kasaruの今日も有り難う

僧侶歴46年。講演依頼受付中
サルコイドーシス・バセドウ病の旦那
岡山へ就職長男23歳
アペール症候群次男19歳

生活保護受給について

2012-05-31 | Weblog
芸能人の親という「親の七光り」ならぬ「子の?光」に

世の中へ露見される事態となり、

本人はもちろん関係各位まで色々な影響が出始めている様子。

この問題は今に始まった話ではない。

以前よりこの問題は他人事としてではなくきちんと一人一人が考え、

向き合わなければならない問題の一つであったはず。


論じるには難しい問題でもあるが・・・


この問題にいち早く取り組み何とかしたいと願っていた一人に、

私の友人四国は高松の喝破道場の野田大燈さんが居る。

そうサッカー岡田監督とも昵懇(じっこん)の方だ。


その野田さんは昔から命がけで私財をなげうって、

引きこもりなどという言葉が一人歩きする前から青少年の育成に寝食を費やしてきた。

現在も精力的に問題を抱える家族に大きな懐を広げ、日夜奮闘している。



その野田さんと20年前の話。

生活保護受給の問題を僧侶の研修会の時に討論したことがある。

(現在 本当に生活保護なくして生活出来ない人については論じない)

「なぜ引きこもりの対策にそんなに力を入れるのか?」聞いた時、


引きこもりというのは隠れた病気を抱えている人が居ることもあるが、

家族がきちんと向き合ってこなかった結果が多い、

お金を与えるのが愛情? 

物を買い与えるのが愛情?

大人の言いなりにするのが愛情?

自主性に任せるのが愛情?

親の感情を優先するのが当たり前?

ご飯さえ食べさせておけば扶養?

そんな自らの教育の間違いに気づかず、

親になる努力を怠った結果、子どもを甘やかすこと、

何もかも押さえつけてしまうこと、

一番は大事な会話を怠ったことの結果、

子ども自身が自分に向き合う機会を失い、自分を甘やかすことを何とも思わなくなった人たちが増えることになり、

病気や怪我をしていないにもかかわらず、家から出ないで過ごし、

自分の都合だけで生きている人が増えることになるというのだ。

働けるにもかかわらず自分の都合で働かず、親が居たり、

財があるうちは問題ないが、生活に困窮したというだけで生活保護受給を申請し、

受け取るということは「アリとキリギリス」と同じではないのか?!

確かに世の中は平等ではない。色んな絡みの中で生きているが、

一生懸命働き、自分の生活もギリギリの中で国を支える人たちの血税を、

いとも簡単に生活困窮という名の元で渡されることへ

何の違和感も持たない方がおかしいと思うのは私だけだろうか?!


家族の収入で家族を食べさせることに何も言うことはない。

ましてや幾つになったから働いていきなさい。なんていうことも変である。

世の中には働かなくても食べていける人が居ることは知っている。


だからといって社会の一員であることを自覚せず、

要求だけは国民であることを主張するというのは虫がよすぎる?

確かに『明日は我が身』一概に批判することは出来ないが、

将来働く意欲を持つ機会を失った人を作り出さないためにも、

早い時期に何とか引きこもりという檻から抜け出し、

学ぶ・就労する意味と意義、そして充実感を持ってもらえば、

生活保護受給せずとも生きていける道が見つけ出せるのではないか。。



税金の無駄使いはこれだけではないが、

それでも税金で賄われていることは確かである。


地域の生活保護受給する場合は自治体によってもまちまちだそうだが、

ならば受給の申請を地域の納税者に計ってみることもありかもしれない・・・



直ぐに今の自分に降り掛からない問題は

きちんと向き合うことを怠る傾向にあるが、世界の飢餓や戦争を考えると同じように

日本国の未来も真剣に考えなくてはならないとおもう。









あっという間の・・・

2012-05-21 | Weblog


気がつけば日蝕の騒ぎはつわものどもが夢の後。

歴史的奇跡の一瞬に多くの国民が上を見上げたのでは・・・

かくいう我が家は曇りのち曇りの空の先に

金環の事実を見つけることができず、

何度も外へ出て行ってはがっかりしていたかおる、

かおるとさとるのためにも見せてあげたかったな~~~


でも ブラウン管より大きめの画面のお陰で、

ライヴ中継で動きを見ることができたので(とりあえず満足)

あっという間の出来事に何だか不思議な気分です。




あっという間と言えば・・・

今日で裁判員制度が導入されて3年目。

3年を目処に制度の見直しを検討することで始まった制度。

今後の課題はなんなのか?

この場所に訪問して下さる方の中には(知り合いに)

