひいき目を超えて)あまりにもやり過ぎの感がある。
ところでこのニューヨークタイムズは、先日の閣僚や国会議員の靖国参拝について、「不必要な国粋主義」との見出しの社説で批判している。あまりにも中国、韓国の主張に沿った扱いで、我々からすればバランスを欠いている。勿論、NHK的にニュートラルな報道姿勢に慣れた日本人だからこそ思うことで、アメリカの報道は明らかに政治的な偏りを隠すことをしない。大統領選ともなれば、メディアごとにどちらの支持を行っているかは周知のこととなる。勿論、NHK的な白黒はっきりしない立場を私は良いことだとは思わないが、問題はその背景に何があるかである。例えば、何処かの国のロビー活動の一環として、他国の報道機関に食い込んで自国の主義主張をそこにねじ込もうとしたとする。その結果としての報道であれば、公正さを欠くと言わざるを得ない。大統領選でも、仮に大統領候補が自分に都合の良い政策を訴える見返りとして報道内容を変えるというのであれば認められないと思うし、是々非々の立場で大統領候補の主張を比較し、政党にも依存せずに毎回個別に支持者を選択するというのであれば何ら不満はない。そして、ニューヨークタイムズのスタンスを考えれば、どうも中国、韓国、日本という国の中での立ち位置を考えれば、どうも偏った何処かの思惑がそこにあるのではないかと言わざるを得ない。この場合、尖閣国有化を宣言した石原前東京都知事の腹心であった猪瀬都知事に対するインタビューであれば、そこにトラップを仕掛けてしかるべきと見るべきだろう。
だから、猪瀬都知事の脇の甘さは謙虚に反省して頂くとして、これをそのまま真に受けて良いかといえば、そうではないだろうというのが私の感想である。猪瀬都知事は今回のミスを前向きにとらえるような記者会見を行っている。これは、(猪瀬知事を横においても)日本国民が率先して取るべき態度ではないかとすら思う。この手のミスの影響を最小化するのが今求められていることであり、猪瀬知事は「報道内容は自らの意図するものとは全く異なる内容である」「ただし、不用意な発言がなかった訳ではないので、その部分は謙虚に認めて訂正したい」という情報発信に心掛けている。これは、ミスのリカバリーに対する適切なアプローチだと思うから、少なくとも日本のマスコミにはその点を評価して欲しいと思う。
今回のニューヨークタイムズの報道姿勢は、明らかに中国、韓国の日本批判に通じる公平性を著しく欠いたものである。日本は今、常に様々な所にこの様な罠(トラップ)を仕掛けられていることを忘れてはならない。特に公人はもちろん、報道関係者、大学教授などの有識者も含めて、常に「これは大丈夫か?」という意識が必要なのである。
そんなことを感じさせるニュースだった。
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マスコミの報じ方は、猪瀬都知事が行った愚行で東京招致に赤信号が灯ったというニュアンスのものが含まれる。確かに、ニューヨークタイムズの報道がそのまま100%正しく、それが真実を語っているというのであればそれは正しいだろう。しかし、以前のブログでも書いてきたが、事実と真実は必ずしも一致しないということに我々は注意を払わなければならない。つまり、何度もブログで紹介する例え話だが、湾岸戦争でハイテク兵器を用いてピンポイント爆撃を行ったのは事実ではあるが、だからアメリカ軍は誤爆などしていなかったという幻想は真実ではない。米軍側のプロパガンダとして、イラク攻撃の正当性を醸し出すために、攻撃が高精度で悪い奴(イラク軍事施設)だけを殺すというイメージをミスリードするため、過剰なまでにハイテク兵器をアピールし、そのピンポイント爆撃の映像を繰り返し繰り返し、マスコミを通じて流し続けた。しかし一方で、病院や学校などの民間施設に対する誤爆のニュースは後を絶たなかった。後から聞けば、ハイテク兵器は全体の武器のごく一部で、実際にはその大部分を旧来の兵器により行っていたから、あの映像からイメージされるものとははるかに異なる現実がそこにあったという。だから真実は異なるのだが、ハイテク兵器が使われた事実は確かにその通りである。全体の中の一部の事実を取り上げて、それで全体を語ることが出来るかどうかといえば、決してそんなことはないのである。
