第25回
「高山さ~~ん。えらいことになってますよ」
めぐみと別れオフィスに戻ると、待ってましたとばかりに大賀が駆け寄ってきた。
「どうした?お気に召さなかったか?」
来秋冬のライフスタイル予測とファッショントレンドのプレゼンの結果のようだった。今回のプレゼンテーターは大賀。ボードの最終チェックを任せた流れにのまま、今回を試金石にして欲しいとの思惑があってのことだった。しかし、その思惑はいい結果を生まなかったようだ。
「いえ。お気に召さないというか、間違ってるんじゃないか、って」
「誰?そんなこと言ったの?」
「迫田常務です」
「あの唐変木が?“そうですか”と“そうですよね”しか言えない男が?」
「ところが!今回はずっと喋ってましたよ、迫田さん」
「新社長がいたんだな」
「そうです」
「門前の小僧も、和尚がいないといい気になるもんだからなあ。ちゃんと会話になってたのか?迫ちゃん」
「それが、なかなか語るんですよ。うかうかしてると、感心してしまいそうなくらい。中身がそうあるわけでもないんですけどね」
「で、どんなイチャモン付けられた?」
高山は、打ち合わせテーブルのボードをパラパラとめくってみる。目が止まってしまうような問題点は見当たらない。
「まず、ここです。初っ端の基本コンセプトが、いきなり違うんじゃないかと……」
“迫田の手だ”と高山は思う。迫田のパンチは最初にかまされるか、最後に一息ついたあたりでかまされるかだ。何を語り合うかではなく、いかにして相手を打ち負かすかに、迫田の言葉は費消される。それは、そこに同席する上司へのプレゼンテーションでもある。
「大賀君、組みしやすし、と見られたな。いきなり脅しておけばどうにかなる、と思われたんだろう。で、なんだって?」
「“Back To Standard”じゃないだろう。不況の時代こそ、“Be Active”だろうって」
「ハハハ……、そうきたか。頭悪いなあ、迫ちゃん、相変わらず。で、ボンボンは?」
「新社長ですか?」
「そう」
「攻めなくちゃいけないですからねえ、って納得です」
「じゃ、シーズンテーマも訴求カラーもガラッと……」
「変えて欲しいみたいですねえ。一貫性を持たせなくちゃって」
「アホな道をまっしぐら、ってことだな。わかった!迫田常務にヒヤリングして、ご意向通りにやってくれ」
高山の頭の先から踵へ、気力が流れるように落ちていく。怒りは、まるでない。
「いいんですか?大丈夫なんですかねえ」
「言葉で商品傾向が大きく動く現場は、ファッション業界にはもうないから。大丈夫!もっと違う論理で動いてるんだから。いいんだよ。迫ちゃんも途中で言うこと微妙に変えながら対応していくんでしょう」
「でも、それじゃ我々の……」
大賀はそこまでで口をつぐむ。どちらがいいか、という争いのためにやる仕事の辛さと虚しさは、もうお腹いっぱい知っている。
「売れたら正解。売れなきゃ不正解。商品のせいか、売り方のせいか、誰にもわからない」と高山は言い、「だからこそ、自分のやるべきことにはいっぱいこだわり、諦めず追求しよう」とスタッフをいつも激励していた。そして、その多くが徒労に終わっても、高山の仕事に向かう姿勢はいつも真摯で、そのエネルギーが衰えることもなかった。大賀は、そんな高山を敬愛していた。
しかし、今回は違う。迫田常務の言いなりに仕事を進めるなど、これまでは考えられなかったことだ。
「高山さん」
「……」
大賀の呼び掛けに返事をすることもなく、高山はまたボードをパラパラとめくっている。
「高山さん!」
そこに女性が近付いてきて、肩を叩いた。
「お!びっくりした~~。なんだ、あゆみちゃんじゃないか。来てたのか」
「立て込んでるようだから、奥の椅子でじっとしてたのよ。大変ね。どこでも同じようなこと起きてるのねえ。相談する気なくなっちゃった」
「いいよ、いいよ。相談して!これ、もう終わったようなもんだから」
ボードを束ね大賀に渡すと、高山はいつもの席に腰を落ち着ける。あゆみもいつものように向かいに腰掛ける。高山に微笑むと、複雑な笑みを浮かべた。
*次回は4月14日(月)予定 柿本洋一
*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7
*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981
*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795
*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647
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