裁判員として司法の世界に足を踏み入れ、

最も緊張する判決を決める重大な任をこなしている方もいると思いますが、

私などは事前の用紙が届いただけでその後の進展はありませんが、

裁判員制度によって決まって行く量刑があることを忘れてはいけませんね。


人が人を裁く。

難しい問題ですが、避けて通ることの出来ない問題でもあります。

ひとは切っ掛けさえあれば加害者に成り得る存在です。

犯した罪を正当化するものではありませんが、

切っ掛けの先にある犯罪に真っ正面から考えることこそが大事だとおもいます。

そして、犯罪のない世にするための努力は惜しんではいけないような気がします。


あっという間の時間を大事に生きたいですね。





今日は・・・

2012-05-20 | Weblog
月に一度の大船。

さとるの歯科受診日です。

今日は三社祭最終日、スカイツリーのオープン前、

それに渋田のヒカリエ、台場シティなど新商業地へ多くの人が動くことを予測して、

いつもより早い時間に家を出発早朝5時

早く着いた日は大船の駅前のがストで朝食・・・それが最近の定番に。

先日の強風の影響で電車が止まり大事になった一件から、

さとるは電車の旅は敬遠しているようで、

かくいう私も荷物を持ち歩かなくていい!そんな理由で車で行きました。

行きも帰りも渋滞を避けて大回りしたお陰で、

ノロノロ渋滞にも捕まらず、快適に往復しましたよ。

高速道路の上からですが三社祭の様子もチラ見出来、

15:00には自宅に

来月まで一息です。


お別れは突然に・・・

2012-05-19 | Weblog
この仕事をしていると、諸行無常。

去るいのちの儚さと残されたいのちの狭間に心乱れることがあります。

いのちの連鎖を途切れることなく繋ぐ使命に、

血のつながりや家族という枠組みだけでは収まりきれない、

不思議な力と縁を感じ、生かされていることを再認識している毎日です。


先日の親戚の別れでもそうですが、ここ最近のお別れは、

本人も予期しない突然の別れに、

残された家族の悲しみは葬儀を終えた段階でもまだ雲の上の出来事のように、

我が身のこととして実感できない。。。そんなおもいのうちに過ぎていっています。



逝くいのちは任せられる神仏にお願いすれば良いのですが、

残るいのちの安住の地を共に見つけ出す役目は。

家族、友人・・・そして僧侶であると思っています。



先日、治療の甲斐なく絶たれた命の重さに耐えられず、

自ら提案した治療のことで命を落とすことになった結末を、

後悔し、責めて、のたうち回る心に出会うお別れがあり、

一人っ子である喪主の息子さんは自責の念に包まれていて、

頑に結ばれた心の結び目を荷物をほどくようにそっと緩めるお手伝いをしてきました。

私のことばがどのように作用するのかわかりませんが、

もう一度もっと強く縛り直すか、そのまま新たな荷物を包めるように解放できるのか、

これから亡き方と共に寄り添い見守っていきたいとおもいます。




そして先日の竜巻で犠牲となった尊い命(つくば市の中学生)の

葬儀に参列した方の話を聞く機会がありました。

なんて声をかけて良いのか・・・それが一番心苦しく、

また、何とも言いようのない思いのやり場に困っている人を、

ただ見守るしか出来ない自分の力を思い知ったと言っていましたね。


そんな中でやはり報道関係の理性と思いやりのなさ、

プライバシーを重んじる姿勢はなく、土足で踏みにじる行為には怒り心頭であったとも言っていました。

誰もが通る道の途中の出来事は、誰にもわからないことだらけで、

ただ只 いのちに向き合って合掌するするのみです。



季節外れ?

2012-05-17 | Weblog
日本では暮れの大掃除が習慣だ。

一年の垢を年内に落とし、スッキリと新たな環境で新年を迎える。。。

そんな美しくも大変な行事のある国である。

我が家はその暮れの大掃除を見て見ぬ振りをしてきた結果、

人寄せがある時だけその場だけが綺麗になる現象が見られ、

開かずの間や重ね合戦の結果その後の始末に目を覆いたくなることに・・・

多分泥棒が入っても気がつかないか、泥棒も嫌気がさすかも


私が暇な時にコツコツと進めていれば良いのだが、

良い訳がましいが、事故の後遺症というやつで心身ともに衰弱していて、

体を動かす意欲が数年なかった為に結構一年中動かない物たちが増えていったのだ。

家族にはいつもすまい気持ちでいた。(本当


しかし、かおるとさとるの入学に併せて動き出そうと心に決め、

また、私が何時居なくなってもいいように整理しておこうと、

子どもたちの新生活を始めるにあたり思い立ち、

それだけでは長生きの手相に甘んじてしまうとおもい、

自分を追いつめるように人寄せの予定を入れたのもあって、

現在 我が家は暮れの大掃除数年分を始めている。



始めたことを日に何度も後悔しながらも、

まっちゃんの献身的な行動や子どもたちのちょこちょこした手伝いのお陰で、

時間を負うごとに一皮むける感じを味わっている。


毎日ちょっとずつ・・・これが出来れば今苦労していないのだが・・・

ま!今 出来ていることを頷きたい。



でも、ま~~~出てくる、出てくる。。。

四人家族なのに何世代も一緒に暮らしているような物の多さに

輪ゴムだけで何個?何十個?

ビニール袋、紙袋に至っては見たくもない感じ。

安いからと言って買いだめした排水溝のネットは毎日取り替えても数年かかる?

ジャムなんか作ってお裾分けしようかなあ~~~なんて思って買った小瓶は、
吊り戸棚にギュウギュウ

趣味と実益を兼ねて揃えたタッパーウエアは見せるスペースが足りないために、

誰にも見られないこれまた吊り戸棚に

貧乏性?!もったいない推進委員?いつか使うかも症候群?

人間 思い切りが大事

片付けの合間に足りなくなったゴミ袋を買いにコンビニへ(気分転換


そして、
片付けはどちらかが少々疲れ気味な方が良い、

なぜか?って、気分がなら取って置きたくなるような代物も、

疲れていると面倒くさい方が先立ち、何の迷いなくもゴミ袋に直行できるからだ。



お陰でここ数日夜はぐっすりと眠れている(幸せ・・・?)

でも気がつけば朝なので 何故か得した気分にはなれていない。。。(残念?)

趣味の物を取り除けば至ってシンプルな家であることは誰もが想像できるが、

私が生きているうちはこのままで行くつもり(許してね

毎回 誰かが来る直前に持たされるクイックルも、

かおるとさとるように待機しているので、諦めモードだ。


さて、間もなくキッチンが終了予定。

残りは・・・教えてあがないよジャン


我が家がすっかり綺麗になった暁にはまた声をかけるので、

遊びにいらして下さいね

今はまだダメですよ~~~~