今回、ニューヨークタイムズが猪瀬都知事に対して行ったインタビューの記事の見出しは、猪瀬都知事が全体の98%でアピールしたという東京という開催地の素晴らしさに関するものとは全く異なり、インタビューが終わりピンバッジを配り雑談になったところで猪瀬都知事が行ったぼやきが取り上げられたものである。明らかに、猪瀬都知事の脇の甘さは責められるべきだが、1面の1/3をも割いて掲載した記事の見出しにするというのは非常に悪意を感じるものである。見出しや記事の大半を東京招致のアピールに費やし、最後に但し書きでこの様な他開催地に対するボヤキも忘れることはなかった・・・というような記事ならまだ分かるが、猪瀬都知事が積極的にネガティブキャンペーンを行っているというイメージを植え付けようとする記事は(日本人だからというひいき目を超えて)あまりにもやり過ぎの感がある。
ところでこのニューヨークタイムズは、先日の閣僚や国会議員の靖国参拝について、「不必要な国粋主義」との見出しの社説で批判している。あまりにも中国、韓国の主張に沿った扱いで、我々からすればバランスを欠いている。勿論、NHK的にニュートラルな報道姿勢に慣れた日本人だからこそ思うことで、アメリカの報道は明らかに政治的な偏りを隠すことをしない。大統領選ともなれば、メディアごとにどちらの支持を行っているかは周知のこととなる。勿論、NHK的な白黒はっきりしない立場を私は良いことだとは思わないが、問題はその背景に何があるかである。例えば、何処かの国のロビー活動の一環として、他国の報道機関に食い込んで自国の主義主張をそこにねじ込もうとしたとする。その結果としての報道であれば、公正さを欠くと言わざるを得ない。大統領選でも、仮に大統領候補が自分に都合の良い政策を訴える見返りとして報道内容を変えるというのであれば認められないと思うし、是々非々の立場で大統領候補の主張を比較し、政党にも依存せずに毎回個別に支持者を選択するというのであれば何ら不満はない。そして、ニューヨークタイムズのスタンスを考えれば、どうも中国、韓国、日本という国の中での立ち位置を考えれば、どうも偏った何処かの思惑がそこにあるのではないかと言わざるを得ない。この場合、尖閣国有化を宣言した石原前東京都知事の腹心であった猪瀬都知事に対するインタビューであれば、そこにトラップを仕掛けてしかるべきと見るべきだろう。
だから、猪瀬都知事の脇の甘さは謙虚に反省して頂くとして、これをそのまま真に受けて良いかといえば、そうではないだろうというのが私の感想である。猪瀬都知事は今回のミスを前向きにとらえるような記者会見を行っている。これは、(猪瀬知事を横においても)日本国民が率先して取るべき態度ではないかとすら思う。この手のミスの影響を最小化するのが今求められていることであり、猪瀬知事は「報道内容は自らの意図するものとは全く異なる内容である」「ただし、不用意な発言がなかった訳ではないので、その部分は謙虚に認めて訂正したい」という情報発信に心掛けている。これは、ミスのリカバリーに対する適切なアプローチだと思うから、少なくとも日本のマスコミにはその点を評価して欲しいと思う。
今回のニューヨークタイムズの報道姿勢は、明らかに中国、韓国の日本批判に通じる公平性を著しく欠いたものである。日本は今、常に様々な所にこの様な罠(トラップ)を仕掛けられていることを忘れてはならない。特に公人はもちろん、報道関係者、大学教授などの有識者も含めて、常に「これは大丈夫か?」という意識が必要なのである。
そんなことを感じさせるニュースだった。
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