人は許されて生きている。
誰かを責めるこころが動いた時
立ち止まり 振り返る時間が欲しい・・・
責めるとは
自分の意に添わない事柄を
それを 感情を入れて一方的に発するということ。。。
相手の失敗や失態を 責めるのではなく
上手に感情抜きに 伝える 話すことが出来れば、
複雑な感情の入り交じった 不快感を残さずに済む。
一方通行な道筋より
細くても
お互いが 譲りながら交互に通過出来る道を目指したい。
人は たくさんの許しの中で生きている。
許されている自分が
許さない!なんて傲慢なのかもしれない。
もしかしたら 許す・許さないということすら
おごっているのかも。
何を責めるのか・・・
何を許すのか・・・
言えることは 許されて生きているということだけ。
許される こころは
きっと
許す こころを産み出すと信じている。