今日は、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーの亡くなった日です(1875年)。
私は、ビゼーこそフランスを代表する天才的な作曲家だと思っています。そのビゼーは、代表作の歌劇「カルメン」の成功を見た直後に、病気のため無くなりました。40歳にも届かない年齢で。もし、もっと長命であったなら、どんな素晴らしいオペラを残していただろう、またどんな素晴らしい管弦楽作品を作っていただろう、と思います。今となっては、「ドン=プロコピオ」「真珠採り」「イワン雷帝」などの作品でその天才振りを知るしかありません。以前は「真珠採り」くらいしか出ていなかったのですが、最近では他の2作品も手に入れることができます。
ハ長調の交響曲を1曲書いていて、第1番と言われています。「第1番」があるからには、少なくとも「第2番」もあるのだろう。だが、その作品のことは聴いたことがないと長い間思っていたのですが、確かに「第2番」は取り掛かったようです。しかし結局は、破棄されたということです。だから今では、演奏会などで、「交響曲 ハ長調」とあるだけで、「第1番」の言葉は省略されることが多いようです。この作品ですが、これは17歳の時のもので、ここにもビゼーの天才振りが現れているように思います。
ピアノ曲にも、少ないながらも、佳曲を残しています。その他、合唱曲、歌曲などもあります。これらを通じビゼーの天才に接していきたいと思います。
私は、ビゼーこそフランスを代表する天才的な作曲家だと思っています。そのビゼーは、代表作の歌劇「カルメン」の成功を見た直後に、病気のため無くなりました。40歳にも届かない年齢で。もし、もっと長命であったなら、どんな素晴らしいオペラを残していただろう、またどんな素晴らしい管弦楽作品を作っていただろう、と思います。今となっては、「ドン=プロコピオ」「真珠採り」「イワン雷帝」などの作品でその天才振りを知るしかありません。以前は「真珠採り」くらいしか出ていなかったのですが、最近では他の2作品も手に入れることができます。
ハ長調の交響曲を1曲書いていて、第1番と言われています。「第1番」があるからには、少なくとも「第2番」もあるのだろう。だが、その作品のことは聴いたことがないと長い間思っていたのですが、確かに「第2番」は取り掛かったようです。しかし結局は、破棄されたということです。だから今では、演奏会などで、「交響曲 ハ長調」とあるだけで、「第1番」の言葉は省略されることが多いようです。この作品ですが、これは17歳の時のもので、ここにもビゼーの天才振りが現れているように思います。
ピアノ曲にも、少ないながらも、佳曲を残しています。その他、合唱曲、歌曲などもあります。これらを通じビゼーの天才に接していきたいと思います。
*「ベルリオーズと並びフランス系の大天才ビゼー」
小学性の頃より大好きな作曲家として尊敬していました。フランス系の作曲家としては「ベルリオーズ、サンサーンス」等がおられる中、最も「庶民的と申しますか、、、イタリアで申せばベルディ、日本ではかなりレベルダウンするが演歌?」に相当する人懐こい非常に奇麗で印象深い本物のメロディを創る事の出来た大天才でした。事にベルディなどは同じオペラの作者としてドイツのRワグナーを尊敬していたものの、当のワグナーはベルディを低く見ていた。これはおそらくは「ワグナーとベルディの作風と言いますか、対処した素材の相違」と思われます。どうしてもベルディは「庶民的と言いますか、選ばれた素材が庶民の日常」でありますが、ワグナーは「神々や神話に題材を求め、おそらくは腹の底では庶民のどうしたこうした等は眼中に無かった」と言うよりも、実は「ベルディの真似は出来なかったし、さりとてベルディにはワグナーにはなれなかった」と。此処のニッチ=隙間に現れたのがビゼーと言えます。とにかく驚いたのは「カルメンの物凄さ」です。確かにSH様の言われる「ハ長調の交響曲も真珠取りも素晴らしいしアルルの女も素晴らしい傑作」ですね。しかしこの「カルメン」こそ史上最も素晴らしくオペラ史上に燦然と輝く大傑作は無いでしょう。自分は現在「聴ける観られる限りの映像音声をひさかき集めてカルメンを観聴き研究」いたしておりますが、正直これほど出来の良いオペラも珍しい。まず「やたら馬鹿長く無い。素材が非常に強烈でエロティシズムと皮肉に溢れている事。メロディーが奇麗で極めて強烈印象的で在り覚えやすく、更には色彩豊かなオーケストレーションが本当に素晴らしい事。しかもワグナー等の用いた複雑怪奇な和声進行や、革新的な和声等が使われず、ベートーヴェンやモーツァルト等の手本を既習しながらもその範囲内で素晴らしいオーケストレーションをクリエイトした事」こそ大天才の技と言えます。ご承知の通り「オペラアリアの伴奏 オーケストレーション」とは? その後の現代のポップスや演歌などのアレンジの基本となった言わばお手本ですね。こういった点ではワグナーよりも「ビゼーやベルディの伴奏、オーケストレーションを研究する」のが何よりの勉強です。実に効果的なオケの使い方が学べます。決して歌を殺さずに歌を活かした伴奏、、、、かつて尊敬する服部克久氏は「アレンジとは黒子であり決してメロディよりも目立ってはいけない」と。大変に良く解った方であり実際に素晴らしいアレンジャーでしたから。そうしたらパリのコンヴァト出身だとか、、、、何となく解る様ですねセンスの相違が。更にはカルメン最終グランドフィナーレでは実に効果的な楽器の配置と配列が考えられており、舞台裏での遠くから聞こえるペットとコーラスに、不気味な大音量で響く弦の低音、、、実に良く考えられており素晴らしいエフェクト=効果を生み出します。(ワグナーの楽劇の中での亡霊の合唱等も当てはまるかも) 残念ながら貧乏のどん底で食うにも事欠く中で亡くなったビゼーですが、「命惜しむな名をこそ惜しめ」の通り、この1曲だけでも永久の名声を残したビゼーは本当に物凄い作曲家でした。おそらくはモーツァルト、シューベルト同様に天からこれ以上は生きるなと言われたのかもしれませんが、これも宿命だったのかもしれません。何故なら「ロッシーニ、シベリウス」等の様に、人生のほぼ半分からして引退状態で只生きていただけ?の様な作曲家よりも幸せだったのではないか? と思えてなりません。SH様はどの様に思われますでしょうか。ご教示下されば幸いです。 敬具