西洋音楽歳時記

旧称「A・Sカンタービレ」。07年には、1日1話を。その後は、敬愛する作曲家たちについて折に触れて書いていきます。

ベートーベン「第9交響曲」-歓喜に寄す(3)

2016-02-10 09:20:22 | 音楽一般
今日書く節は、シューベルトのリートにも入っています。

Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;

trinkenは前に出たtrunkenと関連しています。英語のdrinkと同語源で「飲む」の意です。Wesenは「生物・被造物・実在・本体」の意です。BrüstenはBrust(英語のbreastと同語源で、「胸・胸部・乳房」の意)の複数3格形です。Naturは「自然」の意で、誰しも英語のnatureを思い浮かべ、もちろん関連している語ですが、同語源ではないです。このドイツ語はラテン語から来ているのです。ついでに言うと、英語のnatureも英語本来の語ではなく、フランス語を経由したラテン語が元になっています。ドイツ語の本来語は、語幹にアクセントがありますが、これはナトゥーアと読んで、ナにアクセントがありません。このNaturはその前の定冠詞derからわかるように2格(属格)です。「自然の乳房」となります。

Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.

GutenとBösenは、元はgut(英 good、意味は「よい」)とböse(「悪い」の意)の形式名詞Gute(「善人」の意)とBöse(「悪人」の意)のそれぞれ複数形です。folgenは「従う・追う」の意で、英語のfollowと同語源。Rosenspurは辞書にありません。Rose(英 rose、「バラ」の意)とSpur(「跡・足跡」の意)の合成語。ihrerは女性単数3格で「彼らの」の意です。女性単数というのは、Rosenspurに合わせます。3格というのはfolgenという動詞は自動詞で、3格支配ということです。
 *名詞には、男性名詞・女性名詞・中性名詞があります。多くの英語だけを学んだ人には、何だってー、と思うところでしょう。しかも、前に出たWeib(「妻」)が中性名詞だと知れば、どういうこと?と誰しも言いたくなるでしょう。そういうことになっているとしか言いようがありません。英語も実は、古い、古英語と言いますが、その時代には、同じく男性名詞・女性名詞・中性名詞がありました。英語やドイツ語はゲルマン語派に属すと言いましたが、さらにその元をただすと、インド=ヨーロッパ語族と言いますが、それに属すほとんどの言語は、この3種の名詞があります。中性名詞がなくなって、男性名詞と女性名詞だけの言語もあります。動詞ですが、英語は、自動詞・他動詞の区別があり、目的語を取るのは一般に他動詞となりますが、ドイツ語では、2格・3格支配の動詞というのがあり、これは4格支配の動詞を他動詞と呼ぶのに対し、自動詞と呼ばれます。

Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;

küsseはKuß(英 kiss、「キス」の意)の複数形、ここでは1格ではなく4格。ßの綴りはドイツ語独特で、ssと同じです。ssの後に母音が来て、かつその前に短母音が来た時だけ、ssになり、それ以外はßになります。ややっこしいです。gabはgeben(「与える」の意、英語のgiveと同語源)の過去形で、過去分詞は2行下にあるgegebenです。sieは「彼女は」の意の主語(1格)の代名詞です。女性は誰も登場していません。誰のことなの?と思うかもしれませんが、女性名詞Naturを指しています。unsは、英語のusと同語源で、3・4格同形ですが、ここでは3格で「我々に」の意味です。Rebeは「ブドウ」です。geprüftはprüfen(英 prove、「検査する・ためす・試験する」の意)の過去分詞です。辞書にもこの形が「試練を経た」の意味で出ています。Todは英語のdeathと同語源で、「死」の意味です。

(追記 ssとßの使い分けですが、新正書法(何年発効なのでしょうか、ネット見れば出ているかもしれません)によると、その前が短母音か長母音・複母音かで後に母音が来るかは関係なくなったということです。上の表記のKußはKussと今は書くべきでしょう。)

Wollust ward dem Wurm gegeben,
Und der Cherub steht vor Gott.

Wollustは「性的快楽・肉欲」と辞書にあります。wardはwerdenの過去形で1・3人称単数形です。ここではもちろん3人称です。werdenは前にも出ましたが、ここでは過去分詞(3語後にあるgegeben)と共に受動の意味を作る助動詞です。「与えられた」となります。Wurmは英語のwormと同語源で、「虫」の意です。その前にdemが付いているから、3格になります。Cherubは「ケルビム」です。読み方は、辞書によるとヒェールプまたはケールプですが、合唱団の国籍で読み方が違うのではないかとどこかで読んだことがあります。日本の合唱団はおそらくケールプと歌っているのではないかと思うのですが。stehenは「立っている」で、英語のstandと同語源です。vorは「~の前に」の意で、英語の[be]for[e]と同語源です。

「第九」の歌詞は、一つ一つ読んでいって、ベートーベンがその言葉をどうしても言い表したかったのかなどと思うことがあり、その意味は何だろうと思いますが、例えば、Rosenspurとは何か、などと以前議論していたのをTVか何かで見かけたことがありましたが、(よくは覚えていませんが)、私はあくまでもシラーの詩に付けたわけで、そのシラーの詩も取捨選択したもので、さらにその中にベートーベンが共感する言葉を見いだせたということで、それを含む詩が選ばれたということだと考えます。ではそのベートーベンが共感した言葉は何かと言うと、その一つは前にも書いたように、「すべての人間は兄弟となる」で、そのような世界を願ったのだと思います。

(続く)